シブヤ大学は、
“見つける学び場”です。
シブヤ大学は、まちのあらゆる場所を教室に、多様な授業を開催しているNPO法人です。
2006年の開校以来、開催した授業は1,600講座以上。これまでに45,000人以上が参加しています。
新着授業
誰でも参加できます!
「わかりあえない」から始めよう。
〜分断の時代に、会話を続けるということ〜
ふわふわ芸術ラボ
第2回 おどらないかもしれないダンス
ふわふわ芸術ラボ
第1回 あわないかもしれない音楽
「かるた」の新しい遊びかた ~一枚の札から「ことば」をつくろう~
正しさで疲れがちな今の、対話を深めるコツ ― 問いを立てる編
対話の食卓(ダイアローグテーブル)
〜問いからはじまるワークショップ〜
最新授業レポート
終了した授業の内容をお伝えします
「かるた」の新しい遊びかた ~一枚の札から「ことば」をつくろう~
シブヤ大学の教室に集まったのは、年齢もバックグラウンドもさまざまな参加者とスタッフたち。一見、子どもの遊びのようにも思える「かるた」を通して、自分たちのリアルな経験をことばにし、社会や街とのつながりを考えるユニークな授業が開催されました。「日常のモヤモヤ・ハッピーをことばに」体験からまちを紡ぐ、オリジナルかるたワークショップ!■バラエティ豊かなメンバーで紡ぐ「30秒自己紹介」授業の冒頭、教壇に立った佐野先生から「多文化共生論」や「日本語教育」「生涯学習」が専門であるというバックグラウンドが明かされ、一気に教室の興味が引きつけられます。さらに、本日デビューを迎える大学生や記録係を含む個性豊かなスタッフ陣が紹介されました。シブヤ大学恒例の「30秒自己紹介タイム」では、タイムキーパーが厳しく(?)見守るなか、参加者の皆さんが次々と自己紹介をリレーしていきます。「大学の生涯学習の課題で見つけて、一番面白そうだから参加した」という現役大学生たち。「普段の日本語教育の新しい教材や遊び方を探しに来た」という日本語教師の方。「論語かるたを子ども食堂や外国人と実践していて、さらに勉強したい」という目黒区からの参加者。さらには「来年の大河ドラマに向けて『小栗かるた』で盛り上がっている横須賀から、かるた作りのヒントを得るために来た二拠点居住者」や、言葉遊びによる「脳トレ」を目的に千葉からやってきたという男性など、実に多彩なメンバーが集結しました。■先生からのメッセージ「ことばは社会を作るし、社会はことばを作ります。一見やっていることは普通のかるたですが、自分の経験をことばにし、それをどう自分たちのまちに繋げていけるのか。最後には『実はこういうことだったんだ』と皆さんと一緒に考えていきたいです」■「かるた」の歴史と文化まずは、「かるた」の語源からどのように遊具「かるた」になっていったのかをうかがいました。「かるた」ということばが、ポルトガル語で「四角」または「カード」を意味することだったり、日本古来の遊び「貝あわせ」と融合して「百人一首」となったなど、興味深いお話をうかがいました。 その後、文字(ひらがな)と絵を組み合わせた「いろはかるた」が生まれたそうです。当時のまちの人々の生活習慣や「あるある」といった共感が読み札に反映され、その地域独特の「いろはかるた」になりました。 たとえば「い」について、江戸かるたでは「犬も歩けば棒にあたる」が、京都や上方(大阪)では「一寸先は闇(やみ)」(京都)、「一を聞いて十を知る」(大阪)となります。先生は、「私は専門的な歴史研究者ではありませんが、『その時代を生きるまちの人々が、自分たちの生活を反映させて主体的にかるたを作ってきた』という文化の独創性にこそ、強く惹かれているのです」と熱く語りました。◾️「社会実践型かるた」への進化このように文化や遊びとして継承されてきた「競技かるた」や「百人一首」ですが、現代においてはその枠を超え、かるたを地域課題の解決やコミュニティ形成に役立てる手法(社会実践型かるた)へと進化させることができます。教育かるたとして挙げられたのが、1947年に群馬県で誕生した郷土かるたの代表格『上毛(じょうもう)かるた』です。ここには「い」=『伊香保温泉日本の名湯』のように、群馬の歴史、文化、名所がふんだんに盛り込まれています。