シブヤ大学は、
“見つける学び場”です。
シブヤ大学は、まちのあらゆる場所を教室に、多様な授業を開催しているNPO法人です。
2006年の開校以来、開催した授業は1,600講座以上。これまでに45,000人以上が参加しています。
新着授業
誰でも参加できます!
「わかりあえない」から始めよう。
〜分断の時代に、会話を続けるということ〜
江戸東京の「きらり」を探しに行くワークショップ
【全4回共通】
江戸東京の「きらり」を探しに行くワークショップ
【第1回】現代まで残ってきた価値ってなんだろう?
ふわふわ芸術ラボ
第2回 おどらないかもしれないダンス
ふわふわ芸術ラボ
第1回 あわないかもしれない音楽
「かるた」の新しい遊びかた ~一枚の札から「ことば」をつくろう~
最新授業レポート
終了した授業の内容をお伝えします
ショーウィンドウさんぽ3 〜ファッションと人を繋ぐ都市の縁側空間〜
今回の様子を、「原宿表参道新聞」の太田可奈さんが取材してくださいました。ファッションと人を繋ぐ「都市の縁側空間」を歩く[原宿・表参道2days街歩き 前編]---------------私の場合、70年代後半から80年代の東京に対する強い憧れと郷愁が全てであり、丁度「文化屋雑貨店」を失った頃の原宿に台頭して来ていた「カワイイ文化」等は、自身のファッションの系統とは違いましたので、先生の年代の方々ほどの熱い思い入れはなかった訳です。しかしその前段階の「キッチュ」と呼ばれた、安価で可愛い物をファッションに取り入れて、人との差別化をはかることは散々やって来た訳です。TD6系と言われる東京発進の新しいデザイン、川久保玲、山本耀司と言ったモード系を牽引する素晴らしいデザイナーの台頭は、日本人である事を誇らしく思える素晴らしい出来事でした。私のバイブルは「anan」でしたし、今のように安価にオシャレな物が手に入る時代ではなかったので、それはそれは苦労しておしゃれを追求しました。「anan」に登場する、ファッションを作る側、発信する側の人達に憧れ、何故東京に生まれなかったんだと親を呪ったものです。その聖地が渋谷・原宿だった訳です。今回は、その頃の事を思い起こさせてくれる建物もコースに入っていて嬉しかったです。「ラフォーレ原宿」は進化を重ねて、もちろん懐かしさはなかったのですが、なんと初めて裏口の存在を知り、周りの変貌の中にも変わらぬ姿を留め、生き続けているビルの姿に感動しました。同潤会アパートを懐かしみ、沢山あったマンションメーカーを偲び、当時の歴史を学べた事はとても良かったです。「フロムファースト」は激アツでした。竣工当時の関係者のチャレンジ精神や高い理想と、あり得ないお洒落度を偲ぶ事ができて大変感動的なお話しでした。今更、川久保玲さんを語る事など出来ないけれど、当時どんな思いを胸に一号店を立ち上げたのだろうと、まさに聖地巡礼の気分でした。行った事のあるよく知っているビルなのに、あらたな発見と気付きや学びの多い楽しい授業でした。ありがとうございました。(レポート:浅野由佳)---------------様々な側面に光を当てながら街を歩くことで、新しい視点をいただけた楽しいさんぽでした!人によって着眼点が違うのも面白く、お一人お一人からの感想も興味深かったです。カルチャー、品格を併せ持つ原宿周辺が今後どのように変化していくのか楽しみに見守りたいと思います。(レポート:小澤雄二)--------------- 先生の諌山さんの解説を通して、風景の裏側にある「まちの歴史」が見えてきた授業でした。まちを歩く人たちの服装のトレンドはものすごい勢いで移り変わるけれど、建築やショーウィンドウにはその変化の名残りのようなものがしっかりと残っていて、そこに1970年代の過去から2020年代の現在にいたる時代の変遷が感じられた点がとても印象深かったです。(レポート:松井健二)
正しさで疲れがちな今の、対話を深めるコツ ― 問いを立てる編
