シブヤ大学

シブヤ大学は、
“見つける学び場”です。

シブヤ大学は、まちのあらゆる場所を教室に、多様な授業を開催しているNPO法人です。
2006年の開校以来、開催した授業は1,400講座以上。これまでに36,000人以上が参加しています。

シブヤ大学とは

最新授業レポート

終了した授業の内容をお伝えします

誰もが働ける社会をつくる ソーシャルファームを知って、考えて、動きたくなるワークショップ 【第1回】ソーシャルファームって何だろう?

「ソーシャルファーム(Social Firm)」は、「社会(ソーシャル)」と「会社(ファーム)」が組み合わされた言葉です。社会的な会社、というその意味に込められているものはなにかを紐解き、私たちにできることを考えていこう、というのがこの4回のワークショップ・シリーズです。第1回は、日本で最もソーシャルファームに詳しい、ソーシャルファームジャパン理事長の炭谷茂さんに、「ソーシャルファーム」の概要をおうかがいして、まず「ソーシャルファーム」とは何かを把握しようという回。30名を超える方々がヒカリエに集まってくださいました。*ソーシャルファームジャパンhttps://messe.nikkei.co.jp/files/EP3459/4-201510161012500698.pdfソーシャルファームがなぜ必要なのか?炭谷さんは、「ソーシャルファームがなぜ必要なのか」を、社会背景や海外の動向、そして現在の日本の現状について、たいへんわかりやすく説明してくださいました。 まず、いま社会で起こっていることに目を向けます。近年、仕事につくことが困難な人––––障害を持つ人のほか、長年の引きこもりやニート、ひとり親の家庭、養護施設を出た人、ホームレス、元受刑者と言った人々が増えていること。高齢者もこの中に入るかもしれません。こうした社会から孤立したり、排除されたりしている人が増えているのが大きな社会課題になっています。私たちにとって「働く」ということは、収入を得る手段であるということのみならず、仕事を通じて、社会の一員だという自負を感じたり、やりがいや生きがいを感じたりするものでもあるのに、さまざまな事情を抱えているためにそうした仕事につくことができない人たちがこの世の中にいる。どうしたらいいか。炭谷さんが強調されていたのは、「ソーシャルファームは福祉就労の事業所とは異なる」ということでした。福祉就労の事業所とは、障害者が働く場所として用意された事業所です。しかし、一般企業に比べて給与が低く、職場にはほとんど障害者しかいません。また、障害者以外の困難を抱えた人にはこうした事業所はありません。他方、一般企業は、障害者の受け入れに関しては一定の制度があり、その他の困難を抱えた人に対しては制度がない。そこで、障害者が障害者だけ集まって働くのではなく、困難を抱えた人々が普通の人と一緒に働くことができる自律した活動を行なう会社が「ソーシャルファームという第3の職場」と位置付けられます。「そこでは当事者の人たちと一般の人たちが一緒になって働く。そしてそこにはやはり生きがいのある仕事づくりがある。それによってソーシャルインクルージョン––––社会から排除されたり取り残されたりするのではなく、結びつける効果になるのでは」と炭谷さんはおっしゃいます。つまり、ソーシャルファームは、「ソーシャルインクルージョン(社会包摂)」に基づいた働き方の実現だということです。 世界的に見ると、ソーシャルファームは増え続けているそうソーシャルファームの考え方は、1970年代にイタリアのトリエステの著名な精神科病院が入院病棟を廃止し、元入院患者が就労できるホテルやレストランといった働く場(ソーシャルファーム)をつくっていったことに端を発します。この取り組みはイタリア全土に広がり、さらにヨーロッパ諸国、韓国など、国の政策としてソーシャルファームの制度を確立させているそうです。