子どもたちは「地域を学ぼう」と思ってやるのではなく、「かるたで勝ちたい!」という純粋な遊びの動機から夢中になります。しかしその結果として、自然と幼少期から地域の歴史や地名を身体的に記憶していく仕組みになっているのです。「この、遊びを通じて地域を学び、コミュニティをつなぐ仕組みを、現代の文脈で新しく実践していきたい」という言葉と共に、いよいよグループワークへと移りました。■日常の感情を書き出す日常の「モヤモヤ」や「ハラハラ」を付箋に書くここからは、参加者がグループに分かれてワークシートを作成しました。「最近の生活でモヤッとしたこと」「心がザワついたこと」「クスッと笑ったこと」など、自分自身のリアルな感情を付箋に書き出していきます。先生のホッコリしたエピソードを皮切りに、各テーブルでは次々と体験談が飛び交いました。「京都の山奥でバスを寝過ごし、終点から猛ダッシュ」「ベトナムで搭乗口を間違え、出発直前に気づいた」「駅前の歩きタバコにモヤモヤする」「飛行機が予定の5分前に出発していた」等■グループごとに広がる対話とことばの生成ここからは、各テーブルでどのような対話が生まれていたのか、ファシリテーターの視点からもその様子を見ていきます。あるグループでは、最初はどんな話題を出そうかと探るような空気がありましたが、「ワールドカップの勝利を街の音で知った」というエピソードをきっかけに、一気に会話が広がっていきました。「近くでやっている花火も、音が一番最初に感じるよね」この一言から、記憶が連鎖し、体験が重なり合っていきます。また、「道の植え込みに小さな鳥居が立っていて気になった」といった、日常の中の小さな違和感も共有されていきました。読み札づくりでは、「短い言葉でどう表現するか」「どの言葉がしっくりくるか」を探りながら、付箋を書き換え、試行錯誤が続きます。ファシリテーターはこう振り返ります。「ひとつひとつは、小さなエピソードで、こういった機会がないと誰にも話されずに忘れ去られてしまうような小さなことが、みんなに共有され、そこからカルタという形で形になり、そこに共感が生まれていくのが、とても面白いと感じました。日常の小さなストーリーを言語化して形にすることで、日々の彩りがより豊かになるような気がしました。」別のグループでは、「ヒヤッとしたこと」や「焦った体験」を中心に話が進みました。一人の発言に対し、「そういえば似たような経験がある」という声が重なり、対話が自然と広がっていきます。「飛行機が予定の5分前に出発した」というエピソードでは、語り手は驚きとして伝えたものの、他の参加者からは「それは怒りも湧くよ!!」という反応もありました。同じ出来事でも感じ方は異なる。その違いをどう言葉にするのか。試行錯誤の末にたどり着いたのが、「え”」という一文字でした。ファシリテーターはこう語ります。「同じエピソードに対してもそれぞれの感じ方があり、言葉で表現することの難しさを感じました。その中で、そのような感情の違いをどうやって表すか試行錯誤して、『え”』という一文字が一番伝わるのではないかという結論に至りました。」また、このグループは大学生が多く、生活スタイルが近いことで「あるある」と共感できる場面が多く見られました。一方で、他のグループでは異なる年代ならではの共感も生まれていたことが想像されます。さらに、読み札づくりの中では、違う文脈から出てきた言葉同士がつながる場面もありました。「話し合いの中で違う文脈から出てきた言葉同士でも繋がることがあり、とても面白かったです。」■読み句をつくる時間付箋に書かれた言葉は、編み直されていきます。バラバラだった体験が、誰かの言葉と重なり、新しい意味を持ちはじめる瞬間が、あちこちで生まれていました。■熱狂の「大カルタ大会」後半は、自分たちで作った読み札を使ったカルタ大会へ。札を取った人が、その背景にあるエピソードを語るルールで進行しました。言葉だけでは見えなかった風景が、語りによって一気に立ち上がっていきます。「カルピス一気飲み、夏の午後」喉が渇いた夏の日、思わずカルピスを一気に飲み干したという、シンプルで爽快なひとコマ。「嫌なこと、やめてほしくても言い出せず」歩きタバコをやめてほしいと思いながらも、見知らぬ相手には声をかけられない葛藤。「干し葡萄は、褒め言葉?」