シブヤ大学

シブヤ大学は、
“見つける学び場”です。

シブヤ大学は、まちのあらゆる場所を教室に、多様な授業を開催しているNPO法人です。
2006年の開校以来、開催した授業は1,400講座以上。これまでに36,000人以上が参加しています。

シブヤ大学とは

最新授業レポート

終了した授業の内容をお伝えします

【オンライン開催】となりの能楽師から学ぶ、 古くて新しい考え方【渋谷能×シブヤ大学】

今回は「となりの能楽師から学ぶ、古くて新しい考え方」と題して、能楽師シテ方喜多流の友枝雄人さんと佐藤寛泰さんのおふたりが先生として授業をしてくださいました。そして今回は、セルリアンタワー能楽堂からの生配信。授業が始まると早速、舞台上の先生の手持ちカメラへと映像が切り替わりました。木の柔らかさを帯びて燦然と輝く能舞台。普段は客席から見上げることしかできない舞台を能楽師の視点から眺めていると考えると、身の引き締まる思いがします。前半は「映像で知る」時間。臨場感のある舞台上の映像とともに、おふたりの先生が舞台の基本的な説明をしてくださいました。個人的に心に残った点をいくつかご紹介します。― 老松を映す“鏡”。神様が宿る能舞台能舞台と聞いて多くの人が思い浮かべるのが、舞台の背景となっている大きな松の画ではないでしょうか。能舞台に描かれている松は、歳をとった古い松「老松(おいまつ)」。老松は「神様が宿る」と昔から信仰の対象にされてきたそうです。また、松は1年を通して葉の緑を保つことから、「めでたい木」でもあります。そして、老松が描かれている板を「鏡板」と言います。 “鏡”として老松を舞台に映し込むことで舞台上に神様が宿るよう、能舞台には必ず老松が描かれているそうです。― 柱が支えるのは“自由な舞”四方にある柱とそれに支えられた屋根、と入れ子のような造りが特徴的な能舞台。「屋内なのにどうして?」と疑問に感じられる方も少なくないと思います。これは、能が仮面劇であることに起因します。能面をつけることで演者の視界は大きく奪われます。しかし、四方に柱があることによってそれが目印となり、方向感覚を持った状態で舞を自由に舞うことが出来るといいます。実際にカメラの前に能面をかざして舞台を覗くと…びっくり!視界の穴はとても小さく、まるで見えません。こんなにも限られた視界のなかであれほど優美な動きをしているのかと思うと驚きです。― 面が現す“陰と陽”。そして生まれる“多彩な感情”次にカメラの前に映し出されたのは、若い女性である小面(こおもて)のひとつ「万媚(まんび)」と嫉妬に狂う女性「般若(はんにゃ)」の二つの能面。よく見ると、うりざね顔にほんのり笑みをたたえている万媚の目の穴は四角く、二本の角と吊り上がった口元が恐ろしげな般若の目の穴はまんまると丸く開けられています。実はここにはこだわりが。穴の形をそれぞれ工夫することで、万媚には柔らかな表情の中にも強さを、般若には強さだけでなく人間らしさを与えているそうです。先生曰く、そうすることで「常に陰と陽のバランスを取っている」。目の穴ひとつにそんな繊細な表現が隠されていたとは…奥が深いです。また、角度によって面の見え方は異なるそうです。面を上に傾けると、遠くに去った恋人に想いを馳せるような遠い眼差しになり、下に傾けると、寂しげに泣いているように見えます。他にも正面や斜めといったように別の角度から見ることで、もっと色んな表情が出てくるそう。無機質に感じる面にも多彩な感情表現があることが分かると、一気に見え方や感じ方が変わります。また他にも、年老いた男性の面である尉(じょう)、中年女性の面である曲見(しゃくみ)などいくつか能面を紹介していただきました。近くでじっくりと見ると、目の形、歯の色、口元のしわなどが面によって異なり、とても細やかに造られていることが分かります。中には安土桃山時代(!)の面もあり、その歴史の壮大さに改めて感銘を受けました。