シブヤ大学は、
“見つける学び場”です。
シブヤ大学は、まちのあらゆる場所を教室に、多様な授業を開催しているNPO法人です。
2006年の開校以来、開催した授業は1,400講座以上。これまでに36,000人以上が参加しています。
新着授業
誰でも参加できます!

"死"の学校 第4回
「大切な人をどう看取る?」

「継承の場面」 その9
創業者が行きついたところ ~働き方より生き方を伝えたい~

【ガイダンス授業(※18歳〜35歳対象)】
稲作を体験! 明治神宮の森を学ぼう
.png)
"死"の学校 第3回
「故人のSNSアカウントはどこに行く?」

【ガイダンス授業(※18歳〜35歳対象)】
稲作を体験! 明治神宮の森を学ぼう

「継承の場面」 その8
多様な働き方=百姓(ひゃくしょう)と捉えた、ライフ&ワークスタイル
最新授業レポート
終了した授業の内容をお伝えします

自分らしい生き方探求部「肩書きとわたし(私史)」
今回は、シブヤ大学には過去ゲストで登壇している吉田めぐみさん(グミさん)がコーディネーター、シブヤ大学学長の大澤悠季さんがゲストという、ちょっと珍しい授業です。グループワークを中心に、肩書きを通じた自分らしさについて考えていきます。会場の恵比寿社会教育館の和室には、4人ずつのグループ席を3卓セッティングしました。来場した参加者からあいている席に座っていきます。席には数枚の紙が用意されていました。はじめに使うのは名札のシート。今の肩書きと名前を書いておきます。授業はまずグミさんが、授業をつくった経緯や肩書きについて悩んだことから話し始めました。肩書きと、そのしっくり度・もやもや度について、参加者に配られた記入用紙と同じフォーマットで説明します。スライドに書かれたグミさんの自己紹介には、コミュニティデザイナー、ブランディングディレクター、コンテンツディレクター、プランナーといった肩書きがずらりと並んでいました。フリーランスとして活動するグミさんが現在手伝っている会社でいただいた名刺上に書かれた肩書きなどから抜粋したそうです。これらは間違いなくその企業の仕事をする上での肩書きではありますが、同時に自分を表す本質的な名前ではないと感じているそうです。グミさんはフリーランスになる前、コワーキングスペースのコミュニティマネージャーとして働いていました。始めた頃はコミュニティマネージャーという職業自体が真新しく浸透していませんでしたが、世の中への認知が広がると同時に職業名だけが一人歩きしてしまい、もやもやし始めたそうです。仕事の領域が広いことやカタカナ職業によりコミュニティマネージャーに対する一人一人の定義が異なるため、期待値のずれを感じ、違和感を抱えていたそうです。一方で、当時の自分を表す上でしっくりした肩書きは「ハンバーグのパン粉」。これは会社の名刺の裏に記載していたキャッチフレーズだそう。人と人とをつなげるイメージや、コミュニティをねって美味しくしていく様子がピッタリだなと思ったといいます。また、名刺交換の際に「これ、何?」と話題のきっかけにもなるため、自分の目指すコミュニティマネージャー像を伝えることができたといいます。続く大澤さんの自己紹介では、シブヤ大学の「学長」という肩書きには、言葉の持つ様々なイメージが先行してしまうことでもやっとする場面があるという裏事情的なお話がありました(笑)たしかに学長というとえらい人というイメージで、風格ある男性を思い浮かべてしまうので、大澤さんとはかなり違いますね…。二人の自己紹介トークを踏まえて、次は参加者が考えていくワークショップです。横軸に年齢を、縦軸には肩書きのしっくり度(+100)・もやもや度(-100)をあらわした私史グラフを作り、どんなところがしっくり・もやもやするかを書き出していきます。それをグループでシェアして、付箋に①しっくり度が高いときの共通点、②もやもや度が高いときの共通点、③名札に書いた今の肩書きに対してはどう感じているか、の3点をまとめます。皆さん初対面同士ですが、ふだん関わらない仕事や趣味の話が飛び交って、とてもにぎやかになりました。話しながら誰が発表するかまで決めていきます。発表では、1番目のグループから「しあわせに肩書きは関係ない」という強いフレーズが飛び出しました。また参加者のコバヤシさんからは、苗字がよくある名前だと「〇〇のコバヤシさん」と言わないとわからない、肩書きに頼るという話がありました。2番目のグループでは「一児のパパ」という一生ものの肩書きにしっくりしている男性がいる一方、参加者最年少女性の肩書きは今しか名乗れない「ハタチの大学生」。本人はもやもやしているものの、貴重な肩書きに感嘆、羨望の声があがりました。3番目のグループは4人が同世代で共通点が多かったそうで、共感しながらおだやかに話し合っていた様子でした。もやもや肩書きとして挙げられたものが、他人から見るとわかりやすいものもあるという指摘が出ていました。どうやら、人によってイメージが違う職業名だと、先入観を持たれるもどかしさがあるようです。対して、自分の思う自分の印象が伝わりやすいのが「しっくり」肩書きなのかなと思いました。休憩を挟んだあとは、自分の新しい肩書きを考える時間。用意された最後のシートに、今までの肩書きと、その肩書きでは表現しきれていない自分の性格や思考、それから新しい肩書きを書いていきます。肩書きにはキャッチコピーもつけます。グミさんなら[肩書きに悩んだ結果イベントまでしちゃった]フリーランスのグミ、というように…。大喜利のような例に笑いがおこったあと、みんな真剣に黙々と書き始めました。そして、いよいよ新しい肩書きを使って、順番に自己紹介タイムです。一人ずつの発表なんて緊張するものですが、そこは様々なコミュニティやコンテンツを応援してきたグミさんのコーディネート手腕が発揮されていました。フォーマットには肩書きを書くだけでなく、合いの手を入れるところまで指示してあるのです!フォーマットに沿って自己紹介を読み上げていくと、指示にしたがって参加者がノリよく「お~!」「なるほど!」「いいねっ!」と囃し立てます。そして新しい肩書きが発表されると、一同拍手!!こういうポジティブな反応は、わかっていても嬉しいものです。発表者は合いの手につい笑ってしまい、おかげで緊張がほぐれて、とても盛り上がりました。今回は「肩書き」といっても堅苦しくない和気あいあいとした雰囲気で、終始話し合いが活発だったように感じます。授業後アンケートでも「楽しかった」「雰囲気が温かくてよかった」という声が多く寄せられていました。グループワーク形式の授業にはシブヤ大学では初めて参加したのですが、自分一人では気づかなかった意見が次々に出てきて、いろいろな立場からのとらえ方を知ることができました。自分を見つめ直し、自分をどう伝えるか、考えて実践する楽しい授業となりました。(レポート:武田 環、写真:Sachiyo Akizawa)