「若いフルーツもいいけれど、私たちはドライフルーツ」という会話から生まれた一枚。「爆アセリ、寝て起きてすぐ走る」寝過ごしてしまい、起きた瞬間に全力で走った体験。「無駄ルール、いくら作れど、意味はない」喫煙所の廃止によって路上喫煙が増えたという矛盾へのモヤモヤ。「ちょっと待て、手に、目にハイリスクなこのマーク」植え込みに設置された小さな鳥居に込められた工夫への気づき。「ドドンで押す、都会の花火」音から花火に気づく都会ならではの感覚。「ペットは家族って考え方、昔からあるけど」古い詩と現代の感覚が重なった気づき。「折りたたみ傘で、髪が抜けるあの感覚」誰もがうなずく、あの瞬間の違和感。「ガリガリ君、ラッキー、ラッキー、ダブルラッキー」当たりが続いた、思わず嬉しくなる体験。笑いが起きる場面もあれば、「わかる」と静かにうなずく場面もありました。一つひとつの札が、その人の時間や感情を背負いながら、場の中で共有されていきます。それは単なるゲームではなく、「語り」と「受け取り」が交差する時間でもありました。■名前をつける最後に、このかるたに名前をつけます。「ひねり」「せいかつ」「あせ」「え”」「にちじょう」など、さまざまな候補が挙がる中で、投票によって選ばれたのは「え” かるた」。言葉にしきれない感情を象徴するこの一文字が、今回の体験全体を象徴する名前となりました。■授業を終えて今回のワークショップで印象的だったのは、「ことばにすること」によって、日常の見え方が変わっていくプロセスでした。誰にも話さずに過ぎていくはずだった小さな出来事。言葉にならずに留まっていた感情。それらが、付箋に書かれ、声に出され、他者と交わることで、「共有できるもの」へと変わっていきます。さらに、その言葉がかるたという形になることで、記憶され、繰り返し語られ、場の中で循環していきます。郷土かるたが地域の名所や歴史を伝えるものであるとすれば、この「ことばかるた」は、「わたしの体験」から始まり、「わたしたちの関係」を編み直していくものだと言えるでしょう。言葉は、社会をつくる。そして社会の中で、新しい言葉が生まれていく。その循環の中に、自分自身がいることを実感する時間でもありました。日常の中にある小さな違和感や喜びに目を向けること。それを言葉にし、誰かと分かち合うこと。その積み重ねが、街を、そして社会を、少しずつ豊かにしていく。そんな確かな手応えとともに、授業は締めくくられました。 (授業レポート:吉田 尚弘、グループレポート:小林 大祐、永田 優、写真:小林 大祐、吉田 尚弘)
対話の食卓(ダイアローグテーブル) 〜問いからはじまるワークショップ〜
① 初対面でも安心して本音を語れる場。「対話の食卓」で味わう、自分と相手に向き合う時間6月20日に開催された『対話の食卓(ダイアローグテーブル)〜問いからはじまるワークショップ〜』。「対話の『食卓』」という新鮮な響きを持つこのプログラムは、韓国で生まれた対話の手法です。韓国では韓国では年間約800名が参加する実績あるワークショップですが、日本でのリアル開催はまだほとんど行われていません。今回は、そんな対話の食卓を実際に体験できる貴重な機会となりました。冒頭には韓国から発案者のヤン・ソグォンさんがオンラインで登場し、その背景や込められた意図について語られました。対話を食事になぞらえ、「順序立ててゆっくり味わう感覚的な体験」として設計された本ワークショップ。他者との間に安心して深い親密さを生み出すため、さまざまな工夫が込められています。心理的安全性を担保するため、最初にいくつかのルールが共有されます。「答えたくない質問はパスしてよい」 「相手の話を遮らず、聞くことに専念する」実際、答えに詰まって少し間が空いても、誰も急かすことなく静かに待つ空気があり、このルールが言葉だけではなく、実感を伴って機能していることが伝わってきました。ワークは3〜4名のグループに分かれて行います。「前菜」「メイン」「デザート」というコース料理の順に、ルーレットで引いた番号の質問カードに答えていきます。【前菜】定番の自己紹介を超えて導入となる前菜の問いは、「ぱっと浮かんだままで好きなものを3つ挙げてみてください」といった、答えやすいものから始まります。