では、日本ではどうか。いま国民が孤独や排除、ひきこもりなどの社会課題に目を向けるようになり、ソーシャルインクルージョンへの意識は高まりつつあり、国立市や東京都、また各地でソーシャルファームに取り組んでいる事業者の事例をご紹介いただきました。炭谷さんは、「ソーシャルファームジャパン」を立ち上げた時、日本で2,000社のソーシャルフォームができることを目指そうとされたそうです。 現在200社。意欲のある自治体や個々の事業者の努力で少しずつ増えているとのことですが、日本では未だにヨーロッパ諸国や韓国のように国家主導の施策になっておらず、「まだ不十分」と炭谷さんは指摘されます。2022年9月に国連は日本政府に対し、「インクルージョン就労に早急に移行し、インクルーシブな社会をつくるように」と勧告を出したそうです。炭谷さんは「いま現在生じている事例は、経済的・社会的な構造の変化が起こしている課題です。例えばホームレスは、1990年代に急激に増えましたが、日本の経済構造の変化によるものです。つまり、土木業の衰退や住み込みで働くという形態の衰退などの経済構造の変化によりホームレスになった人がほとんどなんです。障害者については、社会全体で考えなければならないということが確立ましたが、そのほかの課題も社会全体でやらなければなりません」と述べられました。炭谷さんのお話は非常に明確で、これからの社会の在り方として、「働く場」がインクルーシブになっていくことは非常に大切だというメッセージでした。お話の後、質問の時間、そしてグループディスカッションが行われました。「一般の人々の意識改革のために啓発活動も必要では」という質問に、炭谷さんは「もちろん大切です。ただし、問題を本当に解決するためには、当事者との距離感が大事ではないか。距離が近くなればなるほど差別はなくなっていく。距離感を縮めるためには、例えば“一緒に”仕事をするとか、“一緒に”学ぶとか、“一緒に”生活するとかいう具体的な『コト』によってなくなっていくんだと思うんですね。だから、その場がないといけないと思います」と回答。「ソーシャルファームにおける一般就労者と就労困難当事者の割合」については、ヨーロッパでは4割、「東京都の条例では、今は就労困難者の割合は2割。ソーシャルファームに対する理解を深めることで、日本として、できれば半々の割合になるのが理想的です。」と回答されました。また、「インクルージョン意識は教育で土壌を育むべきでは」という質問には、「まさに同感です。国連からは、早急にインクルーシブ教育に転換するようにと勧告されている。私は以前から、障害を持っている方も通常の人と一緒に学ぶべきだという立場をとっています。普通の学校に行ったらいじめられるとか勉強がたいへんとかいうことから、特別支援学校拡大論になっていますが、世の中というのはいろんな人が集まって成り立っている社会です。ですから、小さい時からインクルーシブな教育になれば、就労の面でも、いろいろな生活なり社会活動もスムースになるのではないかと思っています」と回答されました。最後に、ナビゲーターの近藤さんは、「今回、第1回目ということで包括的な説明をいただきましたが、その根底にあるビジョン、私たちがどこに向かっていくべきか、ということをお話いただきました。グループディスカッションもしていただきましたが、私たちひとりひとりが主体となって何をやっていけるのかという観点が大事だと思います。今後もその観点を大事にしながら進めていきたいですね」とまとめられました。 授業後、「知りたいことが網羅されていた」「自分ごととして考える時間が有意義だった」「グループワークで刺激を受けた」「気づきがあった」などの感想をいただきました。ぜひ、あわせて議事録もお読みください。 議事録はこちら