本授業のコーディネーターを務めた山口さんのご挨拶から、授業は始まりました。クリティカルシンキングをテーマに話し合う機会がなかなか無いため、今回はみんなで対話そのものを見つめ直し、深めるような時間にしたい——そんな企画の背景が語られました。今回の先生は、考える力を育むために学校や企業、地域で哲学対話を行っているNPO法人こども哲学・おとな哲学 アーダコーダで講師を務められている大前みどりさんです。大前さんが最初に、参加者の中に哲学対話の経験がある方がいるか尋ねられると、ちらほらと手が挙がりました。経験者も交じるそんな顔ぶれの中、哲学対話をする上で、以下のような注意点があげられました。1. 知識や情報よりも、感じたことや経験を話す2. 空気を読まずに、思ったことを話そう3. 相手が嫌だなと思うことは言わない4. 意見を否定しない(なぜそう思ったのか? と考える)5. 「人それぞれ」で終わらせない——人それぞれ違うのは当たり前。その違いを深めることこそが哲学対話とのこと注意点の説明を終えた大前さんが、質問はありますかと参加者に投げかけます。すると、ある参加者から。「2と3は相反しているけれど、どうすれば良いのでしょうか? 相手のことを知らないので、うかつに思ったことを話せないのですが……」「たしかにおっしゃる通りですね。そうしたら、どうすればよろしいでしょうか?」返ってきたのは、答えではなく問いでした。一瞬の沈黙のあと、ある方が口を開きます。「発言したあと、様子をうかがう……」それを機に、ちらほらと声が上がりました。「もし嫌なことを発言されたら、それを伝える」気づけば、注意点の説明を聞いていたはずが、先生と参加者の間で哲学対話がもう始まっている。……恐るべし。そんな一幕を経て、大前さんの説明が再スタートします。ここからのテーマは「問い」です。「問い」は、聞く方も答える方も答えを知らないものです。では、そもそも哲学対話とは何でしょうか。哲学者が「〜と言っていた」という知識をなぞるのではなく、自分たちで問いを立て、その問いについて自分の考えや経験をもとに考えることです。答えは一つではなく、答えのない問いについて考え、対話を深めていきます。ちなみに、子どもたちとこの哲学対話を行うときには、• 「好きと推しは何が違うのか」• 「やさしいってどういうことか」などを考えるとのことです。意外にも、子どものときに素朴に考えていた「○○ってなんだろう」を対話するのだなぁと思いました。もしかしたら、子どもの方が哲学対話に向いているのかもしれません。大人も頑張らないと!そもそも、問いとは何なのでしょうか。• 当たり前を疑うツール• 対立仲間を探求仲間に変える橋• コントロールできない生き物たしかに、「対立仲間を探求仲間に変える橋」は、仕事で意見が対立したときにも使えそうです。「あなたと違って私はこう思う」と言われると少しムッとしますが、「なぜあなたはこう思ったのですか?」と問われると、なんでだろうと自分を見つめ直す機会になりますし、冷静に話すことができます。なるほどなぁ……正解のない世界で、他者とともに考える。問いについて対話すること——それが哲学対話。次に、問いを立てるには具体的に何をするのか、という説明に入ります。問いは、• なぜ、あんなことを言ったり、やったりしたのか?• ずっと忘れられない体験• これを考えたい!といった、当事者性や体験からスタートするとのことです。こうした体験や感情からであれば、誰もが自分事として考えることができます。ということで、自分の体験を思い出すところからワークがスタートしました。1. 自分の体験を思い出す身近で困っていることや、普段から疑問に思っていることなど、些細なことで良いので書き出していきます。思い詰めてしまうとなかなか出てこないので、ほんの些細なことを書くのが重要とのことです。大前さんは、映画館に行った際に、後ろの席の人がずっとビニール袋をガサゴソしていてうるさかったことを挙げられていました。そこから、「なぜ、あの人は音を立てるのか?」「そもそも私は、なぜ音に対して苛立つのだろう」と、いろいろな問いが出てくるとのこと。そんなこと、日ごろは考えませんね……2. 