しかし、職業や出身地といった一般的な自己紹介とは異なり、その人の空気感や個性が自然と伝わってきます。気がつけば、どのテーブルからも笑みがこぼれ、少しずつ場が和んでいきました。【メイン】内省と他者理解の核心へ続くメインでは、「1日だけ好きな人生を選べるとしたら、どこで誰と何をしたいですか?」など、自分の価値観の奥底に触れる問いが投げかけられます。自分自身の答えや、グループの他の参加者とのやりとりを通じて、自分が何を大切にしているのか、そしてこれから何を大事にしていきたいのか、深く考えさせられました。【デザート】味わい、振り返る締めくくりのデザートでは、「これまでの人生で、自分を一番応援してくれている人は誰ですか?」といった、これまでの対話のプロセスを振り返る問いが用意されています。メインの時間を共に過ごした仲間だからこそ、互いの存在を認め合うような、あたたかな空気が教室を満たしていました。■受講を終えて参加前は、「初対面の人と会話が続くだろうか」「どこまで自分を開いて話せるだろうか」という不安もありました。しかし、段階的に設計された問いと、安心して話すためのルールによって、無理なく自然に相互理解が深まっていく構造に驚かされました。長年一緒に過ごしている関係でもなかなか触れることのない深い部分を、わずか1時間半ほどで語り合える。「対話の食卓」は、現代に必要な「安心して人とつながれる場」の可能性を示しているように感じました。(授業レポート:筒井花子、写真:宮本佳幸)② 韓国発の対話手法を体験。問いを通じて、自分自身と出会い直すワークショップ6月20日、天気はあいにくの雨でしたが、上原体育館でシブヤ大学の「対話の食卓(ダイアローグテーブル)〜問いから始まるワークショップ〜」が開催されました。聞き馴染みのない「対話の食卓」は、韓国で考案された対話の手法です。「食卓」という名前ではありますが、実際に食事をするわけではありません。4人ほどで円になるように向かい合い、対話を食事のコースに見立て、「①前菜」「②メインディッシュ」「③デザート」の3つの段階に分けて進めることから、この名称が付けられています。 前菜では、「最近、自分は何に興味を持っていますか?」や「あまり考えすぎず、ぱっと浮かんだままで好きなものを3つ挙げてみてください」など、比較的答えやすい質問が用意されています。参加者の1人がランダムに質問を引き、その人から順番に答えていきます。1つの質問に全員が答え終わると、次の質問へ進むという流れで対話が進みます。2つ目のメインディッシュでは、より深い個人的な質問へと進みます。例えば、「自分が困ったとき、心から頼れる人はいますか?それは誰でしょう」「本当は許すのが難しかった相手を、許したことはありますか?」「子どもの頃持っていた夢は何でしたか?なぜその夢を持っていたのでしょうか?」といった質問です。対話の食卓では、答えることが難しい質問や答えたくない質問は、自由にパスをすることができます。また、パスをした人に理由を聞いたり、答えるように強制したりしないことも大切なルールです。最後のデザートでは、ここまでの対話を振り返るような質問が中心になります。「ここまでの対話から、自分はどんな人だと思いますか?」 「これまでの人生で、自分を一番応援してくれている人は誰ですか?」こうした問いを通して、対話を締めくくります。対話の食卓には、安心して話せる場をつくるために、いくつかのルールがあります。① 誰かが話している途中で遮らないこと。また、自分の番ではないときに自分の話を始めないこと。 ② 苦手な質問はパスをしてもよく、他の人に答えることを強制しないこと。 ③ 話す内容は、自分自身が経験したことに限り、人から聞いた話や他人の体験は話さないこと。 ④ 質問は相手が話し終わってからすること。話の途中で疑問が浮かんでも、最後まで話を聞いてから質問します。 ⑤ 相手の話は最後まで聞き、忠告やアドバイス、評価をせず、そのまま受け止めること。 ⑥ 対話の食卓で話した内容は外では話さず、この場だけのものにすること。実際に体験してみて、特に①と④のルールの大切さを実感しました。相手の話を聞いていると、つい共感したり、自分の経験を話したり、質問をしたくなってしまいます。