シブヤ大学

シブヤ大学は、
“見つける学び場”です。

シブヤ大学は、まちのあらゆる場所を教室に、多様な授業を開催しているNPO法人です。
2006年の開校以来、開催した授業は1,400講座以上。これまでに36,000人以上が参加しています。

シブヤ大学とは

最新授業レポート

終了した授業の内容をお伝えします

【オンライン開催】 自然(じねん)に生きる 〜循環型の社会創造〜vol.05 自然体な社会。これからの社会と私たちの生き方

「自然(じねん)に生きる〜循環型の社会創造〜」シリーズも最終回となる第5回目は、「自然体な社会。これからの社会と私たちの生き方」をテーマに、岩波直樹先生をお招きしての授業が行われました。自然と書いてじねんと読む…自然薯の像が消えないまま、シリーズに初参加した筆者でしたが、同じく初参加の方も、「岩波さんのおっかけです」という方も、これまでのこのシリーズの授業に参加されてきた方も、オンラインでありながらゆるやかなつながりを終始感じられた授業となりました。というのも岩波先生のお話に「共感」を深めていった人が多かったからでしょう。そして、この「共感」は授業のキーワードでもありました。現代は、自分という人間が何をしたいですか?という時代にきている、あるいはその過渡期にあるのだそうです。それは、共感して集まる仲間たちと一緒に何かをしていくことに価値が置かれ、また、その「集まり」というのは従来の組織とかコミュニティとかでなくてもよいという時代になるのではないか、とのことでした。そして、そのような時代によりよく生きるにあたり、ちょっとした自分の欲求に正直に動くことを許容する社会の構築が求められているのだと。それは、自分の欲求を抑えこんで「自分は我慢しているのだから(あなたもそれをするな)」を他者にぶつけるのではなく、自分の欲求と他者とのそれとを広げてみせて、もしその間にギャップがあれば、社会的なフィードバックとして返すことがひとりひとりに求められるだろうとのことでした。社会的なフィードバック…というと難しそうですが、前提に「共感」があるようです。そして、共感の種類(方法)はたくさんあっていいのだそうです。何しろ、人の生きているステージがそれぞれなので、それぞれのやり方で共感を示せることが大事なのだと。もうひとつ、現代社会は家庭の中もエネルギーの奪い合いになっているとのこと。その原因として、自分の認識で自分の限界を決めていることがあるのではないかとのこと。そうであれば、自分の認識にこだわらないでいたほうが、もっと他者と共感し合えるのではないか、さらには、自分の限界も超えられるはずではないかとも。大人の認識というのは、ほぼ固定観念なのだそうです(はい、反省…)。子育てであれば、いつだって「子は親の認識を超えていくもの」というスタンスでいると、エネルギーの奪い合いにならないのだろうと。組織であっても、自分が育てたい・育てようとしているもの(プロジェクト、後輩など)はすべて自分の認識を超えていくものだと思えると、他者との関係もゆったりと向き合い、共感も生まれやすくなるのではないかと。もちろん、自分を育てていきたいのであれば、「私も私の認識を超えていくもの」というスタンスが必要なのでしょうね。そこで注目したいのは、成人発達理論です。人間の成長には2軸あるとのこと。ひとつの軸は水平的な成長で、それはアプリを追加するようにして知識やスキルを獲得していく、能力の成長であると。もうひとつの軸は、垂直的な成長で、それはOSをアップブレードするように自己の認識の拡大や枠組みの変容をしていく、心の成長であると。そして、垂直的は成長が大人になっても人は成長することを主張する成人発達理論のベースになっているとのことでした。そうなのですね、大人になってなおも人は成長するのですね。自分の限界を自分で決めてしまわずに、自分の認識を超えていく自分をみていたい。大人になっても自分というOSのアップデートをしていきたい、そうしている他者に共感し、お互いのアップデートを喜び合いたい。だからこそ、このようにして時おりシブヤ大学の学生となって、先生や他の学生、そして「そうなんだ!」と気づく自分に出会いたがっているのかもしれません。共感、価値の他にも、幸せ、ギフト…たくさんのキーワードをお土産としていただきました。そして、それらについて、「自分はどう表現していくか」「私はどうありたいか」といった、まさに「自然(じねん)に生きる」のための宿題もたくさん出された授業になりました。ちなみに、宿題の提出は無期限です。(授業レポート:記伊実香)

