授業レポート
2013/1/8 UP
お互い様のコミュニケーション
「最近、身内に不幸がありまして…」
みなさんが、生きている中で絶対に直面すること。
それは、人の「死」。
亡くなる前にああ言っておけばよかった。ああしておけばよかった。
残された者は、後悔の念にさいなまれるでしょう。
けれども、こうした予期せぬ出来事と向き合っていかなければなりません。
本日の授業は臨床心理士として都内の病院でお仕事をされている
秋山恵子先生をお招きして「身近な人の最期」を題材に
生徒さん同士でお互いの体験談を共有。
それを皆で聴き、言葉をさしだしあいました。辛い出来事を日常の場で考えることは、
今後の対人関係を構築する上でのヒントになります。
授業の流れとして、まずは「偏愛マップ」作り。
偏愛とは、自分が特に偏っているぐらいに愛を降り注いで好んでいるもの・こと。
白い紙に、料理→オムライス、旅行→アジア、南米 というように好きなもの・ことを書き連ねました。
この「偏愛マップ」を用いながら、自己紹介をしていきました。
先生曰く、自分の「偏愛」を知っておくことは、ストレスの緩和につながるのだとか。
辛いことがあった時に、自分で対処方法を知っておくことは大切です。
また、自分自身にとって大切なことを忘れない、確認するためにも役に立つようです。
自己紹介を通して、生徒さんの緊張が解けたところで、
次は秋山先生の職業である「臨床心理士」についての説明がなされました。
先生は総合病院で救急医療と緩和ケアに従事し、
そこで様々な患者さんのお話しを「聴く」ことを通じて、手助けをします。
とくに緩和ケアでは、患者さんと家族をユニットとして考えながら、
双方にある身体的・精神的・社会的・経済的要因からくる苦痛を紐解きます。
患者さんが「家族にとって私が生きていることは、負担になるから…」と考えることがあります。
そんな患者さんに先生が「家族はどう思っているの?」と聞くと
「家族はもっと生きてほしいと言っています」との返事が返ってくる。
患者と家族の「想い」にギャップが生じています。これを先生が話を聴くことで埋めていきます。
生きたいのに、死を迎えざるを得ない状況。患者、家族ともにその現実を客観視できない状況にあります。
そんな時に「○○さん、お母さまとおしゃべりしている時が、一番表情が輝いて見えましたよ」だとか、
患者と家族を取り巻く環境をありのままに伝えることで不安が和らぐことがあります。
秋山先生が仕事や、普段友人と話すなかで気付いたことがありました。
「話を聴くだけ、話すだけという一方的な関係は、プライベートの中ではものすごく危険なことです。
聞き過ぎることは、時には相手が掘り起こしてほしくない事実を探ってしまうことにもなります。
そこで、聴くこと:話すこと=5:5 のバランスをとることが大切だと気付きました。」
相手とうまく、長く、心地よくコミュニケーションを取るために聴くことと話すことの両方を
大切にしなければいけません。
先生のお話が一通り終わったあと、生徒さん達は一人ひとり感想や感じたことを述べていきました。
その中で、大切な人への接し方が果たして正しいのだろうかと悩まれている生徒さんがいらっしゃいました。
その生徒さんの話に、真剣に耳を傾ける他の受講者たち。
更に聴いたことに対し、アドバイスや感じたことを言葉としてさしだしていきました。
悩みを打ち明けた生徒さんの表情は、授業前後ですっかり変わっていました。
秋山先生、生徒さんたちが双方向でコミュニケーションを取りながら、
進めていった本講座。あっという間の2時間でした。
大切な存在が最期を迎えたとき、あなたはどう感じますか?
大切な存在が大病で苦しんでいたら、あなたならどう接しますか?
