シブヤ大学

授業レポート

2007/10/15 UP

忘れてしまうにはもったいない名作

「パトラッシュ、疲れたろう。何だかとても眠いんだ・・・パトラッシュ・・・」

年末になると必ずアニメ名場面集などでの感動のシーンとして目にするこのシーン。アニメ放映から25年経った今なお、色あせることなくよみがえるこのラストシーンはあまりにも有名です。
今回、アニメーション作家であり、アニメ・フランダースの犬を手掛けた黒田昌郎監督がシブヤ大学の先生です!

フランダースの犬の原作は、イギリスのウィーダーという女性が手掛けたおよそ70ページほどしかない短いものでした。それを黒田監督は30分の長さを52話分、約26時間分ものアニメにしたのです。その中の49話まではオリジナルストーリー。最後の4話だけを原作に沿って作ったのもだといいます。

その70ページ分の原作を26時間分のアニメにするには本当に苦労が多かったそうです。
まず原作を読んでの黒田監督の最初の感想は、「こんなにしんどい話が何で児童文学なのか?」そして「この小説をどのようにして世界名作劇場として多くの子どもたちに伝えるのか?」

黒田先生が出した答えは、
「ネロにはおじいさんとパトラッシュ、ひとかけらのパンがあればそれで幸せ」と、子どもたちに“生きる喜び”を教えること。そして、もうひとつはフランダースの犬の重要なポイントとなる“死の悲しみ”を教えることだとおっしゃいました。

おじいさんとパトラッシュ、幼馴染のアロアがいれば幸せだったネロは、ついにおじいさんの死というものを迎えることになります。
ここのシーンは実際にスクリーンに流して約10分弱の間生徒さん達も一緒に見たのですが何度見ても感動してしまいます。
おじいさんがパトラッシュにネロを頼むと告げ、そしてネロに対して別れを告げるシーン。

本編ではめったに見ることがないネロの泣く姿。
思わず会場の生徒さんも涙ぐんでいました。

このフランダースの犬のアニメの中ではネロの泣く姿をあまり見せません。これはネロが耐えているわけでもないのだと黒田先生は言います。
ネロは貧乏の辛さも、全ての自分の境遇を不幸とは思っていないのです。自らの運命を天から与えられたものとして受け止め、幸せだったのです。そんなところも、逆に視聴者に感情移入されやすいポイントだったのでは、と言います。

そしてついにラストシーンについてです。

黒田監督は結末が死の作品をどうやって子どもに見せるか?試行錯誤した結果、ルーベンスのキリストが天に召される姿の絵の前で、ネロはパトラッシュとともに天使達と天へ昇っていくという姿を映像にします。

このラストシーン、実は劇場版フランダースの犬ではリメイクされているのです。
「ネロとパトラッシュを死なせないで!」という子どもたちの声があまりにも多く、また監督自身もネロが自殺したのだと思われたくないと、最後の感動を残し、天使達はネロとパトラッシュを天へ連れていかずその場にいるだけで、ナレーションの声もなくなっているのです。

数々の濡れ衣を着せられ、大人に見放され、おじいさんをなくし、最後の希望だった絵のコンクールにも落選するネロ。最後に命を落とす寸前に濡れ衣は晴れ、絵の夢にも届くことになり、全ての夢が叶うと思われた瞬間、あと1歩のところで大人たちにはネロの死に間に合いませんでした。
この残された大人たちの後悔の思いと罪悪感の想い、それを最後に残していきます。
そして最後までネロを信じ、大人達を説得していたアロアが1番かわいそうだったと黒田監督は言います。そして劇場版リメイク作品では、20年後、修道女になったアロアが遠い昔を振リ返るところから物語が始まります。これには監督のアロアに対しての謝罪の念がこめられているそうです。

アニメを見るだけでは知りえない現場の裏側や、伝えようとしていた本質。そのひとつひとつを丁寧な口調で教えてくださった黒田監督。おかげでフランダースの犬を一層深く知ることができました。
監督が子どもたちに1番伝えたかった、「死の悲しみ」そして「生きることの喜び」。
かつてテレビシリーズを見ていた世代の人が成長した大人の目で見ても感動が蘇るほどの新鮮な作品。忘れてしまうにはもったいない。本当にこの言葉の通り、今の子ども達にも、そしてこれからの子どもたちにも見せてあげるべき、永遠の作品だと思いました。

(ボランティアスタッフ 嶋村千夏)