シブヤ大学

授業レポート

2020/8/5 UP

民主主義は「意思決定」のプロセスにある

「ともに学び、生きる」と題して、自分にとっての「学び」って何だろう?
学ぶことが自分にとって、社会にとってどんな意味があるんだろう?
ということをみんなで考える3回のシリーズ授業、いよいよ最終回です。
vol.1、vol.2に引き続き、北欧独自の教育機関であるフォルケホイスコーレと、それを生み出したデンマークの民主主義社会を考えるヒントとして取り上げます。
vol.1の授業レポートはこちら
vol.2の授業レポートはこちら

【授業の様子】
今回の授業では、民主主義社会が成り立つ要素を頭で理解し、その後ワークを通して実際に体感してみるという流れで進められました。

〈アイスブレイク〉
グループに分かれて、自己紹介とコロナ禍で変化したこと、授業参加への動機や目的などを話しました。私のチームには、教育を中心とした社会課題へ興味がある方や、デンマークの教育に興味がある方、民主主義について話すことへの興味から参加されている方など多様な方がいらっしゃいました。

〈意思決定資本とは〉
まずは、民主主義において重要なポイントである、“自分(みんな)で考え、何度でも話し合い、考え続ける”といった姿勢を先生方がわかりやすく説明してくださいました。
キーワードは、「意思決定資本」というあまり聞き馴染みのない言葉です。

「意思決定資本」とは、個人や組織、コミュニティの決断力や、決断してきた経験値の蓄積などを指し、イギリス人の教育学者アンディ・ハーグリーブスが提唱している言葉です。
アンディさんは、トップダウンで決定をすることではなく、なるべくチームにいる人たちを意思決定のプロセスに巻き込んでいくこと、「みんなで決めたよね」という認識が組織の源となって動いていくと指摘しています。
決断を経ることで個人個人のスキルが上がっていくことはもちろん、みんなで決めることで組織全体の「意思決定資本」が育っていくと言います。

人間は生きていると、意思決定の連続ですよね!「意思決定資本」は、度重なる意思決定の中で、長い時間をかけて資本が育てられていくものなので、「納得するまで時間をかけて決めること」が大切なことが分かります。

また、アンディさんは、プロフェッショナル資本というものも提唱しています。
組織のプロフェッショナリティを決めるのはプロフェッショナル資本であり、そこには3つの資本が必要だそうです。

①人的資本・・・個人個人の素質やスキル
②社会的資本・・・人間関係の豊かさ、信頼関係
③意思決定資本・・・個人や組織、コミュニティの決断力、決断してきた経験値の蓄積

①と②は、個人とか組織のレジリエンスを話すときに最近よく耳にしますよね。
そこに加えて、「意思決定資本」が大事だというのがアンディさんの主張です。

〈意思決定資本と民主主義社会との関係〉
「意思決定資本」がどういったものか、何となく理解したところで、それが民主主義社会とどう関係があるのでしょうか?
デンマークの政治学者エヴァさんは、「デンマークの民主主義社会が上手くいっているのは、社会関係資本と政治関係資本があるからだ」と言っています。

・社会関係資本・・・社会的なつながり
好きなことや趣味で集まった集団。宗教などもこれに含まれ、同じ価値観を持った仲間同士のつながりのこと。

・政治関係資本・・・政治的なつながり
必ずしも同じ価値観の人たちだけではなく、様々な興味の人が集まっている集団。実際の社会はこれで、バラバラの価値観を持った人たちがつながるためには政治関係資本が必要。

民主主義社会を作っていくためには、人的資本や社会関係資本も大事ですが、政治関係資本(価値観が違う人同士がつながること)が必要です。
価値観の異なる人たちをつなげていく際に大切になってくるのが、「意思決定資本」です。
「意思決定資本」が強い社会であればあるほど、すれ違いが起きてもきちんと「決める」ことができ、その中で政治関係資本を作ることができます。
デンマーク社会に政治関係資本があるのは、個人や組織の「意思決定資本」がきちんと鍛えられているからだそう。きちんと話し合い、理解し、考え続けてきちんと決定していける民主主義社会をつくるには、「意思決定資本」が欠かせないのですね。

これらのことを裏付けてるのが、政治学者のハル・コックです。
政治やジャーナリズムにフォーカスしたフォルケホイスコーレの初代校長でもあるこの方は、戦後間もなく、「民主主義は生活形式だ」と主張しました。
唯一解があるのではなく、常にみんなであーだこーだ話し合っていくそのプロセスが民主主義であり、簡単に定義できるものでも、今日明日で作られるものでもありません。個人で考え、みんなでたくさん意見を言い合って、絶えず話し合い続けるプロセスが成り立つ「生活」を作っていく必要があるのです。
デンマークでは話し合った上で決定したことに対して、さらに個人で解釈し、一度出した決定をより磨いていくために話し合いを繰り返すそうです。

