シブヤ大学
しごとの話(インタビュー)

しごとの話 vol.002 川の流れに沿って生きる、働く。



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矢島里佳さん(株式会社和える代表)

はじめに
「0から6歳の伝統ブランドaeru」とは、伝統産業の職人が一つひとつ作った、乳幼児向けのブランドだ。本藍染の産着や漆塗りの器や箸。伝統産業の職人によって作られた本当に良いものが、子どもの頃から自然と体に染み込むような環境を創出している、いわば和のプロデュース集団だ。
このブランドは、株式会社和えるの代表である矢島里佳さんの「21世紀の子どもたちに日本の伝統をつなぎたい。」という強い思いから始まった。
和える公式サイト:http://a-eru.co.jp

矢島さんは22歳にして起業し、自社ブランドを2年前に立ち上げ、ブランドの規模は順調に拡大している。まだ25歳の矢島さんがここまでの結果を出しながら、自分の夢に一直線に向かっている、しなやかに楽しそうに働くことが出来ているのはどうしてだろうか。
矢島さんが「和える」を立ち上げるに至った経緯、働き方とその考え方を知ることで、自分のやりたいことに真っ直ぐ向かうためのヒントを探りたい。


経歴
1988年東京都生まれ。2009年から約3年間、伝統を次世代に繋ぐ全国の若手職人をフィーチャーした雑誌連載を執筆。その連載をきっかけとして、赤ちゃんと子ども×伝統産業の市場開拓の重要性に気が付く。2010年、学生起業家選手権 優勝(東京都・東京都中小企業振興公社)。慶應義塾大学法学部政治学科在学中の2011年3月、株式会社和える(aeru)を設立、代表取締役就任。2013年 慶應義塾大学政策・メディア研究科 社会イノベータコース修士課程を修了。

「和える」を始めるきっかけ

-伝統産業に思い入れを持つに至ったのはどうしてでしょうか?
私は父母妹と私の4人家族で、伝統産業に触れる機会がほとんどない、いわゆる現代的な家庭で育ちました。その中で伝統産業品と出会ったきっかけは、中高時代に茶華道部に所属したこと。お茶室は、茶器や棗を始め、全てが伝統産業品で構成されており、総合的に日本の伝統を感じることができる空間でした。お茶室にいると不思議と心が落ち着く、という感覚を覚えました。そこから自然と、伝統産業品に興味を覚えるようになりました。
 伝統産業に触れないままで大人になっていくと、日本にいるのに日本のことを全然語れなくなってしまうんですよね。海外に行ったときでも、英語が話せないから日本のことを話せないのではなく、自分の中に話すことがないんですよね。もし幼少期から自分の身の周りに伝統産業品があったなら、もっと日本について語れるようになるのでは、と思ったのが原点です。
大学2年生のときに、日本各地の伝統工芸を回る旅に出ようと思いました。ただ、職人さんに会いに行きたいけどお金がない。だから、仕事にしたらいいんじゃないかと思って、
「20~40代の若手の職人さんを取材したい」という企画書を作り、周りの大人に聞いて回りました。そうしたら偶然JTBさんが会報誌を出すタイミングと合い、担当の方をご紹介いただき、1ページの連載を持たせていただくことになりました。このことがきっかけで、伝統産業の職人さんを回る旅に出ることができたのです。よくそんな思い切ったことが出来たねと言われることもあるのですが、私にとってはすごく自然な流れ。真剣にどうしたら職人さんに会いに行けるかを、一つひとつ考え抜いた結果が仕事を作ることでした。また、やりたいことを周りに公言することで、人を紹介していただくことができ、良いご縁をいただくことが出来ました。