一般的な話題を自分事化する葛藤、もやもや、嫉妬、劣等感、承認欲求、やましさなど、100近いキーワードの中から3つを選び、そこから連想される体験を書き出します。1では内側(自分の体験)から考えましたが、次は外側(ピンときた単語)から考えや体験を書き起こしていく。別の角度から見つめる作業は、意外と楽しいものでした。なぜ楽しく感じるのでしょうか。3. 絞り込んだ体験を共有する1と2で書き出した体験の中から一つを選び、そこから一つの問いを立てるために深掘りします。その体験にどんなことを感じたか(問題意識や願い、ものの見方など……)。また、体験を客観的に説明するために、「いつ」「どこで」「何をした」「何が起きた」「どのように感じた/考えた」を書き出し、グループで共有しました。皆さんいろいろな体験をお持ちで、和気あいあいと、時には真剣に話されていました。4. 選んだ一つの体験を、7つのさまざまな角度から問うてみる意味を問うたり(〜とはどういう意味か?)、原因や目的を問うたり(なぜ〜なのか?)と、その体験をいろいろな角度から見て問いを作ります。ちなみに、その中で「課題解決のために問う」(〜を解決するためには何が必要なのか?)は、日ごろから仕事で使っている問いなので、非常に考えやすかったです。逆に、それ以外の問いは日ごろ使っておらず、考えていると頭が疲れてきます!5. 最後に「他者とともに考えたい問い」を発表これまでの作業で作った問いを書き出し、グループで5分間話し合います。その問いが完璧でなくても構いません。批評せず、思ったことを話し合います。5分間だけでは足りないほど、いろいろな思いが交わされ、対話が行われました。そんなこんなで、長いようで、まだまだ対話の時間が足りないと感じる3時間の授業が終わりました。本当に疲れましたが、日ごろはAIに答えを聞いて回答を得たり、解決策を考えたりしていて使われていない、「問い」(なぜ? なに?)を考える時間となりました。(レポート:豊田大河、写真:沼尻淳子)
「かるた」の新しい遊びかた ~一枚の札から「ことば」をつくろう~
シブヤ大学の教室に集まったのは、年齢もバックグラウンドもさまざまな参加者とスタッフたち。一見、子どもの遊びのようにも思える「かるた」を通して、自分たちのリアルな経験をことばにし、社会や街とのつながりを考えるユニークな授業が開催されました。「日常のモヤモヤ・ハッピーをことばに」体験からまちを紡ぐ、オリジナルかるたワークショップ!■バラエティ豊かなメンバーで紡ぐ「30秒自己紹介」授業の冒頭、教壇に立った佐野先生から「多文化共生論」や「日本語教育」「生涯学習」が専門であるというバックグラウンドが明かされ、一気に教室の興味が引きつけられます。さらに、本日デビューを迎える大学生や記録係を含む個性豊かなスタッフ陣が紹介されました。シブヤ大学恒例の「30秒自己紹介タイム」では、タイムキーパーが厳しく(?)見守るなか、参加者の皆さんが次々と自己紹介をリレーしていきます。「大学の生涯学習の課題で見つけて、一番面白そうだから参加した」という現役大学生たち。「普段の日本語教育の新しい教材や遊び方を探しに来た」という日本語教師の方。「論語かるたを子ども食堂や外国人と実践していて、さらに勉強したい」という目黒区からの参加者。さらには「来年の大河ドラマに向けて『小栗かるた』で盛り上がっている横須賀から、かるた作りのヒントを得るために来た二拠点居住者」や、言葉遊びによる「脳トレ」を目的に千葉からやってきたという男性など、実に多彩なメンバーが集結しました。■先生からのメッセージ「ことばは社会を作るし、社会はことばを作ります。一見やっていることは普通のかるたですが、自分の経験をことばにし、それをどう自分たちのまちに繋げていけるのか。最後には『実はこういうことだったんだ』と皆さんと一緒に考えていきたいです」■「かるた」の歴史と文化まずは、「かるた」の語源からどのように遊具「かるた」になっていったのかをうかがいました。「かるた」ということばが、ポルトガル語で「四角」または「カード」を意味することだったり、日本古来の遊び「貝あわせ」と融合して「百人一首」となったなど、興味深いお話をうかがいました。 