その大切な人やその周りの家族とコミュニケーションをとることになった時に、
相手の言葉を「聴く、考える、そしてさしだす」。
簡単そうに見えて「聴く」と「話す」のバランスを取ることは実に難しいです。
これは、身の回りの人間が意図せざる状況に立った時のみならず、
日常生活においても当てはまります。
この授業は、「身近な存在の最期」を考えることをきっかけに、
日頃のコミュニケーションの在り方を見直す機会になったのではないでしょうか。
(授業運営スタッフ 矢永奈穂)
みなさんが、生きている中で絶対に直面すること。
それは、人の「死」。
亡くなる前にああ言っておけばよかった。ああしておけばよかった。
残された者は、後悔の念にさいなまれるでしょう。
けれども、こうした予期せぬ出来事と向き合っていかなければなりません。
本日の授業は臨床心理士として都内の病院でお仕事をされている
秋山恵子先生をお招きして「身近な人の最期」を題材に
生徒さん同士でお互いの体験談を共有。
それを皆で聴き、言葉をさしだしあいました。辛い出来事を日常の場で考えることは、
今後の対人関係を構築する上でのヒントになります。
授業の流れとして、まずは「偏愛マップ」作り。
偏愛とは、自分が特に偏っているぐらいに愛を降り注いで好んでいるもの・こと。
白い紙に、料理→オムライス、旅行→アジア、南米 というように好きなもの・ことを書き連ねました。
この「偏愛マップ」を用いながら、自己紹介をしていきました。
先生曰く、自分の「偏愛」を知っておくことは、ストレスの緩和につながるのだとか。
辛いことがあった時に、自分で対処方法を知っておくことは大切です。
また、自分自身にとって大切なことを忘れない、確認するためにも役に立つようです。
自己紹介を通して、生徒さんの緊張が解けたところで、
次は秋山先生の職業である「臨床心理士」についての説明がなされました。
先生は総合病院で救急医療と緩和ケアに従事し、
そこで様々な患者さんのお話しを「聴く」ことを通じて、手助けをします。
とくに緩和ケアでは、患者さんと家族をユニットとして考えながら、
双方にある身体的・精神的・社会的・経済的要因からくる苦痛を紐解きます。
患者さんが「家族にとって私が生きていることは、負担になるから…」と考えることがあります。
そんな患者さんに先生が「家族はどう思っているの?」と聞くと
「家族はもっと生きてほしいと言っています」との返事が返ってくる。
患者と家族の「想い」にギャップが生じています。これを先生が話を聴くことで埋めていきます。
生きたいのに、死を迎えざるを得ない状況。患者、家族ともにその現実を客観視できない状況にあります。
そんな時に「○○さん、お母さまとおしゃべりしている時が、一番表情が輝いて見えましたよ」だとか、
患者と家族を取り巻く環境をありのままに伝えることで不安が和らぐことがあります。
秋山先生が仕事や、普段友人と話すなかで気付いたことがありました。
「話を聴くだけ、話すだけという一方的な関係は、プライベートの中ではものすごく危険なことです。
聞き過ぎることは、時には相手が掘り起こしてほしくない事実を探ってしまうことにもなります。
そこで、聴くこと:話すこと=5:5 のバランスをとることが大切だと気付きました。」
相手とうまく、長く、心地よくコミュニケーションを取るために聴くことと話すことの両方を
大切にしなければいけません。
先生のお話が一通り終わったあと、生徒さん達は一人ひとり感想や感じたことを述べていきました。
その中で、大切な人への接し方が果たして正しいのだろうかと悩まれている生徒さんがいらっしゃいました。
その生徒さんの話に、真剣に耳を傾ける他の受講者たち。
更に聴いたことに対し、アドバイスや感じたことを言葉としてさしだしていきました。
悩みを打ち明けた生徒さんの表情は、授業前後ですっかり変わっていました。
秋山先生、生徒さんたちが双方向でコミュニケーションを取りながら、
進めていった本講座。あっという間の2時間でした。
大切な存在が最期を迎えたとき、あなたはどう感じますか?
大切な存在が大病で苦しんでいたら、あなたならどう接しますか?
その大切な人やその周りの家族とコミュニケーションをとることになった時に、
相手の言葉を「聴く、考える、そしてさしだす」。
簡単そうに見えて「聴く」と「話す」のバランスを取ることは実に難しいです。
これは、身の回りの人間が意図せざる状況に立った時のみならず、
日常生活においても当てはまります。
この授業は、「身近な存在の最期」を考えることをきっかけに、
日頃のコミュニケーションの在り方を見直す機会になったのではないでしょうか。
(授業運営スタッフ 矢永奈穂)