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-その後、どうして「和える」を起業することになったんですか?
就職活動をするときに、伝統産業の職人さんと子ども向けの商品を作るお仕事につきたいと思って会社探しをしたのですが、見つからなくて。どうして見つからないのだろう?と思ったのですが、すでに誰かがチャレンジしたけどビジネスとして成り立たなかったか、実はだれも考え付いてないのかどちらかだと思ったのです。そこで、起業プランを作ってビジネスコンテストに挑戦してみることにしました。「キャンパスベンチャーグランプリ」(日刊工業新聞主催)では、特別賞をいただきました。しかし賞金は10万円だったので、起業資金には足りませんでした。
そこで別のビジネスプランコンテストにもチャレンジすることにしました。「キャンパスベンチャーグランプリ」の審査過程で、審査員のみなさまからさまざまなアドバイスやヒントを頂くことができたので、さらにビジネスプランをブラッシュアップして、次のコンテストに出場しました。これは、「学生起業家選手権」(財団法人東京都中小企業振興公社主催)というものです。
 このビジネスプランコンテストに参加したところ、なんと優勝することができました。このプランはビジネスとして成り立つ! そう確信した私は、コンテストで得た優勝賞金の50万円と起業準備金の100万円、合わせて150万円を資本金とし、約1年の準備期間を経て、2011年3月16日、「株式会社和える」を設立しました。


2つの市場を「和える」ことでのモノ作り

-伝統産業と乳幼児向け商品の組み合わせが非常にユニークだと感じました。どうしてこの組み合わせを思いついたのですか?
伝統産業自体はすごく素敵だと思うのですが、純粋に「これ欲しい!」と思うものが少ないのはどうしてだろう......という素朴な疑問が最初にありました。現代の生活には馴染まないものも多く、どうしたら自分の日常で使えるようになるんだろう、と考えていました。
また、乳幼児向け市場にも疑問を持っていました。本当に子どものためを考えている商品って、実は少ないように感じていました。例えば、器やコップは落としたときに割れると危ないからという理由で、割れない素材で作られているものがとても多いのですが、割れることを学ばない事のほうが、私からすると危ないと感じました。
乱暴に扱うと大切な器やコップが割れてしまう。割れないようにするにはどう扱えばいいのかを学ぶことのほうが、本質的な子どもの教育だと感じています。

2つの市場それぞれに疑問があって、「和える」は2つの市場の疑問を"和える"ことで、今までにありそうでなかった、本質的なモノ作りが出来るのでは、と感じました。それぞれの疑問を一つずつ紐解いていくことで、「和える」のコンセプトが完成しました。

将来、私自身に子どもが出来たら、職人さんが一生懸命作ったものを使って育てたいなとも思いました。例えばaeruの製品に『愛媛県から 手漉き和紙の ボール』というものがあるのですが、これは和紙の職人さんが一個ずつ丁寧に手漉きで作ったものです。通常の和紙は平面で漉くことが多いと思いますが、和紙のボールは籐の木の蔓を編んで、立体的なボールの形にしてボールごと漉いています。漉いては天日干しして、という作業を8回前後繰り返すことで、ようやく1つのボールができます。
自然の恵みだけで作っているから、赤ちゃんがとても良い反応をするんですね。店頭で販売していた時にお客様が、赤ちゃんが和紙のボールで遊んでいて、ボールを取ると普段以上にすごく泣いてしまう。いつもはこんなに泣かないのにって仰るんです。これって、赤ちゃんの直観、感性にぐっと入るものづくりが出来ているからだと思うんですよね。


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失敗を失敗で終わらせないから、成功だけが残っている。

-様々な挑戦を繰り返して、いまの「和える」があるんですね!
和えるはたくさんの挑戦をするからこそ、上手く行かなかったことも、その分たくさんあります。挑戦した多くの物事のうち、いくつかがご縁がつながって形になっているんです。挑戦する回数がとても多いと思うのです。トライ&エラーのスピードが少し速くて、かつ数も多い。失敗も次の成功のための必要なプロセスだと思っているので、失敗したこともあまり覚えていなくて(笑)