その後、文字(ひらがな)と絵を組み合わせた「いろはかるた」が生まれたそうです。当時のまちの人々の生活習慣や「あるある」といった共感が読み札に反映され、その地域独特の「いろはかるた」になりました。 たとえば「い」について、江戸かるたでは「犬も歩けば棒にあたる」が、京都や上方(大阪)では「一寸先は闇(やみ)」(京都)、「一を聞いて十を知る」(大阪)となります。先生は、「私は専門的な歴史研究者ではありませんが、『その時代を生きるまちの人々が、自分たちの生活を反映させて主体的にかるたを作ってきた』という文化の独創性にこそ、強く惹かれているのです」と熱く語りました。◾️「社会実践型かるた」への進化このように文化や遊びとして継承されてきた「競技かるた」や「百人一首」ですが、現代においてはその枠を超え、かるたを地域課題の解決やコミュニティ形成に役立てる手法(社会実践型かるた)へと進化させることができます。教育かるたとして挙げられたのが、1947年に群馬県で誕生した郷土かるたの代表格『上毛(じょうもう)かるた』です。ここには「い」=『伊香保温泉日本の名湯』のように、群馬の歴史、文化、名所がふんだんに盛り込まれています。子どもたちは「地域を学ぼう」と思ってやるのではなく、「かるたで勝ちたい!」という純粋な遊びの動機から夢中になります。しかしその結果として、自然と幼少期から地域の歴史や地名を身体的に記憶していく仕組みになっているのです。「この、遊びを通じて地域を学び、コミュニティをつなぐ仕組みを、現代の文脈で新しく実践していきたい」という言葉と共に、いよいよグループワークへと移りました。■日常の感情を書き出す日常の「モヤモヤ」や「ハラハラ」を付箋に書くここからは、参加者がグループに分かれてワークシートを作成しました。「最近の生活でモヤッとしたこと」「心がザワついたこと」「クスッと笑ったこと」など、自分自身のリアルな感情を付箋に書き出していきます。先生のホッコリしたエピソードを皮切りに、各テーブルでは次々と体験談が飛び交いました。「京都の山奥でバスを寝過ごし、終点から猛ダッシュ」「ベトナムで搭乗口を間違え、出発直前に気づいた」「駅前の歩きタバコにモヤモヤする」「飛行機が予定の5分前に出発していた」等■グループごとに広がる対話とことばの生成ここからは、各テーブルでどのような対話が生まれていたのか、ファシリテーターの視点からもその様子を見ていきます。あるグループでは、最初はどんな話題を出そうかと探るような空気がありましたが、「ワールドカップの勝利を街の音で知った」というエピソードをきっかけに、一気に会話が広がっていきました。「近くでやっている花火も、音が一番最初に感じるよね」この一言から、記憶が連鎖し、体験が重なり合っていきます。また、「道の植え込みに小さな鳥居が立っていて気になった」といった、日常の中の小さな違和感も共有されていきました。読み札づくりでは、「短い言葉でどう表現するか」「どの言葉がしっくりくるか」を探りながら、付箋を書き換え、試行錯誤が続きます。ファシリテーターはこう振り返ります。「ひとつひとつは、小さなエピソードで、こういった機会がないと誰にも話されずに忘れ去られてしまうような小さなことが、みんなに共有され、そこからカルタという形で形になり、そこに共感が生まれていくのが、とても面白いと感じました。日常の小さなストーリーを言語化して形にすることで、日々の彩りがより豊かになるような気がしました。」別のグループでは、「ヒヤッとしたこと」や「焦った体験」を中心に話が進みました。一人の発言に対し、「そういえば似たような経験がある」という声が重なり、対話が自然と広がっていきます。「飛行機が予定の5分前に出発した」というエピソードでは、語り手は驚きとして伝えたものの、他の参加者からは「それは怒りも湧くよ!!」という反応もありました。同じ出来事でも感じ方は異なる。その違いをどう言葉にするのか。試行錯誤の末にたどり着いたのが、「え”」という一文字でした。ファシリテーターはこう語ります。