「絶えずディスカッションできるような社会(生活)を作ること」
この根本の部分にデンマーク国民は納得しているからこそ、政治関係資本を鍛えていくような国民性があるのですね。

〈まずは自分で意思決定をしてみよう〉
IFASの皆さんが分かりやすく説明してくださり、頭ではなんとなく分かってきたような、、?でもやっぱり体感してみないと分からない!ということで、後半はワークに移ります。
まずは個人での意思決定を行う練習として、用意された5つの質問(答えは2択)に対する答えを、直観で選んでもらいました。

『勤め先の会社の社長が、自分の息子を次期社長に任命しようとしています。あり?/なし?』
『あなたのペットが重い病気で苦しんでいます。安楽死を 選ぶ?/選ばない?』

なかなか即答できる質問ではなかったですが、皆さん悩みながらまずは自分自身の意思決定を行っていました。ちなみに上にあげた設問は5つの質問の中で意見の割れた上位2択です。

〈グループワーク:みんなで話し合おう!みんなで創ろう!〉
ここからは、グループ(という1つの社会)に分かれ、50分という長い時間をかけて意思決定を体感していきます。
まずは、先ほどの5つの質問を少しだけアレンジした問いを、最初のグループに分かれてグループ内で再投票。民主主義を意識しながら話し合いを行いました。

私のチームでは『あなたの勤める会社で、社長が親族を雇用しようとしています。賛成?反対?』をチョイス。

最初は、賛成と反対で意見が半々になりました。それぞれの意見を聞き、まずはグループ全体で賛成の意見に決定。そこから、前提や条件、シチュエーションなどを想像し、賛成の中でも細かくルール設定を行っていくという流れで進めました。(企業の規模はどのくらい?親族ってどこまで?採用の条件は?などなど)

このワークを通して、賛成/反対ではない「より良い結論(第3の道)」を作り出すためには、
・全員の解釈や前提を確認すること
・様々な立場の人の視点で考え、全員が納得するポイントを探すこと
・一度出した決定事項に対し、改善の余地を探すこと
などなど、話し合う要素がたくさんあり、50分という長めのグループワークでしたが、私たちを含めどのチームも時間が足りない様子でした。改めて時間をかけて話し合うことの大切さを体感した時間でした。

最後に、グループごとの話し合いの様子や、それぞれで出した結論を全体で共有しました。
どのグループも、前提のすり合わせや、それぞれの納得のいかないポイントを対話によって明確にしていく作業を通して、問いそのものよりに対する賛否よりも、結論を出すまでのプロセスのあり方が議論になっていたのが印象的でした。

〈まとめ〉
同じ民主主義国家の日本とデンマーク。デンマークでこれほど民主主義が成り立っている要因についての、IFASの皆さんのエンドトークでのお話が印象的でした。

デンマークは民主主義が整っていますが、社会民主主義国家であり、社会主義的な面もすごくあると言います。国の緊急事態の際は、法律を1週間で変えてしまったり(コロナ禍ではロックダウンできなかったところを一気にロックダウンできるように変わったそう)ということもあるそうです。
しかし、そんな中でも民主主義が成り立っている要因は、国民の姿勢と社会と個人の信頼関係がポイントだと言います。

デンマークの国民には、国のトップダウンの迅速な決定に対し、国民一人一人が判断をし、自分が、家族が、コミュニティがどう関われるのか、どう意見できるのかを考える姿勢があります。誰か他人の意見(それが国家の意見でも)に対して、自分が加算できるバリューってなんだろうと考えるそうです。これは、絶対にこの人(社会、国家)は自分を裏切らないという信頼があるからできることで、デンマークは社会と個人の信頼関係がきちんと成り立っているのだというお話を聞いて感動しました。民主主義社会における社会と個人の関わりには、「信頼」が1つの大切な要素なのだと実感しました。

先生方がお話されていたように、民主主義は生活様式であり、終わらない、解のないプロセスです。
私たち日本人も1人1人が自分で考え、社会の一員である意識をもって対話を重ね続け、生活様式としてそのプロセスの浸透ができたらいいなと思いました。時間はかかるかもしれませんが、その先にどのような社会が待っていて、どう変化していくのだろうと考えるとワクワクしました。

(授業レポート:中村彩恵)