シブヤ大学

授業レポート

2009/4/9 UP

人生いろいろ、旅もいろいろ。

太平洋戦争で戦った元兵士たちによる、日米の野球親善試合。この歴史的イベントを実現させたのが、今回の授業の先生であるNPO法人グローバルキャンパス理事長、大社(おおこそ)充さんだ。

関西弁で、しっかり笑いをとりながら話すその親しみやすい雰囲気は、“理事長”というより、むしろ近所のおっちゃん(失礼)。授業の前半では、この野球イベントの舞台裏を中心に、後半では、授業の本題である「新しい旅のカタチ」について話してもらった。

第一部:【元兵士たちによる日米野球】

アメリカの大学では、夏休みの間、施設を年配の方たちに解放し、一週間のキャンパスライフを楽しんでもらう「エルダーホステル」という取り組みが行われている。北米だけで約2000校が参画し、世界のおよそ100カ国で行われている滞在型の生涯教育である。

大社さんは、この日本版である「エルダーホステル協会」の創設に参加したわけだが、このエルダーというのは、年配とか、高齢といった意味である。エルダーホステル協会の冊子を配ろうとすると、「エルダー?俺じゃないわ」(60歳)「・・・ワシには関係ないな」(70歳)という具合に、受け取ってくれなかったらしい(笑)。そこで名称を変更し、現在の「グローバルキャンパス」になったとか。

その大社さんの事務所に、NYから手紙とDVDが届いた。差出人は、30年前の友人からだった。DVDの中では、平均年齢80歳の野球チームへの取材風景が映されていた。

アメリカでは、スポーツがコミュニティを担う役割があり、孤独死の防止などに一役買っているという。確かに、野球をしながらチームの一員として死ぬなんて、悪くない最期だなぁと思う。また、普通はどんなスポーツでもルーキーはあまり活躍できないものだが、ここまで高齢になると、ルーキーの方がたいてい若いので、いきなりエース!なんてこともあるらしい。そんな超高齢野球チームのメンバーの中には、太平洋戦争に参加した人が15人もいた。

「日本人と野球がしたい。」

そんな彼らの望みを叶えて欲しいと、藁にもすがる想いで、その友人は大社さんに手紙とDVDを送ったのだった。

「すがられた藁は藁なりに、なんとかやってみよか。」

そこから大社さんは、まるで大きな運命の糸に操られるように、このビッグプロジェクトの実現に向けて邁進することになるのである。

まずやるべきことは、日本チームの野手を集めること、グラウンドの準備、資金集めの3つ。とうてい一人じゃ無理だということで、いろんな知り合いに声を掛けて、プロジェクトチームをつくった。ユニフォームやバットなどの野球用具一式を提供してくれたのは、スポーツメーカーのミズノ。提供を約束してくれたとき、ミズノの専務に「ところで大社さん、目的はなんですか?」と聞かれ、言葉に詰まったという。

(そういえば、目的は何やろ?)

少し間を置いて、「目的は、ありません。」と答えた。それが真実だったからだ。

それからひょんなきっかけで、イチローもプレーしたことがあるという素晴らしいグラウンドを借りることもでき、資金もなんとか集まった。大社さんは、「なんだか、自分でやってるというより、誰かにやらされているような感覚」だったという。

そしてついに試合当日。オープニングのファンファーレとともに、美しい虹がかかった。いろんな想いを抱えたまま試合に臨んだ両チームの選手たちだったが、試合が始まれば、やっぱり考えるのは野球のことだけ。「野球」という共通体験をすることで、両チームの選手に「同じ人間なんだ」という発見があった、と大社さんは言う。大切なのは、ひとつのことに対して、ともにシェアするということ。互いに向き合うのではなく、同じ方向を向くことで、交流できる。

この試合の模様は、「クローズアップ現代」という番組で放送された。試合後、

「忘れることはできないが、許すことはできる」

と言って握手を交わした日米の元兵士たちの姿に、特に若い人達からものすごい反響があったという。

「戦争」というものを、若い人に伝えるのは難しい。そもそも戦争に参加した多くの日本人は、ずっと口をつぐんで生きてきた。自分たちが正しいと思ってやっていた戦争が、敗戦によって、世の中から完全に否定されたのである。だから、「戦争の話を聞かせてくれ」と言ってもなかなか口を開いてくれないし、若い人も興味を持ちにくい。だから、「戦争の話」ではなく、その人の「人生の話」として語ることが必要だという。「話の切り口や伝え方で、全然違う。」という言葉に、とても納得した。 


第二部:【新しい旅のカタチ】

大社さん率いるグローバルキャンパスは、普通の観光旅行にはないプログラムを作っている。それは「滞在型」と呼ばれ、地元の人との相互理解を育むものだという。自分の知らない世界へつがなっていて、旅行と言うより、何かに挑戦するきっかけづくり。さらに仲間を増やせるというのが、グローバルキャンパスが目指す旅のカタチである。

近年、旅行者のニーズの多様化にともない、旅のスタイルは「個人型」へ大きく変わったという。人口が減り続ける地方は、そんな旅行者を呼び込むことで、交流人口を増やし、街の発展へつなげたいと考えている。そのためには、これまでのように大きな旅行会社が「沖縄へ行こうよ!」と誘うのではなく、沖縄の人が「おいでよ!」と呼ぶことが大事だという。つまり、地域が主導権を持って、直接客を呼ぶ時代だということである。

●到着地点が旅をつくる=『着地型旅行』←これからの旅行スタイル
(地域の中で商品をつくり、地域の中で売っていく)

しかし、現実はなかなかうまくいっておらず、エコツーリズムなどもなかなか売れていないらしい。地域には、まだ商品開発力・マーケティング力が欠けていて、自立できていないと大社さんは指摘する。それらは、今までは大手の旅行会社がやってきた仕事なのだ。

「誰のために、何を提供するのかが大事。」
「地域の中に商品をつくれる人材を育てること。」

長野県の農業体験ツアーのように、行政と民間が出資して、「成功する仕組みづくり」がうまくできているケースもある(「りんごの木オーナーシステム」などが有名)。

今までは、大手旅行会社が主導する、発地型の旅行が主流だったが、
これからは、地域が主導する着地型の旅行の時代。

商品をつくり、それを売れる人材が地域ごとに必要とされているのである。

(ボランティアスタッフ 杉原学)

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【参加者インタビュー】
●属性
1. 本村公一さん
2. 埼玉県
3. 32歳
4. 開発コンサルタント(国際協力)
5. 写真は当日撮影のデジカメに入っています

●感想など
1. 私は戦争体験を伝える活動をしていますが、お話を聞いて、
日米共通のものを媒介にした方が、みんな参加しやすいと思いました。
 今日は新しい交流のあり方を提示してもらえて、
「共通の目的に向かうコミュニケーション」にカギがあると感じました。
2. 機会があれば、メディアの視点から交流推進をしている方の話も聞いてみたいです。
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