-成功・失敗に対する考え方がとても印象的です。失敗したときに落ち込んだりしないんですか?
もちろん失敗する度に、落ち込みはしますし、相手に迷惑をかけてしまった時は、本当に申し訳ないという気持ちでいっぱいになります。けれども、失敗を失敗のままで終わらせてしまうと、本当に失敗になってしまうので、なぜ失敗してしまったのか分析をします。ちゃんと失敗を受け止めるからこそ、その失敗を活かして次の挑戦が成功する。だから失敗が失敗ではなくなって、成功につながっている。そんな風に失敗を捉えていますね。


川の流れに沿って生きる、働く。

-22歳で会社を立ち上げるのは、非常に勇気も体力もいることだと思います。そのエネルギーはどこから湧いてくるのでしょうか?
すごくエネルギッシュに見られるのですけど、全然そんなことはないんです。エネルギー量はむしろ普通だと思います。ただ、私のモットーは川の流れに逆らわず生きること。自分の気持ちに正直に、やりたいことをやっているから、自然と力も湧いてくるのだと思います。
川の流れに沿って、やる気がない日はやる気がない自分と付き合う。無理してやるよりも、やる気が出るのを待った方がいいだろうなと思っています。例えば、そよ風が吹いている日は心地よく川は流れていますが、台風の日の川は大氾濫を起こします。そうなった川を無理やり止めようとしても無理ですよね。そういう時は、台風が過ぎ去るのを待つしかないと思うんです。だからこそ、余裕を持って働けるようになりたいなぁと思い、少しずつ川の流れに寄り添う練習中ですね。
いまの日本社会は、本来の日本人が得意としていた、自然と共存して生きることより、人間が作りだしたルールが先立っているように感じます。そのルールを厳守するために、実はたくさんの我慢を知らず知らずのうちにしていて、そこにエネルギーが使われてしまって、本来のパフォーマンスが発揮できていない人が多いのではないでしょうか。だから真面目で繊細な人ほど精神を病んでしまう。もっと自然と共存して生きられる社会になれば、ストレスも軽減され、よりよい精神状態を保てると思います。緩やかな経済成長と心の豊かさを両立させていくことが、これからの日本に求められることではないでしょうか。


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-「和える」の仕事に対して、どうしてそこまで熱意を持って取り組めているのでしょうか? 矢島さんの若さで起業するのはとても大変なことに見受けられます。
自国の文化や先人の知恵に学び、それらを活かしながら生きていく。そんな社会で私は生きたいと思ったからです。生きることって簡単ではないと思うんですよ。でもどうせ大変なら自分がやりたいこと、理想とすることのために自らの人生の時間を使いたい。だからこそ頑張る意欲が湧いてくるんだと思います。
私はある意味では、365日24時間、「和える」のことを考えているのかもしれません。もちろんご飯を食べたり友達と会ったりはするんですけど、頭の片隅に「和える」のことがずっとあって、例えばレストランに行ったときのお皿と食材の盛り付け、美術館の作品、子どもと親のコミュニケーション、街中で目にする様々な光景が全て「和える」につながっているんです。仕事と人生を分けて考えていないんですよね。人生の中の一部に仕事がある。だから楽しいですよね。逆に言うと、人生から仕事をとってしまうと、少し物足りなくも感じてしまうかもしれませんね。それだけ、自分のために、誰かのために働くことって尊いことだと感じます。

私がここまで自分の夢に一直線につき進めるのは、周りの環境に恵まれたことが大きいとも思います。「里佳ちゃんならできるよ!」と、家族や友人が本気で信じ応援してくれる。そういう心から応援してくれて背中を押してくださる環境が、夢と現実を近づける手助けになるはずです。

さいごに
矢島さんが自分の夢に向かって真っすぐでいられる秘訣「失敗を失敗のままで終わらせない、成功するまで続ける」「川の流れに沿って生きる」といった素敵な考え方を学ぶことができました。言葉にすると当たり前なようにも聞こえますが、感情や周囲に流されずに実行することは決して簡単ではないと思います。常に心に留めておきたい言葉に出会えました。
(鵜木)