シブヤ大学

授業レポート

2008/5/2 UP

無力な僕に、できること。

ナイトコミューター(夜の通勤者)をご存知ですか?

政府と反政府組織(LRA:神の抵抗軍)の紛争が続く、ウガンダ北部。
LRAはたびたび民間の村落を襲撃し、子ども達を拉致しています。
拉致された子ども達は『少年兵』として戦場に送られるのです。

夜間の襲撃を逃れるため、日が暮れると何時間も歩き
政府の力が強い都市部へと避難する周辺地域の子ども達。
ナイトコミューターと呼ばれている彼らの存在は、
戦争が生んだ悲劇を映し出しています。

■生涯消えることのない傷

授業の先生である鬼丸さんは、戦争と少年兵たちの深刻な実態を知り、ウガンダを訪ねました。
そこで元少年兵達のさまざまな体験を聞いたそうです。

ある少年兵のエピソードです。

拉致された少年は、兵士になる訓練として自分の村に連れて行かれました。
そこで自身の母親を殺すよう命じられたのです。
命令をかたくなに拒んだ少年がなんとか引き出した別の選択は
「母親の腕を切り落とすか、2人とも殺される」というものでした。
今、大人になった彼は、母親との関係を取り戻しています。
しかし、昔のように愛してもらえる日は戻らないと、寂しげに語ったそうです。

少年兵は今、30万人にも達するといわれます。
その多くが、拉致された子ども達です。
少年は過酷な戦場で血を流し、少女は性的虐待を受けています。

鬼丸さんは、元少年兵と出会うことで初めて知った問題もあると言います。
「除隊後こそ、彼らの心の傷はいっそう深くなっていたのです」
癒されることのないトラウマ。地域との接点を失った孤独感。
拉致の被害者であり、殺人の加害者でもある複雑な立場。
少年兵になった事実は、彼らの生涯に深い傷を残していました。

■僕には、何もできない

LRAはなぜ子ども達を拉致してまで兵士にするのでしょう。
その原因はきっと複雑で、簡単には理解できないのかもしれません。
授業の中で鬼丸先生は、重大な原因をひとつあげました。

それは、小型武器の氾濫です。

そもそも、子どもを兵士にしても戦力にならなければ意味がありません。
しかし時代とともに、兵器の性能向上と軽量化が進み、
冷戦の終結で大量に余ってしまった兵器が低価格化。

安く、強力な小型武器なら、少年兵でも十分な戦力です。
拉致してでも戦闘員を集める「理由」ができてしまったのです。

しかも武器の大量生産は、現代の大きなビジネスになっています。
兵器の輸出量の上位5ヵ国は、すべて国連の常任理事国です。
戦争は民族・思想の対立ではなく、「経済原理」によって深刻化しています。

複雑な利害関係がからむ悲惨な現実に、あなたは何を感じますか?
僕は自分の「無力さ」を感じます。とことん感じます。
この巨大な問題を前に、自分にできることなんて、思いつきません。

■伝えることが力になる

鬼丸さんが理事長を勤めるテラ・ルネッサンスは、
ウガンダやコンゴ民主共和国に、元少年兵のための職業訓練場を作り、
その社会復帰と経済的独立を支援しています。

そこで元少年兵達が取り戻していく笑顔と夢の尊さ、
深い傷を負ってなお、他人に優しくできる彼らの強さを見てきました。

鬼丸さんの心境を想像すると、
たとえ苦しんでいる人々の一部であったとしても、
自分の努力が人の幸せにつながっていく様子は、
きっと大きな感動だったと思います。

ひとつの転機がやってきます。

鬼丸さんの実父が事故で亡くなったのです。
「自分は父親に、何を見せることができただろうか…」
「戦争も、少年兵の拉致もまだ続いている」
「僕の活動で、世界の、いったい何かが変わったと言うのだろう」
「僕には、何もできないのだろうか…」
苦悩の日々が続いたといいます。

心を埋める無力感と闘い抜いた彼の答えは、
この悲惨な現実を、もっともっと多くの人に伝えるということでした。
鬼丸さんは、ゆっくり力を込めて語りました。
「問題や課題は、認知されない限り、問題や課題にすらなりません」
「問題や課題は、認知されたとき初めて、解決しようとする力が生まれます」

きっとこれがこの授業のテーマだったのだと思います。

たった一人の僕は無力なのかもしれません。
思えばこの「巨大な」問題は大勢の人々の関係のなかに生まれました。
解決には、きっと大勢の人の協力が必要です。

まずは問題の存在を知らせること。
そして、たくさんの人が「これは重大な問題だ」と感じ始めたとき、
問題を本当に解決できる、大きな力が育っていくのだと思います。

■誰にでも「できる」こと

きっと、たった今も、悲劇は続いています。
僕がコーヒー片手にパソコンでこのレポートを書くとき、
水すら飲めない飢えに苦しみ、戦場で血を流す少年がいます。

でも、できることはあります。

問題を知ること。そして伝えること。
家族に教える。知人と話題にする。どこかで発表する。
そんな誰にでもできることが、
小さくても大切な「行動」なんだと思います。

(ボランティアスタッフ 松本浄)

【参加者インタビュー】
1.寺川さん(学生)
「自分なりに知っていたつもりだったけど、知らないこともたくさんあ
ったんだと分かりました。今日聞いたことは、先生の体験の1%かもしれません。でも、自分がこれから学び、それを10にも20にも増やして、周囲の人に伝えていきたいと思いました。」

2.大橋さん(学生)
「大学の授業でルワンダの戦争について学んだことを思い出しました。ありきたりの感想かもしれませんが、自分が今いる環境のありがたさや、人に物事を伝える・伝わるということの大切さを改めて考えました。家に帰ったら、今日の話をまず弟に伝えてみたいと思います。」