はじめての連句会
この世のあらゆるものについて歌い、一つの宇宙を作っていく。このように形容される連句の一端に、今回の授業では触れることができたかもしれません。連句とは、最初の句に対して、その情景から次の句を想像する文芸です。何人かで五・七・五の長句と七・七の短句を繰り返し、繋がりを作り上げていくのです。600年ほど前から伝わってくるうちに、形式も30種類ほどになりましたが、今回は半歌仙という、基本的な形式である歌仙の半分の長さの形式で楽しみます。先生の竹田さんから連句についての基本的な説明の後、早速句を考える時間に入ります。最初の句である「発句」は「あめあがり卒業式坂きらきらし」と先生によって詠まれました。発句にはその季節の季語を入れなければならないというルールがあり、「卒業式」の語が入っています。ここから連句の世界、もとい宇宙が始まります。2つのグループに分かれた参加者の皆さんは、この発句から連想しつつも、受けすぎない句を考えていきます。付けすぎず、離れすぎない。これが連句の難しさであり、面白さなのではないかと感じました。 納得のいく句ができた人から紙に書いて、句を吟味する「捌き」の役である竹田さんのところへ持っていきます。捌きは集まった句の中から次に続く句として良いものを一つ選び、発表します。今回は2つのグループに分かれていますので、それぞれのグループから一句ずつ選ばれます。発句の五・七・五に続く脇句(第二句)の七・七として、Aグループからは「友の手放し食う桜餅」、Bグループからは「自転車通学雀の子と共に」が選ばれました。これを繰り返し、半歌仙では第十八句まで続けます。 各々机に向かって考えることになるので、普段のシブヤ大学の授業と比べたら静かな授業かもしれません。前の句から離れつつ、ユーモアも交えながら定められた季節を取り入れた句を考えるのはなかなか想像力も必要とします。ですが、うまくはまった句ができたときの高揚感、また句が選ばれ一巻の中に組み込まれたときの嬉しさというのは良いものです。時間の関係で今回は十二句までとなりましたが、A・B両グループの巻をご紹介します(カッコ内は俳号)。Aグループ チャットAIの巻あめあがり卒業式坂きらきらし(竹田先生)友の手放し食う桜餅(ぺこ)つばめ来るいつもの家に巣をつくり(まつ)窓からもれるあかり愛おし(狐)ただの道スマホかまえる秋の月(雪見)暴走族減りし鈴虫か(柑橘)法被着るたぬきの装い秋祭り(まつ)寝言は寝て言えチャットAI(ぺこ)「あなただけ」どこにでもあるラブレター(雪見)ビールの泡で泳いでみたい(狐)無人島あたり一面雪景色(竹田先生)足跡辿る花の道ゆき(鮎)Bグループ うなぎの巻あめあがり卒業式坂きらきらし(竹田先生)自転車通学雀の子と共に(開)白い帽風にさらわれ山笑う(朱風)おなかグーグー妄想中(可津)考える季節問わない秋の月(まなぶちゃん)アンドロメダのハイキックかな(朱風)うなぎ食べアンタダメダときみは去る(まなぶちゃん)アホなゲームはもう止めたいの(朱風)その笑顔初めての推しヌートバー(歩)久々のフェスマスク焼けせず(御月)手術のふるえる医者の掛け布団(竹田先生)大滝のしぶき初花長る(鮎)本格的な形式では、インスピレーションを得るために吟行に出かけたりもするそうです。また、最近はオンラインでも連句会が開催されているとのこと。皆さんも連句で今上を詠んでみてはいかがでしょうか。(レポート:イノウエハジメ、写真:小島知佳)