しかし、この対話の食卓では、「自分の話を最後まで聞いてもらうこと」と「相手の話を最後までしっかり聞くこと」に大きな意味があります。私自身も普段は、相手の話の途中で共感して話し始めてしまったり、気になったことをすぐ質問してしまったりすることがあります。そのため、今回は特にこの2つのルールを意識して取り組みました。今回の活動では、実際に「対話の食卓」を体験する前に、この手法を考案し、普及活動を行っているヤン・ソグォンさんから、オンラインでお話を伺う機会がありました。説明を聞いたあと、実際に対話の食卓を体験しました。実際に体験してみて感じた「対話の食卓」の特徴は、初対面の人同士でも短時間で親密な関係を築きやすいことです。今回私は、初対面のシブヤ大学スタッフの方4人と一緒に取り組みましたが、対話の食卓が終わる頃には、お互いの距離がぐっと縮まったように感じました。初対面同士だからこそ、自分の立場や周囲からどう見られるかを気にしすぎることなく、素直な気持ちで話すことができました。「自分がどう見られているか」「どう見られたいか」を気にして話すのではなく、自分が話したいことを素直に話すことができたように思います。さらに、性別や年齢がさまざまなメンバーで対話を行うことで、多様な価値観や考え方に触れることができ、この対話の魅力がより発揮されると感じました。また、「対話」という名前ではありますが、単に会話をするというよりも、普段はあまり考えることのない自分自身の価値観や本音について話し、それを相手にじっくり聞いてもらうことで、自分自身を見つめ直す時間になっていると感じました。参加者同士で話をしながらも、自分自身と向き合う時間でもあり、「内省」や「ケア」の意味合いが強い活動だと感じました。今回の対話の食卓を通じて、このような対話の場が今後さらに広まり、多くの人が自分自身や相手と向き合うきっかけになれば素敵だと思いました。(授業レポート:橋本彩佳、写真:宮本佳幸)
今こそ対話を!"デモクラ筋"を鍛えるデモクラシー・フィットネスと対話のワークショップ
5月16日、初夏というより本格的な夏に入りかけているくらい暑い快晴の日になりました。会場は上原社会教育館でした。講師は藤田さなえさん。デモクラシー・フィットネス公認講師で、デンマークのコペンハーゲン大学で教鞭をとられていた方です。デモクラシー・フィットネスはデンマーク発のもので、デモクラシーに必要な能力を“筋肉”にたとえ、その“筋肉”を鍛えるワークをフィットネスにたとえたものです。今回の授業では、その中で「深く聴く筋肉」と「反対意見を表明する筋肉」を鍛えるワークを実践しました。■準備運動最初の導入部は、参加者の緊張をほぐすワークである「アイスブレイク」からでしたが、フィットネスにちなみ、ここでは「準備運動」と表現します。4〜5人のグループに分かれて行いました。グループ内で参加者一人1~2分の自己紹介から始まりました。自己紹介に合わせて「デモクラシーの色は?」「対話に必要なことは?」という質問にも回答しました。デモクラシーの色については、青や水色などの寒色系の方もいれば、オレンジなどの暖色系の方もいて様々でした。対話に必要なこととしては、相手の話を聴く、相手の目を見る、意見を言う・反論するなど行動面に関するものもあれば、「心の余裕を持つ」といった内面に関する意見もありました。 ■深く聴く筋肉「準備運動」が終わったところで、いよいよデモクラシーフィットネス+対話ワークショップに入りました。まず、さなえさんからグラウンドルールの説明がありました。最初から最後まで「あなた自身でいること」を守ること・・・これは、「こう言った方がいいかな」「相手の立場に合わせた方がいいかな」など、自分の意見を状況によって変えないようにするためです。深く聴く筋肉を実践するときの注意点は以下の2点でした。① 色眼鏡を外す……先入観を持たない(この年齢ならこう考えそう、など)② そのまま受け取る……共感することとは異なり、相手も自分も評価しない。また、自分の感情も評価しないワークでは2人1組になり、背中合わせで対話を行いました。まず、AさんとBさんの2人組となります。最初の2分でAさん:子どもの時に好きだったものを話すBさん:ただ聴く(このとき質問や意見はしない)次の2分で、BさんがAさんの話した内容をそのまま返します。