シブヤ大学
しごとの話(インタビュー)

しごとの話 vol.003 何歳になっても、「夢」へ踏み出せる。



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はじめに
新しいことに挑戦するとき、「もう始めるには遅すぎるんじゃないか」とか、「自分にはできないんじゃないか」という気持ちで立ち止ってしまうことはありませんか。そんなあきらめ癖は良くない、人生もっと挑戦して楽しんだほうがいい、そんなふうに思っても実際に行動するのは難しい。私自身は、よくそんなふうに思います。
今回ご紹介する大熊美佐子さんは、野菜をふんだんに使ったお料理を振る舞うベトナム料理店「Veggie」のオーナーシェフ。実は彼女は61歳のときに長年の「お店を持ちたい」という夢を叶え、「veggie」を開業しました。開業前は主婦をなさっていて、お店の経営には全くの素人だった彼女。
60歳を過ぎてから夢を叶えるなんて、どんなにパワフルで行動力のあるおばあちゃんなんだろう!と驚いたことが、今回のインタビューのきっかけです。そんな大熊さんのお話を伺うことで、いくつになっても新しい道へと挑戦できる秘訣を学びたいと思います。

経歴
野菜ソムリエの店「veggie」オーナーシェフ。愛知県生まれ、結婚を機に東京に移り、夫の仕事を手伝いながら主婦となる。40代でフラワーアレンジメントを習い、52歳で懐石料理を習う。53歳で水泳を始め、60歳にベトナムでの遠泳大会に参加してベトナム料理に目覚め、帰国後ベトナム料理を習い始める。61歳で「veggie」開業。現在69歳で現役オーナーシェフを務める。野菜がたっぷり食べられるアットホームな店として人気を博している。
Veggieホームページ

主婦として大家族の食卓を切り盛り
-veggieを開業する前は主婦だったと伺ったのですが、どんな生活をなさっていたんですか。
主婦として家事や子育てをしながら、夫の仕事をずっと手伝ってきました。夫は自営業で、家族だけではなく、住み込みの従業員もいたので、もう10人以上の大家族でした。家事はすべて任されていたので、10人分以上の食事を、大鍋で毎日作っていたんです。体力勝負でしたが、辛いと思ったことはなくて、料理を作って、みんなに食べてもらうのはずっと好きだったんですよね。

-昔からたくさんの料理を作ってきたんですね。その頃からお店を持ちたいという想いはあったのですか。
そうですね。その頃から今のような形でベトナム料理店を開業したいと思っていたわけではないのですが、自分のお店を持ちたいという想いはいつもありました。
結婚前は名古屋のブティックに勤めていて、自分のお店を持って独立しようという想いもあったのですが、結婚を機に名古屋から東京へ引っ越しまして、家庭に入って断念したんです。結婚後、子供も授かり、育児が忙しくなってそれどころではなくなってしまいましたし。
育児が落ち着いた40代の頃に、高橋永順さんのお花の個展を見に行ったら、とても感動しまして、即高橋さんにお電話してフラワーアレンジメントを15年ほど習いました。そのときはお花屋さんを開きたいと思ったのですが、夫の仕事が忙しくて断念しました。
また、52歳から懐石料理を習い始めて、ますます料理に没頭するようになっていたので、小料理屋を開いてみたいという想いを持っていましたが、その頃も夫の仕事の手伝いが忙しく、なかなか踏み出せずにいました。
お店を開業したいという想いはずっとあったのですが、他に優先しなければならないことがその時その時にあって、諦めてきたんです。

61歳で迎えた人生の転機 「Veggie」開業
-そんななか、61歳で「Veggie」を開業したと伺いましたが、なぜ61歳というタイミングで開業に踏み切ったのですか。
「今やらないと、もうできなくなってしまうのでは」と思ったからです。その頃同じ年頃の友人が亡くなって、自分もいつどうなるか分からないと思い、決意を固めました。もう他のことを優先している場合ではないなと思ったんです。
夫に「60歳で定年退職させて頂きます。小さな料理屋さんをやりたいんです。」と伝えたら、快く応援してくれまして、お店の場所もすぐに決まって、トントン拍子に話が進みました。


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大好きな野菜をおいしく食べもらいたい
-懐石料理ではなく、ベトナム料理のお店を開業したのは何か理由があったのでしょうか。
実は53歳から始めた水泳がきっかけなんです。私は水泳なんて全然できなかったんですが、娘がきれいにクロールをする様子を見て、「私もクロールができるようになりたいわ!」と思いたって、水泳教室に通って、どんどん上達して、海外で遠泳の大会に参加するようになりました。
それで、ベトナムの遠泳大会に参加したときに、野菜がふんだんに使われているベトナム料理の魅力に惹かれたんです。帰国してすぐ、伊藤忍さんという先生にベトナム料理を習い始めるくらい!
元々私は野菜が大好きで、外食に行っても前菜くらいしか野菜料理が食べられないのは残念だと思っていたんです。「もっといろんな種類の野菜料理が食べたいわ」なんて思ったりして。だからこそ、野菜がたくさん食べられるベトナム料理が気に入ったんですよね。味付けもエスニックだけど辛すぎず、素材の味を消していないし、日本人の口に合うと感じました。
和食のお店を出すことも考えたんですが、特に野菜を好きなのに食べ方がわからない、という意見が多い若い女性に、もっともっとおいしく野菜を食べてほしいと思ったので、ベトナム料理のお店にしたんです。

