授業レポート

2018/12/7 UP

生きづらさを解消する劇場の未来

あなたは最近、劇場に行きましたか。
あなたは、お芝居やコンサートに、年に何回ぐらい足を運ばれるでしょうか。

劇場って、何だか敷居が高いし、お金(入場料)も高いから、あまり行かないな、という方も多いのではないかと思います。 実際、2パーセントぐらいの人しか劇場を利用していないという数字もあります。劇場は、多くの人にとって、日常生活からは縁遠い場所なのかもしれません。
でも、このアーラみたいな劇場だったら、行ってみたい、と思うのではないでしょうか。 


「人間の家」アーラ 


アーラは、岐阜県可児市の文化創造センター、いわゆる市立劇場です。
でもアーラは、よくある市民会館とも少し違います。

劇場で行われるイベントといったら、通常、演劇やコンサートなどの、お客さんとして鑑賞する形のものを想像されるかもしれません。ここアーラでは、そういった観賞型のイベントだけでなく、誰でも参加できる、ワークショップやコンサートが多数行われています。年間500回近いアートイベントが、市民サポーターの協力のもと行われており、市民一人が年4.7回利用しています。

子供のためのワークショップや親と子のワークショップはもとより、どうしても家や施設に引きこもりがちな高齢者や障害者、学校に行きたくても行けない子供たち、そんな社会とつながりを持てない人たちも含めて、誰もが参加できて、そして笑顔になれる、そんな元気と明日を届けるようなイベントを多数開催しています。

このように、アーラは、決して一部の芸術愛好者だけが集う、高尚な「芸術の殿堂」ではありません。
誰にとっても居場所となれるような、そこに行けば誰もが元気になれるような、「人間の家」なのです。


社会包摂的な劇場 


それでは、なぜ、このような劇場が生まれたのでしょうか。
アーラ館長の衛紀生さんは、長い間演劇に携わってきましたが、90年代以降、日本社会が急激に変化していくことに憂慮を抱いていました。
イジメがますます深刻になり、非正規雇用やワーキングプアが増加し、また震災などもあり、社会から孤立していく人がどんどん増えていったからです。

そんな時、イギリスの社会包摂的な劇場を訪れて、強い感銘を受けたそうです。

その劇場では、高齢者や、障害者や、元犯罪者や、麻薬中毒者や、移民で英語が話せない人たちが、皆一緒の演劇ワークショップを受けていました。社会から疎外された彼ら彼女らは、そのワークショップを経験することで人間性を回復し、社会に復帰していったのです。

これを見た衛さんは、こんな劇場があったらいいな、こんな活動を日本に広げたい、そんな思いを強く持ちました。Art- 芸術のためでなく、Wellbeing - 幸福のための劇場を。そんな思いからアーラはスタートしました。




前を向いて生きていけるように


衛さんは、アーラに着任して、最初の大きな取り組みの一つとして、地元の県立東濃高校での演劇ワークショップを始めました。
高校側から“課題を抱えている”と依頼を受け、「荒れた学校」をイメージして行ってみると、そこには「荒れる気力もない」生徒たちがいました。コミュニケーションが希薄で、「必要とされていない」と感じているような、心に疎外感を抱えている生徒がたくさんいたと言います。

ところが、そんな生徒達も、ワークショップを通して、自分が誰かに必要とされている、自分は誰かの役にたつ、そのような自己肯定感を持ち、前を向いて生きていけるようになっていきました。

同じことは他の学校にも広まっていきました。
多くの子供たちは、クラスや部活の中で、仲間外れにされるんじゃないか、いじめられるんじゃないかと、常にプレッシャーを感じて学校生活を送っています。でも演劇ワークショップを経験することで、コミュニケーションを学び、学校が段々と自分の居場所になっていきました。

そして学校だけではありません。
例えば、震災などで、それまで暮らしていたコミュニティから切り離された高齢者や障害者の方々も、演劇ワークショップを通して人とのつながりを取り戻していったそうです。

衛さんは、こう言います。
「『生きづらさ』や『生きにくさ』を感じている人々を、文化芸術の力を活用して精神的にも社会的にも孤立させない。私たちがやっていることは、文化芸術の機能を利用して、【承認欲求を充足してくれる他者と出会うこと】によって、前を向いて生きる力を得てもらうことなんです」

芸術には、それに触れることにより、一時的に人の心を癒す力があります。しかし、ただそれだけではないと、衛さんは言います。
芸術には、人の存在自体を癒す力がある。芸術の力、劇場の力を活かして、「生きづらさ」や「生きにくさ」を感じている人たちに、生きる力を与える、それがアーラの取り組みなのです。


まちに拡がるアーラ


先の東濃高校では、ワークショップ導入後、年間30人も中退者が減ったそうですが、これを生涯賃金や税金などのお金に換算すると、数十億円の経済効果があるそうです。また、社会から孤立してしまっている人たちに対して、その孤独感を和らげることにより健康を促進することができ、医療の面でも、大きな効果があるといいます。
このように劇場は大きな社会的なインパクトを与えることができる存在なのです。

最初に、2パーセントほどの人しか劇場を利用していないという話をしました。
一部の芸術好きやお稽古の発表者だけにしか利用されないなら、その他多数の市民にとって劇場を維持していくのは負担でしかありません。アーラでは、そのような劇場のあり方を見直し、負担者ではなく、受益者を増やしていこうと考えています。
誰かが劇場に来て幸福になれば、その誰かの家族や友人にも幸福は波及する、そうやって受益者が増えれば、サポーターの輪が広がっていきます。

またアーラでは、お客さんを劇場に呼ぶだけでなく、施設や学校などで、訪問ワークショップや訪問コンサートを実施しています。だから、どんな場所も劇場になっていきます。

さらに、劇場で開催されるお芝居も、スタッフやキャストが可児市に滞在しながら作り上げていくので、おのずと製作者や出演者と市民との交流が生まれていくのも、貴重な体験です。
テレビで観ている役者さんが近くに来て話してくれるのって嬉しいですよね。

こういった活動に刺激を受けて、自分の町にもアーラのような劇場をつくりたい!と立ち上がった人がいます。
四国は丸亀市役所の村尾剛志さんです。
村尾さんは、それまでの市民会館が、本当に市民に必要とされる施設なのかと疑問を抱き、市民が主体となって活動できる場、市民が交流できる場ができないかと、市民の集まりなどに出向き、対話を重ねる車座集会を行うなどして、第二のアーラを作ろうと奮闘しています。
「劇場に来てくれた人が、そこで知り合って、おしゃべりしながら帰っていく。その後ろ姿を見送る自分を想像するとワクワクするんですよ。」と熱い思いを語ってくれました。
新しい丸亀市民会館をみんなで語る車座集会


包摂的な社会の実現に向けて


先に社会包摂的な劇場の話をしましたが、この“包摂”という言葉、みなさんも最近よく耳にされるのではないかと思います。例えば、ダイバーシティ&インクルージョン(Diversity and Inclusion)のようなかたちで。

ダイバーシティが多様性なのは分かるとして、インクルージョンって、包摂って何だろう?わたしも正直言って、これまであまりピンときていませんでした。
でも今回衛さんのお話しを聞いて、社会包摂、インクルージョンというのは、まさに“全ての人が前を向いて生きていける”、そんな社会のことなのではないかと思いました。

包摂的な社会の実現に向けて、アーラのような、誰にとっても居場所と感じられるような場所が、もっと増えていくとよいなと思います。
また、包摂的な社会の実現に向けて、自分に何ができるのか。そんなことを考えさせられる授業でした。

(レポート:山崎栄治、写真:門 育子)