シブヤ大学

授業レポート

2014/2/25 UP

おとなの嗜み ~「ふり」と「しぐさ」に学ぶ「色気」と「粋」~

記録的大雪の翌日となったこの日。
あちこちで交通機関が止まって大変でしたが、参加者が集まって予定時間に始まりました。


講師の先生は、日本舞踊家で舞台演出や振り付けもされている方。
雪の中を、凛とした和服姿でお見えになりました。プロ魂ですね。
スノーブーツを履きながらもよろよろ歩いてきた私とは、体幹の鍛え方が違うのでしょう。 


「3人来たら始めようと思います」「美人が来たら始めようと思います」と言いながら登場した先生。
会場を見回して「お、どちらもだね!じゃあ始めよう」と言い、みんなの微笑を誘いました。
「落語家じゃありませんよ」と冗談交じりで言われましたが、確かに間違えてしまいそうなほどの軽妙な語り口に、引きこまれます。 

正座をしている聴講者の方々に「楽にして下さいね」と声をかけ、男性参加者には「あぐらをかいていいですよ」と勧められます。
「昔は、あぐらが高貴な座り方だったんですから」
みんな「え?」と目を見開きます。あぐらは、くだけた場での座り方ではないのでしょうか。
かつて、位が高い人は胡座や半跏、もしくは椅子に座っていたそうです。
「だって、正座した仏像なんていないでしょう?」全くその通りです。


ではいつこうなったのかというと、室町時代から江戸時代にかけてだそうです。
千利休が作った二畳ほどの小さな茶室で茶道をたしなむために、場所を取らない正座をするようになったのだとか。もともと日本には、正座文化はなかったということが、驚きでした。


さらに驚きは続きます。
私達は日常的に「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」という挨拶を返し合っていますが、そうなったのは明治44年からだそうです。
しかも、政府が法令を出して、国民のルールにしたのだとか。
今、私達がしているお辞儀の仕方も、明治政府が決めたものなんだそうです。 
自分の先祖は、私達と同じ挨拶を交わしていなかったわけですね。
昔から日本人が行ってきたことではなかったなんて!


 「つまり、今の日本文化は、室町からのものと捉えるのが良さそうです」と先生。
平安時代の風習は、今ではほとんど残っていないのだとか。
たしかに、源氏物語のような通い婚の話は、別の国のように思われますね。
海外の人が考える日本文化は、600年位前からのものに過ぎないのだそうです。 


明治時代になると、国をあげての西洋化が進み、人々は着物から洋服に変わって、上半身だけで挨拶をするようになりました。
今の私達のお辞儀のことです。
それまでのお辞儀は、どんなものだったのでしょうか。


 明治以前、おじぎをするときには、男性も女性も膝を曲げて、全身で挨拶したそうです。
「小腰を屈める」という表現がありますが、今ではめったに見ることはありません。
かろうじて、歌舞伎の女形や狂言の太郎冠者などに残る仕草となっています。
それが、欧米人のように、身体の上半分で済ませられる挨拶に簡略化されました。


 握手も、それまでの日本人はしてこなかったそうです。
湿った気候なので、風土的に好きな動作ではないとか。
歴史上の人はほとんどしないはずなので、坂本龍馬でさえ、誰かと固く握手をしたことはないはずだそうです。ドラマでは何度も見たシーンのように思いますが。


明治44年から始まったばかりの今の挨拶は、まだ100年しか日本人に浸透していないもの。
それまでの1900年分のDNAが日本人の中にはあることを忘れずに、と先生はおっしゃいます。
握手にせよ「ハロー」という言葉にせよ、日本人にはどうも軽く感じられ、挨拶した気にならないために何度も繰り返し、それがペコペコしているように見えるのではないか、と推測されていました。
握手にも「ハロー」にも、日本人らしいところはどこにもないため、先生は、美しい日本の文化を継承すべく、海外公演の時などには全身で挨拶するようにしているそうです。


外国人には、はじめは驚かれても、日本らしい上品な動作だと喜んでもらえるのだとか。
美しい日本の挨拶こそが、2020年オリンピックの「おもてなし」の種運動となるのかもしれません。


先生の知識はとても広く深く、聞かせてくれる話はどれもおもしろいものばかり。
お雛様の男女の位置が二種類あるのはなぜか、とか、
畳のヘリを踏んではダメなのはなぜか、とか。
浦島太郎の話も、明治以前は違うストーリーだった、という話を教えていただきました。
なんと、乙姫にはお姉さんがいて、かつてはお姉さんと太郎が出会ったんだそうです。

そして、タイトルに合った「色気」と「粋」についてのレクチャーも受けました。
オリジナルから少し崩すことが、色気につながるのだそうです。
標準線からずれることでその人の持つラインが変わり、印象的な効果を生み出すのだとか。
それは、色気や粋だけでなく、やり方しだいでは「ナンバ(ナンバンとも)」や弁慶の飛び六方、それに幽霊の「うらめしや」やヤクザのいきり方にもなったりするのだそう。
「乙」や「粋」という言葉の持つ意味についても説明してもらいました。

最後に、日本舞踊の10手の仕草を使っての踊りを教えていただきました。
「踊りうかれ」などのパターンを10個教わって、曲に合わせていきます。
まずは日本舞踊の三味線の旋律に合わせたものから。
それから、坂本九の『上を向いて歩こう』に合わせます。意外にも、歌と仕草が合いました。
さらに、マイケル・ジャクソンの『Beat it』にも合わせてみました。
なんと、あのロックビートにも日本舞踊はぴったり合うのです。幅の広さを感じました。


日本舞踊とフラメンコとのジョイント公演も長年行っているという先生。
伝統を重んじる芸術に身を置きながらも、ボーダーレスな新しい試みを続けておいでです。
海外でも評価される日本のお辞儀は、昔ながらの伝統に沿った挨拶だと思っていましたが、実はそれが明治時代に取り入れられた新しい風習だったとは知りませんでした。

知っているようでも、まだまだ知らないことが多かったことに気づいた日本文化の伝統。
この講義をきっかけに、日本の伝統についてもっと知りたいと、興味が湧いてきました。
でもまずは、先生に教えていただいた通りに色気を出してみたいものです。斜め、ナナメ・・・斜視はダメ・・・。


(ボランティアスタッフ:小野寺理香)