シブヤ大学
しごとの話(インタビュー)

しごとの話 vol.001 「本気で遊ぶ」ということが「しごと」の本質なのかもしれない。



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粕川ゆきさん(いか文庫「店主」・SPBS 店員)

はじめに
粕川さんにお話を伺ったのは、個人的に「いか文庫」の活動に興味があったことももちろんですが、この「あそび」とも「しごと」ともいえない奇妙な(?)活動が、実はこれからの「働く」を考えるヒントになるのではないかと思ったからです。多くの方が「自分の好きなことで食べていけたら」と考えつつも、将来のことを考えると簡単には踏み出せない、といった経験が一度はあるのではないでしょうか。粕川さんを含めて「いか文庫」のメンバーを見ていると、いろいろ考える前にやってしまったほうが早いんじゃないか?とそんなことを思わされます。この記事を読まれた方が、自分がやりたいと思っていることを「とりあえずやってみる」きっかけになるとうれしいです。


<いか文庫とは>
お店も商品も持たない「エア本屋」。主要活動である「いか文庫新聞」の発行に加え、オリジナルグッズ製作や、書店さま、その他企業、団体さまとイベントなども行っている。
公式サイト:http://www.ikabunko.com/


経歴
大学卒業後、スポーツ用品メーカーに入社。29歳のときに「30歳になる前にやりたいことをやろう」と思い転職を決意。本や雑貨が好きだったので、大学の時に通っていたヴィレッジヴァンガード(※)にアルバイトとして入社。様々な売り場で、仕入れやディスプレイ、ポップ制作などを担当。書籍の担当になったのをきっかけに、本を売る楽しさに目覚める。現在は、書店 SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(以下、SPBS) で働くかたわら、エア書店「いか文庫」の「店主」としても活動中。

※ヴィレッジヴァンガード 書籍以外にも幅広い雑貨を扱う複合型書店。売れ筋商品と共に趣味性の高い商品を中心に扱う。商品は担当者の裁量による装飾的な陳列をされ、各店舗ごとに異なったレイアウトになっている。POPや陳列方法で来店意欲を高めている。下北沢店はサブカルチャーの殿堂のような佇まいで、ヴィレッジヴァンガードを象徴する店舗と言われる。現在はショッピングモールを中心にテナント出店を進めている。(ウィキペディアより)


本を売るしごと

-現在、 SPBSに勤務され、「いか文庫」としても本に関わる仕事をされていますが、本を売るという仕事につくきっかけというのは何だったのでしょうか。

ヴィレッジヴァンガードでの仕事がきっかけでした。ヴィレッジヴァンガードは、ポップが特徴的なんです。店長にポップ制作のノウハウを教えてもらって作りました。ポップ制作は広告の製作に似ていて、キャッチコピーやボディコピーを考えたり。それでお客さんをひっかけるというか、だますというか。あと、本の並べ方にもコツがあったり、そういう楽しさに惹かれました。私は作家の西加奈子さんが好きなのですが、ある時、ただ「西加奈子が好きだ!」とだけでっかく書いたポップを制作しました。それがきっかけで、たくさんのひとがその本を買ってくれたんです。その体験がもとになり、だんだんと本を売る楽しさに目覚めていきました。

-今の職場(SPBS)で働かれることになったきっかけについて教えてください 。

ヴィレッジヴァンガードでは5年働いたのですが「本を売る仕事をもっと専門にやりたい」と思っていた時に、たまたまSPBS のインターンの募集を目にして応募しました。そうしたら受かってしまって、二か月間ヴィレッジヴァンガードの仕事と掛け持ちでインターンとして働きました。そこで、ヴィレッジヴァンガードでの書籍販売の経験を買われてアルバイトに誘われて、今に至ります。


