第1回テーマ「ソーシャルファームって何だろう」
2023年12月12日(火)19:00-21:00 ヒカリエ8F クリエイティブスペース 8/
登壇者
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ゲスト 炭谷茂
ソーシャルファームジャパン 理事長 / 恩賜財団済生会理事長
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ナビゲーター 近藤武夫
東京大学先端科学技術研究センター 社会包摂システム分野教授
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ファシリテーター 紫牟田伸子
編集家 / プロジェクトエディター / デザインプロデューサー
「ソーシャルファーム(Social Firm)」は、「社会(ソーシャル)」と「会社(ファーム)」が組み合わされた言葉です。社会的な会社、というその意味に込められているものはなにかを紐解き、私たちにできることを考えていこう、というのがこの4回のワークショップ・シリーズです。
第1回は、日本で最もソーシャルファームに詳しい、ソーシャルファームジャパン理事長の炭谷茂さんに、「ソーシャルファーム」の概要をおうかがいして、まず「ソーシャルファーム」とは何かを把握しようという回。30名を超える方々がヒカリエに集まってくださいました。
ソーシャルファームがなぜ必要なのか?
炭谷さんは、「ソーシャルファームがなぜ必要なのか」を、社会背景や海外の動向、そして現在の日本の現状について、たいへんわかりやすく説明してくださいました。
まず、いま社会で起こっていることに目を向けます。近年、仕事につくことが困難な人––––障害を持つ人のほか、長年の引きこもりやニート、ひとり親の家庭、養護施設を出た人、ホームレス、元受刑者と言った人々が増えていること。高齢者もこの中に入るかもしれません。こうした社会から孤立したり、排除されたりしている人が増えているのが大きな社会課題になっています。
私たちにとって「働く」ということは、収入を得る手段であるということのみならず、仕事を通じて、社会の一員だという自負を感じたり、やりがいや生きがいを感じたりするものでもあるのに、さまざまな事情を抱えているためにそうした仕事につくことができない人たちがこの世の中にいる。どうしたらいいか。
炭谷さんが強調されていたのは、「ソーシャルファームは福祉就労の事業所とは異なる」ということでした。福祉就労の事業所とは、障害者が働く場所として用意された事業所です。しかし、一般企業に比べて給与が低く、職場にはほとんど障害者しかいません。また、障害者以外の困難を抱えた人にはこうした事業所はありません。他方、一般企業は、障害者の受け入れに関しては一定の制度があり、その他の困難を抱えた人に対しては制度がない。
そこで、障害者が障害者だけ集まって働くのではなく、困難を抱えた人々が普通の人と一緒に働くことができる自律した活動を行なう会社が「ソーシャルファームという第3の職場」と位置付けられます。「そこでは当事者の人たちと一般の人たちが一緒になって働く。そしてそこにはやはり生きがいのある仕事づくりがある。それによってソーシャルインクルージョン––––社会から排除されたり取り残されたりするのではなく、結びつける効果になるのでは」と炭谷さんはおっしゃいます。
つまり、ソーシャルファームは、「ソーシャルインクルージョン(社会包摂)」に基づいた働き方の実現だということです。
世界的に見ると、ソーシャルファームは増え続けているそう
ソーシャルファームの考え方は、1970年代にイタリアのトリエステの著名な精神科病院が入院病棟を廃止し、元入院患者が就労できるホテルやレストランといった働く場(ソーシャルファーム)をつくっていったことに端を発します。この取り組みはイタリア全土に広がり、さらにヨーロッパ諸国、韓国など、国の政策としてソーシャルファームの制度を確立させているそうです。
では、日本ではどうか。
いま国民が孤独や排除、ひきこもりなどの社会課題に目を向けるようになり、ソーシャルインクルージョンへの意識は高まりつつあり、国立市や東京都、また各地でソーシャルファームに取り組んでいる事業者の事例をご紹介いただきました。炭谷さんは、「ソーシャルファームジャパン」を立ち上げた時、日本で2,000社のソーシャルフォームができることを目指そうとされたそうです。
現在200社。意欲のある自治体や個々の事業者の努力で少しずつ増えているとのことですが、日本では未だにヨーロッパ諸国や韓国のように国家主導の施策になっておらず、「まだ不十分」と炭谷さんは指摘されます。
2022年9月に国連は日本政府に対し、「インクルージョン就労に早急に移行し、インクルーシブな社会をつくるように」と勧告を出したそうです。炭谷さんは「いま現在生じている事例は、経済的・社会的な構造の変化が起こしている課題です。例えばホームレスは、1990年代に急激に増えましたが、日本の経済構造の変化によるものです。つまり、土木業の衰退や住み込みで働くという形態の衰退などの経済構造の変化によりホームレスになった人がほとんどなんです。障害者については、社会全体で考えなければならないということが確立ましたが、そのほかの課題も社会全体でやらなければなりません」と述べられました。
炭谷さんのお話は非常に明確で、これからの社会の在り方として、「働く場」がインクルーシブになっていくことは非常に大切だというメッセージでした。
お話の後、質問の時間、そしてグループディスカッションが行われました。
「一般の人々の意識改革のために啓発活動も必要では」という質問に、炭谷さんは「もちろん大切です。ただし、問題を本当に解決するためには、当事者との距離感が大事ではないか。距離が近くなればなるほど差別はなくなっていく。距離感を縮めるためには、例えば“一緒に”仕事をするとか、“一緒に”学ぶとか、“一緒に”生活するとかいう具体的な『コト』によってなくなっていくんだと思うんですね。だから、その場がないといけないと思います」と回答。
「ソーシャルファームにおける一般就労者と就労困難当事者の割合」については、ヨーロッパでは4割、「東京都の条例では、今は就労困難者の割合は2割。ソーシャルファームに対する理解を深めることで、日本として、できれば半々の割合になるのが理想的です」と回答されました。
また、「インクルージョン意識は教育で土壌を育むべきでは」という質問には、「まさに同感です。国連からは、早急にインクルーシブ教育に転換するようにと勧告されている。私は以前から、障害を持っている方も通常の人と一緒に学ぶべきだという立場をとっています。
普通の学校に行ったらいじめられるとか勉強がたいへんとかいうことから、特別支援学校拡大論になっていますが、世の中というのはいろんな人が集まって成り立っている社会です。ですから、小さい時からインクルーシブな教育になれば、就労の面でも、いろいろな生活なり社会活動もスムースになるのではないかと思っています」と回答されました。
最後に、ナビゲーターの近藤さんは、「今回、第1回目ということで包括的な説明をいただきましたが、その根底にあるビジョン、私たちがどこに向かっていくべきか、ということをお話しいただきました。
グループディスカッションもしていただきましたが、私たちひとりひとりが主体となって何をやっていけるのかという観点が大事だと思います。今後もその観点を大事にしながら進めていきたいですね」とまとめられました。
授業後、「知りたいことが網羅されていた」「自分ごととして考える時間が有意義だった」「グループワークで刺激を受けた」「気づきがあった」などの感想をいただきました。ぜひ、あわせて議事録もお読みください。