後半は、舞台から装束の間(楽屋)へと場所を移して、様々な疑問に答えていただきました。「“能の世界に入る”ことはどういった感覚?」おふたりとも能楽師の家系で、幼い頃から子役として舞台に立ってきたそうです。思春期の頃は、周囲が進路を決めていくなか、一人前の能楽師になるための稽古をする日々に悩むこともあったそう。そんななかでも、「能楽師になれる選択肢が自分にはある」と良い方向に発想を切り替え、やがて先輩の姿を見て「せっかく能楽師になるのだったらこういう風になりたい」と向上心を抱くようになった、と話されていました。「どんな気持ちで舞台に立っているの?」芸能として700年近く続いている能。時代に合わせて発展しつつも、その様式は変わらず今も継承されています。 ―「繋がれてきたものに対する重み、畏敬の念をおのずと感じる」 ―「表現者としてやりたいことをやるだけではいけない」先生のお言葉から、脈々と受け継がれる日本の伝統芸能を背負う覚悟と自負の念を感じました。また、様式は同じでも個性はにじみ出てくるそうで、発声や構え、すり足、面の合わせ方…全てにおいて、みな同じではないそうです。「能のテーマとは?」能は、ストーリー性よりも、その場面の主人公の心の中の想いや人間性に焦点を当てた内容のものが多いそうです。嫉妬に苦しむ般若も、どこかには「こんな自分は嫌だ…」という悲しみがあると言います。能舞台には、プラスの感情の時にはマイナスの感情、マイナスの感情の時にはプラスの感情、と相反する感情が存在しているそうです。つまり、能のテーマは、人間誰しもが持っている“心”。演目のなかでは“生と死”についても多く扱われるそうです。 ―「死ぬということはいかに生きてきたか、ということ」先生の言葉が胸に刺さります。古くから継承されている能ですが、そのテーマは一貫して現代にも共通するものだということが分かりました。「能の見方、楽しみ方は?」能の鑑賞の楽しみは、“自分の感性がひらいていく瞬間”にあるそう。演目の中の複雑な感情は、演者の技量を通して、観ている人が感性で受け止めることで伝わるそうです。かと言って、演者にとって直接表現はNG。分かりやすく表現してしまうと、観る人が「ただ観るだけ」の状態になってしまい、心の深いところまで届かなくなってしまうからです。与えられる情報だけで観るのではなく、参加して観ることで鑑賞の楽しさが数倍に広がる、と先生は仰っていました。あえて見せない“余白”に観る人の感情や記憶、想像力が重なることで、能はより一層奥行きを持ちます。難解に感じてしまいがちですが、ある意味、内容を正確に捉えようとしなくても、自らの感性を活かすことで感じることが出来る部分、観る人に委ねられている部分があるということなのではないでしょうか。最後、「譲れないことはある?」という問いに対しては、友枝先生「能は様式芸。日常のなかで舞台に向き合っていると、改めて基礎が大事だと感じる。基礎がこれからの舞台生活に一番大きな影響を与えると感じる。50代に差し掛かり残された時間が少なくなっているなかで、再度基礎を見直して努めていきたい。」佐藤先生「伝統芸能は、先人たちが繋いでくれたおかげで現在も観ることができる。正しく後世に継承していきたい。核を大事にした上で色んなものと対応、順応していくことが大事なのだと思う。」とそれぞれお答えいただきました。「“いま何ができるか”を考えることは、こうして伝承してきたことに繋がる」先生のお言葉通り、長く続いた能の伝統も歴史もたどれば「いま」の連続。そしてその基となるのは、今も昔も変わらない、私たちの「心」。先生たちのお話から、能をぐっと身近に感じることが出来ました。みなさんもぜひ一度「おとなりさん」感覚で、能楽堂に足を運んでみてはいかがでしょうか。そこには650年前の先人たちのドラマがいまも脈々と紡がれています。(レポート:小野多瑛)