ひととおりやったら、役割を交代して同じワークを実施しました。その後、相手への質問を行い、自分の中に出てきたことや感じたことを受け止めることもやりました。このワークは、・そのまま受け止める・相手を理解する・関係をつくることを実践するもので、相手とフラットな関係を築く事をめざすものでした。 ■デンマークでのデモクラシー後半は、デンマークにおけるデモクラシーについて、スライドを交えた説明がありました。デモクラシーフェスでの事例が興味深く、意見が対立する団体が隣り合っていたり、元首相などの政治家が普通に歩いていたりする様子が紹介されていました。■反対意見を表明する筋肉「反対意見を聴く・伝える筋肉」のワークです。参加者は提示された45問の問いに対して、賛成か反対かを表明しました。多くが賛否どちらかに偏るテーマもあれば、1対1(半々)に分かれるものもありました。その中で、意見が半々に分かれたテーマについて、賛成・反対それぞれの立場の人同士で対話を行いました。一方が自分の意見を述べ、もう一方がそれを聴くという形式です。テーマは「義務教育を高校までにするべきか」でした。最初は2人1組で、自分と反対の立場の相手に意見を伝え、相手の意見を聴くワークを行いました。その後、賛成2人・反対2人の4人グループでの対話を行いました。2人1組では互いの意見を受け止めることができた一方で、4人1組では意見が多様になり、対話の難しさを感じたという感想が多く見られました。 ■まとめ今回、初めて授業スタッフという立場で参加しました。私が感じたことを以下に記します。準備運動での質問への回答の違いが興味深かったです。特に対話に必要な要素として「心の余裕・落ち着き」という意見には、一瞬疑問を感じましたが、言われてみると納得でき、はっとさせられました。色眼鏡を外すこと、相手の話をそのまま受け取ることは簡単そうに思えましたが、実際にワークを行うと難しさを感じました。最も印象に残ったのは、相手との関係をつくること ≠ 相手と仲良くなることという点です。仲の良さと信頼関係は別であるという考えは、ビジネスの場面などを考えると確かにその通りだと感じました。参加者の方からも「自分自身でいるためには他者への信頼や許容が大切だと気づいた」とのご感想をいただいていました。 今回の授業を通して、あらためて相手も自分も尊重することの大切さを感じました。ちょっとした意見の違いや解釈の違いから感情的な衝突が問題となることをよく見かける昨今ですが、今回の授業で学んだことを実践して対話が出来る人が増えていけばもう少し相互理解が進むのでは?と思いました。そんな気付きを得ることができ大変有意義な時間でした。(レポート:山本岳史、写真:沼尻淳子)--------昨年も行われたこの講座、今年は土曜午前10時スタートにも関わらず定員を大きく上回る応募があり、年齢も性別も服装も参加のきっかけも本当に様々な方々が参加されました。まさに社会の縮図!そんな私たちの学びを支援してくださったのは、今年もデモクラシー・フィットネスの公認講師である藤田さなえさん。さなえさんのパワーとユーモアが、私たちの学びのタネに降り注がれ、場のエネルギーが徐々に高まっていくようなワークショップでした。 全体の流れについては、昨年度のレポートなどをぜひご覧いただくとして、本レポートではワークショップで聞かれたいろんな言葉を受けとめて、私が感じたことをご報告します。冒頭「デモクラシーは思想や主義とはちょっと違う」最初に、きっとさなえさんから「デモクラシーとは何か」という説明があるのだろうと予想していました。“デモクラシー“フィットネスですから。ところが、さなえさんはサラッと「思想や主義とはちょっと違う」と一言。なんか思っていたのと違う・・・もしかして「デモクラシー」って言葉で説明するものじゃない?筋肉で学ぶもの?ダンサーの人が身体が勝手に動くようになるまで振り付けを叩き込むとか言ってるけど、そんな感じなのかな?ちょっとワクワクしてきました。 ルール「あなた自身でいること」デモクラシー・フィットネスで一番大事なグラウンドルールだそう。対話に参加するとき、ウケたいとか、喜ばせたいとか、そういうことを考えて発言しないこと。