生きるためのアナキズム入門 〜もう革命しかないもんね〜
12月17日(土)原宿駅から徒歩15分。ケアコミュニティ・原宿の丘にて、「生きるためのアナキズム入門〜もう革命しかないもんね〜」という授業が開催されました。先生は長崎大学多文化社会学部准教授の森元斎さんをお招きし、14名の方が参加されました。授業前半は、授業コーディネーターの鈴木さんから、森 元斎さんの著書『アナキズム入門』『もう革命しかないもんね』のご紹介から始まり、アナキズムの思想背景や歴史などの講義に入りました。そもそもアナキズム(anarchism)という言葉は、単語を分解すると"an(非/否)"+ "arch(支配/起源/統治)"+"ism(主義)"という意味の組み合わせ。無政府主義や無支配主義を意味する単語ですが、罵倒語として貶す意味合いで用いられることが多く、褒める時には用いられづらいよね...(笑)というお話から始まりました。起源は、フランス革命よりも前、ヒエラルキー構造をもった貴族や王国文化の対比として、話し合いの中で自主統治をする文化をもったアメリカの先住民族のことを「アナキスト」と呼んだことが最初だそうです。授業は、そこから啓蒙思想やフランス革命など、民主主義や代議制の成り立ちを振り返りながら、結局「アナキズムとは何なのか?」という問いに至ります。 「アナキズム」は、定義するとその定義に縛られ、その精神に反してしまいます。そんな中、鶴見俊輔氏の言葉を借りると「アナキズムは権力による強制なしに人間が互いに助け合って生きていくことを理想とする思想」とし、その暫定的な定義を出発点として、自分でアナキズムなるものを考えてみようと、私ごととして個人個人へ投げかけられました。その後、授業は、自分なりのアナキズムの実践者として、森さん自身が大学の非常勤講師で働きながら、田舎で自給自足生活や、地域コミュニティの参加などの体験談へと展開されました。「この世に自由なんてないと思われがちだけれども、自由の隙間を見つけていく作業が楽しい」と言う言葉がとても印象的でした。 授業後半は、森さんと参加者によるおしゃべりタイムです。グループ形式でそれぞれ感想や、ご自身の実践について話し合っていただいた後、森さんへの質問や意見などを発表してもらいました。オススメの本や、森さんの生活に関すること、資本主義や地域コミュニティにおける家父長制の影響など、多岐に拡がるおしゃべりタイムとなりました。森さんのアナキズムの起源は、大学時代に大学内のルールに不条理を感じて、声をあげたらルールを変えてもらった成功体験だそうです。当たり前だと思っていた生活やルールも、もしかしたら権威や慣習に支えられているだけであって、形骸化した社会ルールを中心に生きるより、お互いがもっと支え合っていけるのであれば、もっと人間中心に、もっと自由に、優しく豊かに生きられるのかもしれません。(レポート:槇 歩美、写真:小林大祐)
サークル
シブヤ大学で知りあった仲間と学ぶ自主活動

シブヤ大学に参加しませんか?
シブヤ大学は誰でも気軽に参加できる学び場です。
興味のある授業を受けてみたり、ボランティアスタッフとして学ぶ場をつくったり、関わり方は人それぞれ。
あなたの参加をお待ちしています!