【オンライン開催】 自然(じねん)に生きる 〜循環型の社会創造〜vol.05 自然体な社会。これからの社会と私たちの生き方

「自然(じねん)に生きる〜循環型の社会創造〜」シリーズも最終回となる第5回目は、「自然体な社会。これからの社会と私たちの生き方」をテーマに、岩波直樹先生をお招きしての授業が行われました。自然と書いてじねんと読む…自然薯の像が消えないまま、シリーズに初参加した筆者でしたが、同じく初参加の方も、「岩波さんのおっかけです」という方も、これまでのこのシリーズの授業に参加されてきた方も、オンラインでありながらゆるやかなつながりを終始感じられた授業となりました。というのも岩波先生のお話に「共感」を深めていった人が多かったからでしょう。そして、この「共感」は授業のキーワードでもありました。現代は、自分という人間が何をしたいですか?という時代にきている、あるいはその過渡期にあるのだそうです。それは、共感して集まる仲間たちと一緒に何かをしていくことに価値が置かれ、また、その「集まり」というのは従来の組織とかコミュニティとかでなくてもよいという時代になるのではないか、とのことでした。そして、そのような時代によりよく生きるにあたり、ちょっとした自分の欲求に正直に動くことを許容する社会の構築が求められているのだと。それは、自分の欲求を抑えこんで「自分は我慢しているのだから(あなたもそれをするな)」を他者にぶつけるのではなく、自分の欲求と他者とのそれとを広げてみせて、もしその間にギャップがあれば、社会的なフィードバックとして返すことがひとりひとりに求められるだろうとのことでした。社会的なフィードバック…というと難しそうですが、前提に「共感」があるようです。そして、共感の種類(方法)はたくさんあっていいのだそうです。何しろ、人の生きているステージがそれぞれなので、それぞれのやり方で共感を示せることが大事なのだと。もうひとつ、現代社会は家庭の中もエネルギーの奪い合いになっているとのこと。その原因として、自分の認識で自分の限界を決めていることがあるのではないかとのこと。そうであれば、自分の認識にこだわらないでいたほうが、もっと他者と共感し合えるのではないか、さらには、自分の限界も超えられるはずではないかとも。大人の認識というのは、ほぼ固定観念なのだそうです(はい、反省…)。子育てであれば、いつだって「子は親の認識を超えていくもの」というスタンスでいると、エネルギーの奪い合いにならないのだろうと。組織であっても、自分が育てたい・育てようとしているもの(プロジェクト、後輩など)はすべて自分の認識を超えていくものだと思えると、他者との関係もゆったりと向き合い、共感も生まれやすくなるのではないかと。もちろん、自分を育てていきたいのであれば、「私も私の認識を超えていくもの」というスタンスが必要なのでしょうね。そこで注目したいのは、成人発達理論です。人間の成長には2軸あるとのこと。ひとつの軸は水平的な成長で、それはアプリを追加するようにして知識やスキルを獲得していく、能力の成長であると。もうひとつの軸は、垂直的な成長で、それはOSをアップブレードするように自己の認識の拡大や枠組みの変容をしていく、心の成長であると。そして、垂直的は成長が大人になっても人は成長することを主張する成人発達理論のベースになっているとのことでした。そうなのですね、大人になってなおも人は成長するのですね。自分の限界を自分で決めてしまわずに、自分の認識を超えていく自分をみていたい。大人になっても自分というOSのアップデートをしていきたい、そうしている他者に共感し、お互いのアップデートを喜び合いたい。だからこそ、このようにして時おりシブヤ大学の学生となって、先生や他の学生、そして「そうなんだ!」と気づく自分に出会いたがっているのかもしれません。共感、価値の他にも、幸せ、ギフト…たくさんのキーワードをお土産としていただきました。そして、それらについて、「自分はどう表現していくか」「私はどうありたいか」といった、まさに「自然(じねん)に生きる」のための宿題もたくさん出された授業になりました。ちなみに、宿題の提出は無期限です。(授業レポート:記伊実香)