いつもあなた自身でいることが一番大事、とさなえさん。私自身でいるって、すごく難しい。よく思われたい、周りに合わせたいと思うのも私だし。そうこうしているうちに、自分が本当はどう思っているのかわからなくなることもあります。自分の本音に常に自覚的であることって、実は努力がいることなんですね。ルール「相手の言葉をそのままうけとる、共感しない」これは、深く聴く筋肉を鍛えるための大切なルールの一つ。例えば飼っていた犬を亡くした人の話を聞いて、「お辛いですね、私も飼っていた猫が死んだ時辛かったです・・・」などと言うのは、相手に寄り添っているように思えるけれど、相手を深く理解するデモクラ筋を使っていないのだそうです。確かに、自分に引き寄せて「うんうん、わかる」と思った瞬間に、相手をもっと深く知ろうとする気持ちは消えてしまうかも。相手にとっては、その犬はどんな存在だったんだろう?どんなシチュエーションで亡くなったんだろう?すぐに共感したくなる気持ちを我慢して、相手の言葉をそのままうけとめ続けると、いろんな?が湧いてくる。世の中いろんな人がいますから、簡単にお互いの背景がわかり合えるわけはないですね。安易な共感って、相互理解を妨げることにもつながるのだと気づきました。 ルール「評価しない」深く聴くデモクラ筋を鍛えるためのもう一つの大切なルール。いいとか悪いとかの価値判断を入れずに、相手の言葉をそのままうけとる。自分の意見をそのまま届けるのが大切なのだそうです。私は、相手の言葉や考えを批判するようなことはあんまりしないかな・・・でも「いいですね〜」「素敵ですね!」と感心したり、褒めたりすることはある。ポジティブ側の評価ですね。特に初対面の目上の人に対しては、ついついひたすら傾聴・感心モードに入ってしまうかも。なるほど、いいか悪いかという評価が入ってくると、どうして?なぜ?と深く掘り下げる方向には気持ちがいかなくなるかも知れません。「他者との関係は、いい関係でなくていい」対話を通じて、相手の考えを受けとめて深く理解することで、自分の中に何かが生まれる。それが相手との関係を作るということ。でも、それは必ずしも「いい」関係を作る、仲良くなることを目指す、ということじゃないようです。そもそも、何を持って「いい」関係と言えるのか、その定義もあいまいだけれど、それでも私たちは他者と「いい」関係を築こうと無意識に頑張ってしまうかも。そうすると、自分を飾ったり偽ったりしてしまうことにつながるのかな。好きになれなくても、仲良くならなくても、それでも私たちはいろんな人とこの社会でフラットな関係を作ってゆける。そういう実体験を積み重ねていくことが、ありのままの私自身でいよう、という自信に繋がるのかなと思いました。「反対意見を言ってくれてありがとう」相手の言葉をまっすぐ受けとめ、自分の言葉をまっすぐ届ける。ルールに沿って、相手に共感したり評価したりしたくなる気持ちを抑えて問い続けると、相手の背景を一段深く掘り下げてみることができる。反対に、相手に問われて自分の考えが変わったり、クリアになったりする。深く聴く筋肉を鍛えるワークに参加して、少しだけどそんな感覚を覚えました。 後半の反対意見を表明する筋肉ワークの最後には、「反対意見を出してくれてありがとう」とお互いに感謝し合いました。相手と意見が違うからこそ、くっきりと自分の考えの輪郭が浮かび上がる。お互いに自分自身でいる努力をして、お互いを尊重し合う。簡単にはわかり合えないから、少しでも分かろうとして対話を続ける。デモクラシーって、そういう私たちの絶え間ないトライアンドエラーの繰り返しの先にあるんでしょうか。おぼろげにデモクラシーのイメージが見えてきたと思ったら終了時刻。あっという間の3時間でした。私自身でいることとは、自由であること。でも、自由には責任も伴います。自由って実は厳しい。自由にしていいですと言われると、ちょっと困ることもある。誰かに従う不自由の方が楽かも。それでも、私自身でいるための筋肉を鍛え続けたいな、そう思えたワークショップでした。(レポート:杉崎佳子、写真:沼尻淳子)
コラボレーション
企業・自治体などとのコラボレーション事例
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