2023年 第4回テーマソーシャルファームのリアル(雇う人の目線から)
2024年3月14日(木)19:00-21:00 SHIBUYA CAST./渋谷キャスト スペース
登壇者
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小関智宏
ディースタンダード株式会社 代表取締役
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阿部渉
認定NPO法人育て上げネット ユースコーディネーター/ケースマネージャー
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近藤武夫
東京大学先端科学技術研究センター 社会包摂システム分野教授
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紫牟田伸子
編集家 / プロジェクトエディター / デザインプロデューサー
4回目となる最後の授業は、前回の「働く人の視点から」の対になる「雇う人の視点」として、IT企業のディースタンダード社(以下、Dスタ)の小関社長、そしてDスタさんとともに若者を応援する認定NPO法人育て上げネットの視点をうかがいました。
前回の3回目に来ていただいたDスタで働く社員お二人のお話から、Dスタが「働く人の居場所」であり、「寂しい人をつくらない」をモットーにしていることを知りました。まさに小関社長の思いは、18年前の起業当時のIT企業では若者使い捨てにされていた状況(もしかしたら現在も)だったことから、逆に若者が活躍することに注力する「若者が光るような会社づくり」を目指そうと考えたからだそうです。前回、社員のお二人が“楽しい”と話してくれたように、Dスタでは、月1回の“親睦会”、少人数で身近な仲良しをつくる“Commune(コミューン)”、インターンが先輩と話せる機会である“講和”、春と秋に行う全体で集まる会では、春には大会場で大宴会をする社員旅行など、まさに社員が寂しくならないようにする取り組みが行われているのです。
このような志を持ったDスタと育て上げネットとの最初の関わりは、起業から数年経ったある日、小関社長が新聞で育て上げネットを創設した工藤啓さんが“社会起業家”として紹介されている記事を新聞で読んだことから。「なんだ!このかっこいい人は!と思ったんですね。それで本当に会いに行ってしまった」。ソーシャルというキーワードは当時とても新しい言葉でもあって、「なにか一緒にできませんか?」とアポなし訪問してみたが、ほぼ門前払い。改めて、アポを取って訪問し直し、育て上げネットの相談会に参加するなど勉強するところから始め、インターンを受け入れるようになり、一緒にITプログラムを構築するまでになったのだそうです。
一方、立川市を拠点とする育て上げネットは今年創設20周年を迎える、働くことに困難を抱えた10代〜30代を中心に、就労支援を行うNPO法人。働くことが困難な人というのは、「不登校の経験のある若者、就労経験がありながらも人間関係あるいは仕事の内容・中身でつまずいてしまってまた社会に戻ることが不安で仕方ない…でもどうしていいかわからない…誰かの力に頼りたい…だけど、なかなか身近に相談できる相手もいなくて孤立してしまう。そうして無業状態の期間が長期化してしまうと若い方たちです」と阿部さん。現在、そうした無業状態の若者は200万人いるといわれており、学校や会社などのコミュニティに馴染めないまま成人になっている人も多いのだそうです。
育て上げネットはそのような若者と社会をつないでいくことをミッションとし、「若者を社会につなぐだけではなく、社会が若者を受け入れるということも含めて円になるような形で、サイクルを社会につくっていくことを目指しています」とおっしゃる阿部さん自身も、かつては当事者だったのだそうです。育て上げネットの「ジョブトレ」は、農業のお手伝いや近隣のマンションやアパートの定期清掃、市内の保育園、地域の夏祭りなど、直接仕事というものに結びつくことよりも、まず社会に出てみること、そこでいろいろな大人と関わってみること––––そこで他者との関わりや人とのコミュニケーションをいま一度学び、“働く土台”を形成するプログラム。そして最終的にDスタのようなところでのインターンや職場見学を通じて、自分が働きやすい環境なのか、やっていけそうな仕事内容なのかを見極める……と当事者に伴走し、保護者にも寄り添う。