【オンライン開催】 ともに学び、生きる vol.3 〜深める民主主義、創るみんな主義〜

「ともに学び、生きる」と題して、自分にとっての「学び」って何だろう?学ぶことが自分にとって、社会にとってどんな意味があるんだろう?ということをみんなで考える3回のシリーズ授業、いよいよ最終回です。vol.1、vol.2に引き続き、北欧独自の教育機関であるフォルケホイスコーレと、それを生み出したデンマークの民主主義社会を考えるヒントとして取り上げます。vol.1の授業レポートはこちらvol.2の授業レポートはこちら【授業の様子】今回の授業では、民主主義社会が成り立つ要素を頭で理解し、その後ワークを通して実際に体感してみるという流れで進められました。〈アイスブレイク〉グループに分かれて、自己紹介とコロナ禍で変化したこと、授業参加への動機や目的などを話しました。私のチームには、教育を中心とした社会課題へ興味がある方や、デンマークの教育に興味がある方、民主主義について話すことへの興味から参加されている方など多様な方がいらっしゃいました。〈意思決定資本とは〉まずは、民主主義において重要なポイントである、“自分(みんな)で考え、何度でも話し合い、考え続ける”といった姿勢を先生方がわかりやすく説明してくださいました。キーワードは、「意思決定資本」というあまり聞き馴染みのない言葉です。「意思決定資本」とは、個人や組織、コミュニティの決断力や、決断してきた経験値の蓄積などを指し、イギリス人の教育学者アンディ・ハーグリーブスが提唱している言葉です。アンディさんは、トップダウンで決定をすることではなく、なるべくチームにいる人たちを意思決定のプロセスに巻き込んでいくこと、「みんなで決めたよね」という認識が組織の源となって動いていくと指摘しています。決断を経ることで個人個人のスキルが上がっていくことはもちろん、みんなで決めることで組織全体の「意思決定資本」が育っていくと言います。人間は生きていると、意思決定の連続ですよね!「意思決定資本」は、度重なる意思決定の中で、長い時間をかけて資本が育てられていくものなので、「納得するまで時間をかけて決めること」が大切なことが分かります。また、アンディさんは、プロフェッショナル資本というものも提唱しています。組織のプロフェッショナリティを決めるのはプロフェッショナル資本であり、そこには3つの資本が必要だそうです。①人的資本・・・個人個人の素質やスキル②社会的資本・・・人間関係の豊かさ、信頼関係③意思決定資本・・・個人や組織、コミュニティの決断力、決断してきた経験値の蓄積①と②は、個人とか組織のレジリエンスを話すときに最近よく耳にしますよね。そこに加えて、「意思決定資本」が大事だというのがアンディさんの主張です。〈意思決定資本と民主主義社会との関係〉「意思決定資本」がどういったものか、何となく理解したところで、それが民主主義社会とどう関係があるのでしょうか?デンマークの政治学者エヴァさんは、「デンマークの民主主義社会が上手くいっているのは、社会関係資本と政治関係資本があるからだ」と言っています。・社会関係資本・・・社会的なつながり好きなことや趣味で集まった集団。宗教などもこれに含まれ、同じ価値観を持った仲間同士のつながりのこと。・政治関係資本・・・政治的なつながり必ずしも同じ価値観の人たちだけではなく、様々な興味の人が集まっている集団。実際の社会はこれで、バラバラの価値観を持った人たちがつながるためには政治関係資本が必要。民主主義社会を作っていくためには、人的資本や社会関係資本も大事ですが、政治関係資本(価値観が違う人同士がつながること)が必要です。価値観の異なる人たちをつなげていく際に大切になってくるのが、「意思決定資本」です。「意思決定資本」が強い社会であればあるほど、すれ違いが起きてもきちんと「決める」ことができ、その中で政治関係資本を作ることができます。デンマーク社会に政治関係資本があるのは、個人や組織の「意思決定資本」がきちんと鍛えられているからだそう。きちんと話し合い、理解し、考え続けてきちんと決定していける民主主義社会をつくるには、「意思決定資本」が欠かせないのですね。これらのことを裏付けてるのが、政治学者のハル・コックです。政治やジャーナリズムにフォーカスしたフォルケホイスコーレの初代校長でもあるこの方は、戦後間もなく、「民主主義は生活形式だ」と主張しました。唯一解があるのではなく、常にみんなであーだこーだ話し合っていくそのプロセスが民主主義であり、簡単に定義できるものでも、今日明日で作られるものでもありません。個人で考え、みんなでたくさん意見を言い合って、絶えず話し合い続けるプロセスが成り立つ「生活」を作っていく必要があるのです。