【オンライン開催】 自然(じねん)に生きる 〜循環型の社会創造〜vol.04 自然体なお金。共感が資本になり循環が生まれる経済を考える

(レポート:浜中香織)「なぜお金にこんなにも従わないといけないのだろう」という授業の告知文にどきっとし、参加したボランティアスタッフの浜中(ゆげ)です!(今年会社を辞め、稼がないと・・・と焦りはじめているところです)今回の授業の先生は、「eumo(ユーモ)」をリリースしたばかりの新井和宏さん。お金や経済の話だと思っていたら、授業後の私の頭は「私にとっての幸せとは・・・」という課題でいっぱいになりました。そんな授業の様子を紹介します。授業の冒頭は、自己紹介と“経済のイメージ”についてグループでシェア。私のグループでは、漠然としたイメージをとらえ直したい、という参加者が多かったようです。・大きいもので、個人ではどうにかできない・お金のイメージ。でも、お金に支配はされたくない・消費、成長、のイメージその後、授業コーディネーターが参加者代表のように、先生に質問をしながら授業が進みました。「経済ってなんなんでしょうか?」新井さんからは、一人だけで生きていくことは無理。みんなで助けあおうね、と分業しているのが経済。つまり、みんなが幸せになるためにかんがえられた仕組み!とのこと。例えば何かつくってもらって、「ありがとう」の気持ちをどう伝えるか・・・それがお金とのこと。物々交換が大変だから、仕組みとしてお金が生まれただけ、とシンプルに考えようとお話をいただきました。私が「生活するためにお金を稼がなきゃ」と考えてるのは、何かがおかしいということですね・・・。「今の経済の課題は?」何事にもいい・悪いがあるけど、今の世の中は悪い方がみえまくっている。のびないGDPを無理にのばそうとして、(そもそも目的の設定が間違っているのだけど)パワハラや児童労働など、弱者へのしわよせが起きている。コロナでおきたトイレットペーパー問題にも今の経済の問題があらわれているそうです。たとえば昔はお醤油をお隣さんから借りられた。しかし経済的な豊かさが当たり前になった今、借りにいくのは「恥ずかしい」こと。すると、もっていないことが不安になる。そうやって、“うばい合えば足らぬ(分け合えば余る)”の状況を生み出しているそうです。「幸せとお金の関係は?」人はお金のためではなく幸せのために生きる。お金が目的にはなりえない。これまでの体験などから、その考えが新井さんの根本にあるそうです。金融の仕事をして沢山のお金持ちの方にあって、みんなが考えていたことは「とられたらどうしよう」「なくなったらどうしよう」ということだったそうです。国は経済を成長させたいから、私たちにいかに少ないお金で幸せに生きるかなんてことは教えてくれないけれど、「必要なお金」は人によって違う。小さく生きても生きられる、ということを知れば幸せになれる。長年金融業界に関わってきた新井さんの言葉としてはとても意外で、なんだ安心させてくれました。参加者から「ミニマリストですね」という反応もありました。「eumo(ユーモ)って?」ここまでの話で、新井さんが新しい社会の仕組みとなる“お金”を作ろうとされていることが分かりました。例えばどんな仕組みがあるのでしょうか。・3ヶ月で“腐る”理由は、お金は貯められることで権力化するから。トイレットペーパーの話に戻れば、個人が保有すると不安になるけれど、「いつでも貸し借りできるなら沢山ためておく必要はない」という感覚になるということですね。お金のシステムも、ここ100年くらいでできたもので、神様がつくったものではない、と話されていて、それに翻弄される私よ・・・と、ますますeumoに興味がわきました。参加者からの多様な質問にもお答え頂いたあと、最初と同じグループで改めて“経済のイメージ”をシェアして、授業が終了となりました。・自分が生きていくために、できることで助け合う、っていいなあ・ありがとうをお金で払っている、という考え方いい・ちょうど自分がお金に対する考え方の変化のタイミングだった。年収が低くなっても、共感したものに投資をした・自分の幸せを追求したい、けどやっぱり他人と比べてしまう自分がいる・・・!※ーーーーーーー授業後のスタッフ反省会で、授業の感想を話したら新井さんに補修授業をいただきました。(ボランティアスタッフラッキーあるあるです)最後の※は私の思いでしたが、「本当に大切にしたいものを大切にしよう」と改めていわれ、自分を見つめ直そう、と強く思いました。さらには、「コロナで世の中が揺れ動いているけど、ウイルスも自然の一部。人間が不自然になってきている、不自然なものは淘汰される。」というお話も頂きました。もやもやが沢山できたけど、新井さん曰くそれでいいのだそうです。「すごいいい話だった、で終わらないでほしい。怒ってるでもいい。行動しないと(社会は)変わらない」とのこと。私は、今日をきっかけに、自分を見つめ直して、「お金」ではなく「幸せ」から考えていきたいと思いました。