「同じエピソードに対してもそれぞれの感じ方があり、言葉で表現することの難しさを感じました。その中で、そのような感情の違いをどうやって表すか試行錯誤して、『え”』という一文字が一番伝わるのではないかという結論に至りました。」また、このグループは大学生が多く、生活スタイルが近いことで「あるある」と共感できる場面が多く見られました。一方で、他のグループでは異なる年代ならではの共感も生まれていたことが想像されます。さらに、読み札づくりの中では、違う文脈から出てきた言葉同士がつながる場面もありました。「話し合いの中で違う文脈から出てきた言葉同士でも繋がることがあり、とても面白かったです。」■読み句をつくる時間付箋に書かれた言葉は、編み直されていきます。バラバラだった体験が、誰かの言葉と重なり、新しい意味を持ちはじめる瞬間が、あちこちで生まれていました。■熱狂の「大カルタ大会」後半は、自分たちで作った読み札を使ったカルタ大会へ。札を取った人が、その背景にあるエピソードを語るルールで進行しました。言葉だけでは見えなかった風景が、語りによって一気に立ち上がっていきます。「カルピス一気飲み、夏の午後」喉が渇いた夏の日、思わずカルピスを一気に飲み干したという、シンプルで爽快なひとコマ。「嫌なこと、やめてほしくても言い出せず」歩きタバコをやめてほしいと思いながらも、見知らぬ相手には声をかけられない葛藤。「干し葡萄は、褒め言葉?」「若いフルーツもいいけれど、私たちはドライフルーツ」という会話から生まれた一枚。「爆アセリ、寝て起きてすぐ走る」寝過ごしてしまい、起きた瞬間に全力で走った体験。「無駄ルール、いくら作れど、意味はない」喫煙所の廃止によって路上喫煙が増えたという矛盾へのモヤモヤ。「ちょっと待て、手に、目にハイリスクなこのマーク」植え込みに設置された小さな鳥居に込められた工夫への気づき。「ドドンで押す、都会の花火」音から花火に気づく都会ならではの感覚。「ペットは家族って考え方、昔からあるけど」古い詩と現代の感覚が重なった気づき。「折りたたみ傘で、髪が抜けるあの感覚」誰もがうなずく、あの瞬間の違和感。「ガリガリ君、ラッキー、ラッキー、ダブルラッキー」当たりが続いた、思わず嬉しくなる体験。笑いが起きる場面もあれば、「わかる」と静かにうなずく場面もありました。一つひとつの札が、その人の時間や感情を背負いながら、場の中で共有されていきます。それは単なるゲームではなく、「語り」と「受け取り」が交差する時間でもありました。■名前をつける最後に、このかるたに名前をつけます。「ひねり」「せいかつ」「あせ」「え”」「にちじょう」など、さまざまな候補が挙がる中で、投票によって選ばれたのは「え” かるた」。言葉にしきれない感情を象徴するこの一文字が、今回の体験全体を象徴する名前となりました。■授業を終えて今回のワークショップで印象的だったのは、「ことばにすること」によって、日常の見え方が変わっていくプロセスでした。誰にも話さずに過ぎていくはずだった小さな出来事。言葉にならずに留まっていた感情。それらが、付箋に書かれ、声に出され、他者と交わることで、「共有できるもの」へと変わっていきます。さらに、その言葉がかるたという形になることで、記憶され、繰り返し語られ、場の中で循環していきます。郷土かるたが地域の名所や歴史を伝えるものであるとすれば、この「ことばかるた」は、「わたしの体験」から始まり、「わたしたちの関係」を編み直していくものだと言えるでしょう。言葉は、社会をつくる。そして社会の中で、新しい言葉が生まれていく。その循環の中に、自分自身がいることを実感する時間でもありました。日常の中にある小さな違和感や喜びに目を向けること。それを言葉にし、誰かと分かち合うこと。その積み重ねが、街を、そして社会を、少しずつ豊かにしていく。そんな確かな手応えとともに、授業は締めくくられました。 (授業レポート:吉田 尚弘、グループレポート:小林 大祐、永田 優、写真:小林 大祐、吉田 尚弘)
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