そして、例えばDスタで働き始めても本人に困難が生じた時には育て上げネットがフォローしてくれるのだそうです。
「育て上げネットから送り出した人たちを、就職後もずっと気にかけてくれて、何か心配なことがあれば“やばいっす、彼“と連絡すると、“じゃあ、すぐフォローする“って言ってくださり、我々を介さないで彼らと話してくれる。すごくありがたいなと思っています。例えば5年くらい経ってからお願いするケースもあります。我々ができることってそんなにないんですよ。「○○君が」っていまでも声がけさせていただいて、助けてもらっているという仕組みがあります」。阿部さんが言うには、「学生時代や働いていた時に折れてしまった自信を埋めていくには、1年間ブランクがあれば同じ1年かかる」。純粋に彼らとの信頼関係をいかに結ぶか––––これが一番大事なことであり、すごく時間もかかる。そうした信頼関係を、育て上げネットもDスタもそれぞれ築き上げているのだということが良くわかります。
こうした経緯をうかがって、近藤先生は、「会社として“ひとりひとりの社員を大切にする”という気持ちがあることはもちろんですが、単に会社の中だけでやっていくのではなく、育て上げネットさんという一つの社会の資源とつながって、一緒に育ちあってきたことが良くわかる」とおっしゃいます。そしてそれは「パーソンセンタード」、つまり「この人を中心に置いた時に何ができるのかを考えて行くこと」だと指摘されました。
その後のグループワークでは、「Dスタさんのような事例がもっと広がっていけば、人そのものを見てくれて、何が得意か不得意かを見てくれる企業が増えて来るのではないか」「どんなに小さなことでも誰かに必要とされていると感じる体験の用意の仕方が重要になってくるのではないか」「いま混沌とした時代だからこそ、企業が“持続的に成長するために非財務的な社会課題に取り組む”ということも重要なんじゃないか」「ソーシャルファームにつなげる側も、そこにいるスタッフも、企業とつなげる場所を全員で協力して人を支えていく必要があるんだなと改めて思った」など活発な意見交換が行われました。まだまだ話したいことがたくさんあったようでした。
最後に近藤先生から、4回の授業のまとめとして次のような言葉がありました。
「私自身が本当に大きな学びを得た、毎回学びが深まっていくと感じた4回でした。ソーシャルファームは本当に多様な社会課題を対象にしているものなので、“これが正しくてこれに向かっていくものなのだ“とひと言で言えるようなものでもない。Dスタさんの取り組みを見て感じたことは、そういった社会課題がソーシャルファーム的なもので対象とされた課題のなかですでに与えられたものなのではなく、一人一人の経営者が持っている問題意識や社会に対する営みであり、その営みが続けられるうちに枠組みになっていくものなのだということです。
そして、今回、大きな発見だったのはソーシャルファームと呼ばれている営みに関するロールモデルは多層化できるということでした。
まず一つは、ソーシャルファームと呼ばれる取り組みの中の何らかの課題の中心にあるとされる人たち。今回だとひきこもりだったり、どこかで心が折れてしまった若者たちが本人にあたるものだと思いますが、先輩たちのロールモデルに出会いながら、出会った人がまた自分自身の人生を取り戻していくというロールモデルという意味。もう一つは、そこに伴走する人。職業化された支援ではなくて、本当に必要なのはこれだということを考えながら伴走者が個人に伴走していくという、伴走についてのロールモデル。そして、ソーシャルファームの中心は会社であり経営者なので、”私の問題意識”を中心に据えて、そこに関わっていく経営者のロールモデル。
この3つの、本人、伴走者、経営者。そしてその間のつながり。この多層化されたロールモデルというものが、すごく大事なことなんだというのが、私自身の大きな学びだったなと思います。
みなさん、ちょっと振り返ってみてください。自分のいまの本業に、そういう多様な人とか排除されてきた人とか取り残された人とか呼ばれている人たちを巻き込めると思いますか?いま一緒に働けるかどうかをぜひ考えていただきたいと思うんですよ。ソーシャルファームは既存の枠組みを超えて、誰かとともにあることを、雇い/雇われるという関係を通じて取り戻していく営みであるということが本質なんだと理解することができました。本当に豊かな学び、生きることそのものに通じるような、働くことを見つめ直させていただく機会だったなと思います」。