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知らないからこそ、無茶ができる
-お料理が好きだったとはいえ、「お店を経営する」ということに初めて挑戦したわけですよね。かなりハードルの高いチャレンジだったのでは、と思うのですが、不安はなかったのでしょうか。
そうなんですよね、普通だったらお店を経営するなんて、不安ですし色々と考えますよね。でも、私の場合は、経営に関して不安を抱くほど知識がなかったんです。単純に「やりたい!」という気持ちでどんどん突き進んでしまって、場所や内装もトントン拍子で決まっていったから立ち止まる暇もなくて、無我夢中でした。
周囲の人たちには「うまくいかなかったら早く辞めたほうがいいよ」と言われたりもしました。でも、私としては失敗しても、やらないよりはやったほうがいいという想いがあったので、あまり気にしませんでしたね。今思えば無茶なことをしたな、と思いますが、怖いもの知らずってやつです(笑)。

-知識がなかったことが、逆に追い風になってくれたんですね。今ではいつもお客様で賑わっていると聞いていますが、開業後は順調にいったのですか。
ここは人通りの多い道でもないので、最初は全くお客様が来なかったんですよ。来てくださるのは知り合いばかりで。知り合いだって毎日来てくれるわけではないですから、毎日暇で仕方がない時期もありました。それでも大々的な宣伝なんてできないので、自作のチラシを作ったり、友人に口コミを広めてもらったり、できることをやっていました。
そうしたら、あるときマガジンハウスの「Hanako」の編集者さんが気に入ってくださって、紙面で紹介していただき、だんだんとお客様が足を運んでくれるようになりました。「Veggie」にいらっしゃるお客様は、オープンからクローズまで野菜料理を召し上がりながら、ゆっくりとお話をしていかれる方が本当に多いんです。野菜をたっぷり美味しそうに食べてもらえて、私自身もお客様とお話ができたりすると本当に楽しいです。開業当時は10年できればいいかな、と思っていましたが、今では死ぬまでお店を続けたいと思っているくらいです。

できないかも、と考える前に飛び込んでみる
-生涯現役でいたいと思えるお仕事に出会えることは、とても素敵なことですね。
大熊さんはお店の経営だけでなく、多趣味でいらっしゃいますし、「やりたいこと」を見つけたら躊躇わずに向かっていき、楽しんでしまう姿勢がとても魅力的です。
私自身は「素敵だな」と思ってもなかなか行動にうつせないのですが、そこで踏み出せる秘訣は何なのでしょうか。

あまり「できないかも」と尻込みをしないことだと思いますね。趣味で水泳を始めたと話しましたが、50歳まではクロールも全然できなかったんです。それでも、「できないかも」ではなくて、「やってみたい」という気持ちの方が強くて。
そのときも主人の仕事が忙しかったので、逆にすぐ行動を起こさないとできなくなってしまいそうで、どんどん行動にうつしていきました。まさか海外の海で泳げるようになるなんてことまでは想像もしていなかったのですが、没頭すれば全くできなかった水泳もできるようになるものですね。宮古島やベトナムなどいろんなところで泳げましたし、とても楽しかったですよ。
今は「Veggie」が忙しくて水泳も頻繁にはできなくなってしまいましたが、このお店が楽しいので、フラストレーションもありません。このお店を開くときも失敗を恐れるよりも、これからどうするか、楽しいことばかり考えていました。やっぱり楽天家なんですね。借金をせずにこのお店を始めたことも、気負わなくて済んだ理由かもしれません。

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いつでも「今」が一番楽しい人生を
-できないかも、という発想を捨ててやってみれば、意外とうまくいくものなのかもしれませんね。今、「自分にはできないかも」という気持ちで新しいことに踏み出せない人に何かアドバイスをお願いします。
まずは家の中ばかりではなくて、外に出たほうが絶対に楽しいですよ。私はこれまで、家を守らなければならなかったので、あまり外に出れなかったんですが、家事や主人の仕事の手伝いで忙しかったときでも、どうにか時間をつくってフラワーアレンジメントに通ったり、懐石料理を習ったり、遠泳に挑戦したりしてきました。
ずっと忙しくて、まとまった時間がとれないと分かっていたからこそ、無理してでも自分が「素敵だなぁ」と思ったらすぐ行動にうつしてきたんですよね。「今やらないと、もうできなくなってしまう」って。お店を開業したときの気持ちと同じですね。
家にとじこまらず、外に出れば、そんな「素敵だなぁ」と思えるものに出会えますし、素敵な人たちにも出会えます。そういう出会いを大切にして、「素敵だなぁ」とか「やってみたいなぁ」という気持ちを行動にうつしていけば、絶対に楽しいと思います。いつでも今が一番楽しい、という気持ちでいられたらいいですよね。

さいごに
大熊さんは「パワフル」という当初のイメージとは異なり、とても穏やかな方でした。彼女が次々に新しいことに挑戦できるのは、自分のアンテナに引っかかった「すてき!」という気持ちに正直だから。「すてき!」と思ったら、即行動。それが大熊さんの人生を豊かにしていると感じます。
新しいことに挑戦する上で必要なことは、パワーやがむしゃらさよりも、純粋に好きなこと、素敵だと感じることを追い求めることなのかもしれません。
自分にはできないんじゃないか、もう遅いんじゃないか、という気持ちに蓋をして、自分の「すてき!」という気持ちに素直になることが人生を楽しむ秘訣かもしれません。大熊さんはまだまだやりたいことがあるそうです。これは、私たちも負けていられません・・・!(芳賀)