シブヤ大学

授業レポート

2007/8/6 UP

『見えない』が粋

われらがキャンパス渋谷・道玄坂。
そこに、関東大震災の避難途中に立ち寄ったことがきっかけで商いを始め、122年営まれ続けている『玉川屋呉服店』があります。その四代目店主・石井善彦さんが今回の授業の先生。颯爽と着物を着こなして登場された石井先生は、歯切れのよい口調で授業を進めてくださいました。

●浴衣とリサイクル
着物ができたのは平安時代、そして今と同じカタチになったのは江戸の中期。江戸時代、人々は1年に1度新しい浴衣をつくっていました。浴衣は原則として、生地は木綿で白地に紺の模様のものを指すそうです。先生曰く「ピンクとか、黄色とかいろんな色が入ったものは、本当の浴衣ではありません。」とのこと。
そして、使えなくなってきた浴衣は赤ちゃんのオムツに利用。オムツがダメになったら雑巾に、更にダメになったら、燃やして灰にし、木綿の木の下に埋めて自然に還していたのだそうです。江戸時代、リサイクルは自然に行なわれていたのですね。

●日常にあった着物
わたしたちは着物に対して、どうしても難しそうとか特別な存在だと構えてしまいがちです。しかし、ご先祖さまたちの時代、着るものの選択肢はそれしかありませんでした。着物は、わたしたちが普段洋服を着ているのと同じで、日常的なものだったのです。人々の暮らしに溶け込んでいたということは、言葉や作法といった現代に伝わる文化の中からもわかります。その例をあげると、

言葉…袖すり合うも他生の縁、襟を正す、折り目正しく…など着物の各部分の名称がことわざなどの中にたくさん使われている。

作法…懐石料理など料亭で、着物の袂が食べ物にぶつかってしまわないように、汁物、お醤油は右手前、天ぷらは奥、と工夫されていた。

また、着てみたいけれど着物って動きづらそうというイメージを持っている方。わざわざ着物教室に通わなくとも、2ヶ月間に5回、起きてから夜寝るときまで着物を着て生活をすれば自然と慣れるそうです。ご先祖さまたちは毎日朝から晩まで着物で生活していました。何事も慣れ。せっかく興味を持ったのなら実践してみましょう。

●職人
「着物は見えないところでおしゃれをするもの。」
着物は裏地などで遊ぶのが粋。その着物をつくる職人さんたちも見えないところ、気付かないところを大切にしていました。それは着物を縫うとき、折り目を正しく保つために用いる「しつけ糸」に見ることができます。「しつけ糸」は、着るときにはとってしまうものですので、役には立ちません。しかし、そこで手を抜かず心を込めて、ピシッと入れていくのが真の職人です。それは職人のプライドであり、礼儀。そんな気持ちが伝わるから、着物を着ると背筋がしゃんとするのかもしれません。

●玉川屋呉服店
先生のお店、玉川屋呉服店で着物を購入されるのは渋谷という土地柄でしょうか、若い年代の方が多いとのこと。
「お客様には生地がしっかりしていて、流行遅れにならないものをお勧めします。」
デザインの多少の変化はありながらも、梅、椿、桔梗、萩、笹…といった模様は、流行に左右されることなく、いつの時代もずっと使われ続けているそうです。
また、「着物は子どもからお年寄りまでどの年代でも楽しむことができるもの。もちろん黒が好きだからと、若いうちから黒を選んでもいいけれど、30代40代、そして80代といった年齢でしか着られない色もある。その年代でこそ愉しめる色を大事にしていただければ。」と先生。

●キモノゴコロ
石井先生が作られているお店のHPには、たくさん着物の知識や、想いが丁寧に綴ってあります。これも、着物のよさを知ってもらい、少しでも身近なものに感じてもらいたいという気持ちの表れ。先生は「1時間ちょっとの授業時間じゃ足りないなぁ。」としきりにおっしゃっていました。
色を大事に。人やモノに対しての礼節を大事に。見えないところで人を思いやるのが粋。キモノゴコロは過去の日常に溶けこみ、時代を超え、今に伝えられています。それは、目に見えないものけれど着物を知ると見えてくるココロ。
授業の最後に先生がされた「お粗末でございました。」という挨拶。通る凛とした声がとても心に響く、まさに粋な方でした。石井先生、ありがとうございました。

(ボランティアスタッフ 中里希)