【1泊2日】懐かしくて、新しい。森の京都で見つける、里山の暮らし@京都府綾部市

ワクワクと不安を抱えながら電車に揺られていると、気がついたらそこは綾部でした。 今回は前泊を含めて2泊3日綾部の里山に入り込み、触ったり、匂いを嗅いだり、食べたりと、五感をフルに使って堪能してきました。  駅に集合した私たちはさっそく上林地区に向かうため「あやバス」と言われる綾部市のコミュニティバスに乗り込み出発。 道中、なかなか都心では見られない光景に胸がドキドキすると同時に、田んぼや森などの自然に癒されながら、進んでいきます。 参加者同士の会話も弾み、「今日どこから来たんですか?」や「何時に起きたんですか?」という会話が聞こえてきます。中には朝5時起き(!)で来た方も。  約1時間のバスの旅が終わり、一日目のワークショップ会場である「二王の栖」に到着。 ここでは「今、自分が何を感じているか」をひたすら書き出す、ジャーナリングを行います。この日は12月とは思えない快晴で「好きなところで書いてください~外に出てもいいですよ!」という案内があり、気づいたら参加者の多くが外で、思い思いの時間を過ごします。  一人ひとりが自分に向き合った後は、自己紹介も兼ねて「今どんなことを感じているか」「なぜ綾部に来ようと思ったのか」をグループに分かれて共有。日頃の仕事や喧騒から逃れたかった人、自分を見つめ直したかった人、なんとなく自然に惹かれてきた人など様々な目的や思いがあります。どこの班も会話が大盛り上がり。それぞれ初めましての中で、自分をこんなにさらけ出せるのもこの場所の特徴かもしれません。  二王の栖でおいしい精進料理をいただいた後、3つのグループに分かれてそれぞれの時間を過ごします。  1つ目はネイチャーガイドの児玉さんと綾部の森に入り、植物たちに触れる「森の時間」。2つ目は農家の野田さんと農業を体験する「百姓の時間」。3つ目はその時をゆったりと過ごしながら、薪割りなどを体験する「てづくりの時間」。 私は森の時間を選択し、森の中のハイキングに向かいます。参道である階段を登ると、国宝に指定されている二王門があり、これまでの歴史や文化的な経緯に触れます。 また君尾山に登り、巨木や不思議な形で生育した木々を見たり、まだ少しだけ残っていた紅葉を見たりしながら散策していると徐々に汗がにじんできました。  少し汗をかいた後は、温泉へ。綾部にある、あやべ温泉へ行き、露天風呂から森を眺めながらお風呂を満喫。  温泉から上がった後は、宿ごとに分かれて、それぞれの宿へ出発。私たちは綾部つむぎの杜という所に宿泊します。古民家を改造したこちらの宿は茅葺屋根だったり、漆喰で壁が塗られているなど、どこか懐かしい気持ちにさせてくれる場所です。ほかほかのご飯を食べた後は、同じ宿のメンバー3人でこたつに入り、たわいもないことから、真剣な悩み事相談までおしゃべりをして夜を過ごします。今日初めて会った、よくわからない人のはずなのに、だれにも話せない悩みなどを話せるのは何とも不思議な感覚ですが、修学旅行のような懐かしい時間を思い出させてくれる時間です。  次の日、朝6時ごろに目が覚めて、3人で屋根裏部屋に行き、瞑想したり、日の出を眺めて朝の始まりを迎えます。普段の休日はなかなか朝に早起きができないのですが、ちょっと早起きをして時間にゆとりを持つことで、すっきりした気持ちになれることに気づかされた瞬間です。  朝ご飯を食べ、支度をしていると、徐々に他の宿に泊まっていた参加者の方々も集まってきました。最終日のワークショップ会場はここ、綾部つむぎの杜。  参加者全員でこたつを囲みながら、今感じていることや感想を一人ずつ話していきます。 「気分転換になってよかった」「来てよかった」「人生が変わった」という声や、普段の物の見え方が変わった、感じ方や考え方が変わったという声が多くあったのが印象的です。私も前泊含めた3日間で、素の自分に向き合うことができ、自然に触れることで、忘れかけていた感覚を取り戻すことができたと感じます。  最後はみんなで来年の抱負や今感じていること、印象に残っていることを習字で表します。文字を書く人もいれば、絵を描く人など、表現の方法は自由です。  昼食をいただいた後、名残惜しみながらも綾部とはお別れ。電車に乗っていると段々見慣れた建物や人が多い景色が見えてきます。「あぁ帰ってきてしまった」と思いながらも、「綾部で過ごしたような過ごし方や、自分自身にこんな感性があるんだと知っているだけでも良いと思う。」というある参加者の考えが頭に浮かびました。都会の喧騒に飲み込まれそうになりながらも、帰れる場があることを心にとどめておきたいです。(レポート:芝千乃)