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エア本屋「いか文庫」誕生

-「いか文庫」の活動はどのようなきっかけではじめられたのですか。

最初はカフェでの何気ない会話がきっかけでした。「自分で本屋やるなら?」みたいな話 の流れで、当時、私がいかのi-Phone ケースをつけていたので、とりあえず名前は「いか文庫」だと。その流れで「本屋やるならブックカバーが必要だ」となって、その日のうちに知り合いのイラストレーターの方にお願いをしてイラストを描いてもらって、ブックカバーを作りました。そんな感じで、店舗もないのにブックカバーからはじまったのが、エア書店「いか文庫」です。「いか文庫」が誕生した場所でもある、荻窪にある 6 次元というカフェで行われた、ある本に関するイベントの企画のひとつで、本棚をいじらせてもらったのが、「いか文庫」としての最初の仕事でした。その後、飲み友達だった「バイトくん」と、ツイッターを通じて知り合った「バイトちゃん」が「いか文庫」に参加します。それから、新聞を作ってイベントをやったり、やることがどんどん広がっていきました。当時は、自分より周囲がおもしろがっているような状態でした。その後、「いか文庫」として、いろいろな書店とのタイアップでイベントをしたり、オリジナルグッズを販売したりと、いろいろな活動をしていますが、その都度、その分野が得意な友達を巻き込んでやっている感じです。自分一人では全部はできませんから。


「いか文庫」という「しごと」

-粕川さんにとって「いか文庫」の活動は趣味(あそび)なんでしょうか、それとも「しごと」なんでしょうか。

「しごと」という感覚でやっています。なぜ「しごと」という言い方をしているかと言うと、この活動を長く続けて行きたいと思っているからです。こういう活動は、趣味だと一時的なブームで終わってしまうと思っていて、いろんな人を巻き込んで始めた事を全うしたいんです。活動を続ける中で、リアルな本屋とのつながりができ始めていて、各地でフェアなどをやらせてもらっています。そこではお金を頂いてイベントをするのですが、やっぱりそれを趣味とは言えないんです。お金を頂いている以上、それに見合うものを提供したい、というのもあります。それに、エア本屋というちょっとふざけた活動を「しごとです!」と言っているほうが、単純におもしろいじゃないですか。


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続けるためにはお金が必要

「いか文庫」が今のようになるまでに、実は大きなターニングポイントがありました。それは「ほぼ日」に出たことです。バイトちゃんが糸井さんにメールを送ったことから、実現したのですが、そこで糸井さんに会って、けっこうきついことを言われたんです。「お金はどうしてるの?どうやって続けて行くの?」と現実的なことを言われました。自分のやりたいことをやる、そして、それを続けて行くにはお金がいるんだ、という当たり前の事に気付かされました。もちろん自分でもわかってはいましたが、改めて「おとな」に言われてショックを受けたんです。その日は喫茶店で反省会をして、家に帰ってからなぜか号泣しました。糸井さんは「続けて行くことは大変だけど大切なことだから、頑張ってください」とも言ってくださいました、それを聞いて「頑張って続けて、いつか一緒にお仕事できるまでになろう」と思ったんです。(その時のインタビューの様子はこちら


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「いか文庫」の今後

「なんで儲からないことやるの?」というようなことをよく言われます。何かそんなに大きいことをしたいわけじゃないんです。ただ、「本が好きな人を増やしたい」という気持ちはあります。「いか文庫」が、普段本を読まない人が、本屋にいくきっかけ、本を読むきっかけになってくれると嬉しいと思っています。とりあえずは、これからもいか文庫の活動を続けていくことが今の目標です。(インタビュー日2013年8月)

※最近の「いか文庫」の活動を知りたい方はこちらをご覧ください


<こんな人に読んで欲しい>
・自分の好きなことを仕事にしたい人
・本業の仕事以外にやりたいことがある人
・本に関わるしごとがしたい人



<学びのポイント>

・やりたいことを思いついたら、小さなことでもまず行動する、そこからしごとがうまれる かも?
・やりたいことを実現するにはまず仲間をみつけること
・自分の「好き」を仕事にして、それを続けて行くにはやっぱりお金が必要


<関連書籍>
『就職しないで生きるには』(レイモンド・マンゴー)


さいごに
書店員として働きながら、エア書店「いか文庫」の店主としても活動している粕川さん。遊びと仕事の中間のような、ユニークな働き方のお話を通じて、仕事とはなにか、働くとはどういうことなのか、について改めて考えることができた気がします。「自分ごと」としてやりたい何かが見つかれば、例えすぐにはお金を生み出さなくても、それは立派なしごとと呼べるなんじゃないかと、そんなことを思ったインタビューでした。(河田)