デンマークでは話し合った上で決定したことに対して、さらに個人で解釈し、一度出した決定をより磨いていくために話し合いを繰り返すそうです。「絶えずディスカッションできるような社会(生活)を作ること」この根本の部分にデンマーク国民は納得しているからこそ、政治関係資本を鍛えていくような国民性があるのですね。〈まずは自分で意思決定をしてみよう〉IFASの皆さんが分かりやすく説明してくださり、頭ではなんとなく分かってきたような、、?でもやっぱり体感してみないと分からない!ということで、後半はワークに移ります。まずは個人での意思決定を行う練習として、用意された5つの質問(答えは2択)に対する答えを、直観で選んでもらいました。『勤め先の会社の社長が、自分の息子を次期社長に任命しようとしています。あり?/なし?』『あなたのペットが重い病気で苦しんでいます。安楽死を 選ぶ?/選ばない?』なかなか即答できる質問ではなかったですが、皆さん悩みながらまずは自分自身の意思決定を行っていました。ちなみに上にあげた設問は5つの質問の中で意見の割れた上位2択です。〈グループワーク:みんなで話し合おう!みんなで創ろう!〉ここからは、グループ(という1つの社会)に分かれ、50分という長い時間をかけて意思決定を体感していきます。まずは、先ほどの5つの質問を少しだけアレンジした問いを、最初のグループに分かれてグループ内で再投票。民主主義を意識しながら話し合いを行いました。私のチームでは『あなたの勤める会社で、社長が親族を雇用しようとしています。賛成?反対?』をチョイス。最初は、賛成と反対で意見が半々になりました。それぞれの意見を聞き、まずはグループ全体で賛成の意見に決定。そこから、前提や条件、シチュエーションなどを想像し、賛成の中でも細かくルール設定を行っていくという流れで進めました。(企業の規模はどのくらい?親族ってどこまで?採用の条件は?などなど)このワークを通して、賛成/反対ではない「より良い結論(第3の道)」を作り出すためには、・全員の解釈や前提を確認すること・様々な立場の人の視点で考え、全員が納得するポイントを探すこと・一度出した決定事項に対し、改善の余地を探すことなどなど、話し合う要素がたくさんあり、50分という長めのグループワークでしたが、私たちを含めどのチームも時間が足りない様子でした。改めて時間をかけて話し合うことの大切さを体感した時間でした。最後に、グループごとの話し合いの様子や、それぞれで出した結論を全体で共有しました。どのグループも、前提のすり合わせや、それぞれの納得のいかないポイントを対話によって明確にしていく作業を通して、問いそのものよりに対する賛否よりも、結論を出すまでのプロセスのあり方が議論になっていたのが印象的でした。〈まとめ〉同じ民主主義国家の日本とデンマーク。デンマークでこれほど民主主義が成り立っている要因についての、IFASの皆さんのエンドトークでのお話が印象的でした。デンマークは民主主義が整っていますが、社会民主主義国家であり、社会主義的な面もすごくあると言います。国の緊急事態の際は、法律を1週間で変えてしまったり(コロナ禍ではロックダウンできなかったところを一気にロックダウンできるように変わったそう)ということもあるそうです。しかし、そんな中でも民主主義が成り立っている要因は、国民の姿勢と社会と個人の信頼関係がポイントだと言います。デンマークの国民には、国のトップダウンの迅速な決定に対し、国民一人一人が判断をし、自分が、家族が、コミュニティがどう関われるのか、どう意見できるのかを考える姿勢があります。誰か他人の意見(それが国家の意見でも)に対して、自分が加算できるバリューってなんだろうと考えるそうです。これは、絶対にこの人(社会、国家)は自分を裏切らないという信頼があるからできることで、デンマークは社会と個人の信頼関係がきちんと成り立っているのだというお話を聞いて感動しました。民主主義社会における社会と個人の関わりには、「信頼」が1つの大切な要素なのだと実感しました。先生方がお話されていたように、民主主義は生活様式であり、終わらない、解のないプロセスです。私たち日本人も1人1人が自分で考え、社会の一員である意識をもって対話を重ね続け、生活様式としてそのプロセスの浸透ができたらいいなと思いました。時間はかかるかもしれませんが、その先にどのような社会が待っていて、どう変化していくのだろうと考えるとワクワクしました。(授業レポート:中村彩恵)

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