わたしとウクライナ Vol.2-① 〜週末はあたたかいウクライナ料理を〜

ウクライナについて学び、平和を考える「わたしとウクライナ」授業シリーズ。第2回の授業では、11月に開催された第1回の先生であるNadiya代表の別當紀人さんを代表に避難民の方々が働く、ウクライナ避難民運営食堂 Nadiya(田無店)に実際に伺い、みんなでウクライナ料理を楽しみました。別當さんに加え、避難民の皆さんを支える新井芽句さん、そして、Nadiyaで働くBogdanさん、Leraさんをゲストにお招きし、みんなで食卓を囲みました。お店のスペースの関係上、前半・後半2部制での開催の授業となり、各回10名弱のご参加。アットホームな雰囲気になりました。まずはじっくり自己紹介の時間。参加者おひとりおひとりにプロフィールとウクライナの授業に興味を持ったきっかけについてお話いただきました。第1回目に続き2回目のご参加の方、シブヤ大学の授業常連の方もいらっしゃった一方、今回の授業の告知を見てお友達を誘って初めてご参加くださった方々も!ウクライナに行ったことがある方、既に支援をしていらっしゃる方、ウクライナ戦争後、ウクライナのことをずっと気がかりに自分にできることを考えていらっしゃる方、ウクライナの今を知りたいとおこしくださった方、Nadiya食堂の近所にお住まいでずっと気になっていたという方など、それぞれの方が色々な思いをもって集まってくださっていました。別當さんに簡単にNadiya食堂についてご説明頂いたあと、早速手作りウクライナ料理をいただきました。いただいたウクライナ家庭料理当日のメニューはビーツを使ったサラダ、ボルシチ、パンプーシュカまたは赤おにぎり、ヴァレーニキ(2個)、ウクライナ産の蜂蜜を使った紅茶Bogdanさん、Leraさんによるとどれもウクライナの家庭でよく食べられている定番メニューとのことです。また、ウクライナ産ワインの飲み比べを楽しまれた方もいらっしゃいました。別當さんウクライナワインの説明に耳を傾けます最初はBogdanさん、Leraさんとの英語でのコミュニケーションに戸惑われる様子の方も多かったようですが、お料理が運ばれるとお二人も参加者のみなさんも豹変!言葉の壁を越え、お二人の侵攻開始以降の生活や日本に来てからのお話をはじめ、ウクライナ語講座、ウクライナの農業、各家庭のボルシチの作り方や日本とウクライナの建築について、ダンス文化、街づくりに至るまで、幅広いジャンルのお話に大盛り上がりとなりました。会場にはボランティアスタッフのKaoriさんがウクライナで購入したかわいいアイテムを飾りました参加者の方から“いくらでも話していられそうだった”との感想をいただいた通り、お店の閉店時刻となってもスタッフメンバーの声が聞こえないほどの盛り上がり。連絡先を交換し、また会いましょう!という会話も多く聞こえ、BogdanさんとLeraさんとウクライナのために何かしたい!という思いで集まった参加者の皆さんとでテーブルを囲み食事をした時間が“わたしとウクライナ”の距離をぎゅっと縮めたのではと感じました。テレビで見るウクライナ国内の状況はあまりに悲惨で、遠く日本から自分ができることなんてあるのだろうか、と思ってしまいますが、Nadiya食堂での時間を通じて、ウクライナの文化と人について知ること。身近に感じること。これも大切な一歩になるのだと感じました。 まだまだ寒い季節。ぜひ温かいウクライナ料理を食べながら、スタッフの方々とのおしゃべりを楽しみに、Nadiya食堂を訪れてみてはいかがでしょうか。そして、シブ大の「わたしとウクライナ」の授業も2月に第3回を開催予定です。1、2回目にご参加いただいた方も、初めての方も、ウクライナ大好きな方も、あまり知らないという方もご参加をお待ちしています!(レポート、写真:兵藤まり、Chika)

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