シブヤ大学

授業レポート

2011/6/18 UP

「生きる」をシェアする

■初めに
この授業のテーマは、「失望、絶望をどう乗り越えていくか」。すこし、重たいテーマ。でも同時に、私たちの人生で無視することのできないことでもある。
渡井さゆり先生は、現在NPO法人「日向ぼっこ」の代表として、社会的養護(親の病気や虐待など、なんらかの事情で親が養育することのできない子どもを養育保護するという公的な仕組み)に関する様々な取り組みをされている方。そして同時に、彼女自身、社会的養護の環境で育った人たちの一人でもある。そんな渡井先生ご自身の体験談をお聞きし、そして参加者同士のディスカッションを行うことで、それぞれの生き方を考えた。
あいにく、当日は雨。それでも、50名の参加者が集まった。

■自己紹介
まず初めに、近くの人と自己紹介や今日来た理由などを話し、続いて、参加者それぞれが、初めて会った人と言葉を交わした。その後、渡井先生がどんなお話をしたか発表してくれる人を募ってみたものの、なかなか手が挙がらず。まだ、少し緊張している様子。

■先生の体験談 「一緒にいてくれる人がいる」ことの大切さ
続いて、渡井先生の体験談をきく時間に。

母は家を出ていき、父は酒を飲み、家は荒れ果てていたという渡井先生の幼い頃の記憶。周りの家庭との“違い”に気づいたのは小学生になってから。先生は「普通のこと、当たり前のことは、あると気づかないが、ないととてもしんどい。自分の場合は、それが“親”だった」「いざというとき守ってくれる存在、うれしさや悲しさを分かち合える存在がいなかった」と語ってくれた。

渡井先生は、小学2年生から社会的養護の環境で生活するようになった。でも、そこで必要な発育や学びをすることはできても、些細な不信感の積み重ねから、職員の人と信頼関係を築くことはできなかったそう。

18歳で高校を卒業し、養護施設を退所した後には、フリーターとしてお金を稼ぐ自分と高校時代の友だちと自分の現状との違いにも行き当たってしまう。生きる目的が見つからず「死にたい」と思ったことすらあったという先生。しかし妹、弟のために「とにかく生きなくては」と考えた。そして、なぜ自分がしんどいのかと考え、生い立ちに行き当たったとき、「他にも同じような生い立ちで苦しい人に、『辛かったけど、今笑ってるよ』ということができたら、自分の人生も、まんざらでもないんじゃないか」と思えるようになった。

バイトをして貯めたお金で入学した福祉を学ぶ大学では、やる気のない周りの学生とのギャップに戸惑いながらも、児童養護施設育ちの人との勉強会を行い始めた。同じような境遇の人と出会えたことは、渡井先生にとっての支えとなった。そして、このことがきっかけとなり「境遇に苦しんで一人でいる人たち同士が、出会える場所があればいい」と考えるようになったそうだ。

また、その頃出会った方が、渡井先生を娘のように扱い可愛がってくれたことが、先生にとって大きい。その方は、「困ったときに連絡していい」といい、先生が間違ったことをしていれば叱ってくれた。「大切だから、叱ってくれるのだ」と先生はいう。そして、初めて頼れる、心にいる存在ができたことで、「自分のことを大切にしよう」思えるようになった、と。
 今、先生には「日向ぼっこ」で出会った旦那さんと、小さなお子さんがいる。「きらびやかではないけれど、一緒にいてくれる人がいる」と、大切な人の存在を語る先生の言葉は、とても強く聞こえた。

■生きる希望とは
「『日向ぼっこ』の活動をすることで、一人でも“その人のためになった”ということがあれば、それだけでもこの活動をしてきてよかったと思う」そんな言葉でお話が締めくくられた後は、参加者の一人ひとりが「なにが生きる希望になっているか」を付箋に書く時間に。

圧倒的に多かった意見が、「友だち、親、家族」。ほかには、「ペット」や様々な信念など。「仕事を生きがいにしてしまった」と書かれた付箋に対しては「役に立っていない仕事はないのだから、悪いことではないのではないか」との先生のコメントなども交えられた。

■失望、絶望をどう乗り越えるか
その後、周りの人と「失望、絶望をどう乗り越えるか」というディスカッションを行い、その中で挙げられたことを皆の前で発表。最初はなかなか手が挙がりづらかったものの、なごやかな雰囲気の中で数名の方の発表が行われた。この中で、「マイナス感情は表に出さない」「ポジティブな方にとらえる」ことで人生を乗り越えてきたという意見や、「正しいかどうかだけで判断しない」「人の役に立つことで、夢や力をもらえる。でも乗り越えたというよりはいいことも悪いことも持ち続けて生きている」という考え方などが挙がった。一つ一つの意見に対してコメントし、否定せずに「そういう考え方もあるのか」と受け止めている先生の様子が印象的だった。

最後に、虐待防止の取り組みである「オレンジリボン運動」が紹介され、授業終了となった。

■感想
渡井先生は、言葉を選びながらお話をされる素敵な方で、軽々しく話すことはできない話題を、丁寧に分かりやすく教えて下さった。私は、子どもたちを育てる大人として、子どもたちの置かれている状況や社会的養護についても関心を持ち、考えていかなくてはならないのだと強く感じた。

授業の中で繰り返されたのが、人と分かち合うことの大切さ。先生は授業の終わりで、「他の人がどんな風に考えているのか、シェアすることができてよかった」と語った。この授業自体、同じ時間を共有し、誰かと自分の経験や価値観を分かち合うための大きな機会だったのだと思う。初めて会う人と、自分の人生を語るのは勇気がいること。でもだからこそ、先生の体験談やディスカッションの中で違う視点を知ることは、とても素敵なことだと感じた。

(ボランティアスタッフ 伊川佐保子)