【オンライン開催】 複数の居場所をつくること -兼業フットボーラーという生き方-

複数の活動場所を持つことで、どんな魅力、やりがい、苦労、葛藤があるのか?仕事やライフスタイルの作り方が変わってくるのではないか?シブヤを中心に活動している「TOKYO CITY F.C.」の方と一緒に考え、自分の中で腑に落ちる答えを見つける授業がスタートです。TOKYO CITY F.Cの概要やトークセッションを中心にレポートします。1-TOKYO CITY F.Cとは 渋谷を中心に活動するサッカーチーム。サッカーを通じての出会いを広げていくため、サッカーを活用したイベントを開催したり、渋谷の街に対する地域活動も行う。また兼業をしながら活動に関わる「兼業フットボーラー」としてのあり方を歓迎し、様々な関わり方ができることもチームの特徴である。目指すは、「ワクワクし続ける渋谷をフットボールで」。兼業フットボーラーとして活動する意義とは社会人になってからでも「利害関係のない人」と出会えること、とお話しされていました。2-複数の居場所を深めることについて――仕事でもなく、趣味でもなく、なんとなく活動してみたいという人もいると思うが  兼業をしようとしたきっかけなど教えてほしい。〇今までサッカーをしてきたので、生活の中にサッカーが無いのがあまり考えられない。自然とサッカーをするという流れができた。その中で、複数やっているとどちらとも言い訳にしてはいけない。仕事の時に、「サッカーで疲れた」と言うことや早く帰るときもサッカーを言い訳にしない。仕事のパフィーマンスが落ちた場合、サッカーやっているからなど言われたくないような仕事のやり方、意識をするようにしていた。〇人生の中でサッカーが軸となっていた。サッカーを通じて恩返しをしたいという思い、モチベーションになって、兼業ができている。――仕事、本業、兼業というのをどのように考えているのか?〇仕事が第一、サッカーはあくまでも趣味。ただし、自分の投資として考えている。サッカーを行って仕事に悪影響が出るなら、やらないほうがいいと思っている。ただし、サッカーをやっていることにより人としての幅が広がり、他の人とのトークの材料につながる。〇本業は一番大事と思いつつ、完全に割り切っているわけではない。TOKYOCITY F.Cは実験の場と考えて、仕事の中で上司を説得できずできなかったことや、スキルを身に着けても生かせる場所がないなど、本業とリンクさせてやりたいことを実践する場として考えている。――体力的、精神的にきつくても本業と兼業やり続けられるものは何か?〇やっていて自分に意味のあるものだからやっている。メリットとは言えないが、サッカーをやり続ける意義がある。――これから、より複数の居場所を持つこと。一つの組織だけだと不安、チャレンジしてみたいという人は増えてくる。今後はどのような事を考えているか?〇これまで、本業+TOKYOCITY F.Cを行っているが、もっと複数の居場所を持つことにポジティブに考えている。テクノロジーやアートの分野に興味がある。本業では企画を作る立場なので、フットボールと掛け合わせて複数の居場所を作っていきたい。(スタッフ畑間さん)〇転職が当たり前、いろいろな生き方をする時代になっている。今自分が最大限できる楽しい事、意味のあることを120%やった後の先に何があるのかを考えている。そうやって生きてきた中で点と点がつながったりもするので、大事なのは今だと思っている。(野村選手)――最後に伝えたいことは。〇どの組織にいたとしても、どんな「人」とどんな「事」をすることは、ものすごく大事だと思う。これからTOKYOCITY F.Cでどんどん面白いことを行っていきたい。3-まとめ終身雇用が崩壊し、転職が当たり前の時代になった昨今。個人が持っている価値観で組織を跨ぐ、複数の組織に所属し、できることをやってみることが自分自身を高めることにつながると思います。この授業を通じて1つの組織に長くいることで世の中の流れに取り残されるより、様々な人、組織、モノ、コトとクロスすることで、自分に無いものを見つけられるようになるきっかけになったと思います。(レポート:小林義隆)

サークル

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