シブヤ大学

授業レポート

2008/5/14 UP

   

明治神宮の鳥居をくぐると、いつもおごそかな気持ちになります。原宿駅よりも低い温度を感じながら桃林荘に足を踏み入れると、そこには、おごそかでありながらもあたたかさを感じる空間がありました。縦長の和室の会場に座布団を敷きつめて、集まったのは約50名の生徒さんたち。わかりやすく首からカメラをさげた方、カメラが入っていそうな鞄をかついでいる方、手ぶらの方、さまざまな年齢層の方がそこには集まっていました。

そこに登場した先生、もう話した瞬間から、強い存在感を感じます。まずは、先生の写真・映像作品共々をスライドにて鑑賞していきます。そこから一枚一枚にまつわるエピソードや、想いを語っていく先生。またそこから、本日の対談者であり写真集の制作に関わった編集者の方とともに、写真集発売までのいきさつが話されていきます。具体的な手法から、被写体にまつわる情報、また「写真を撮る」という行為にまつわる概念、哲学などが飛び出しました。
話は様々な方向に弾み、授業の後半では、生徒さんたちからの質問に先生が答えていくという形態にスイッチ。そこからは、出る出る、生徒さんたちの声。それまで少し一方向だった授業の流れが変わり、「対話」の時間が始まりました。生徒さんたちの声は率直で、先生も、独特な回答でそれに応えてくれます。

Q.「先生がいるのはクリエイティブの世界、そこって、一般人としては遠い存在のように思います。少し「社会」とのつながりを比較的感じづらいその世界にいる先生は、どのように「写真」と「社会」の結びつきをとらえているのですか?どういうものを目指されているのですか?」

A.『社会とかかわりを持ちたい、つながりたい、という気持ちは高いです。それも、僕が写真を撮る動機の一つとなっています。『写真』は、個人―社会の関係性の中に、一番経済的に入り込めるツールだと思っています。』

Q.「自分もカメラをやっていますが、どういう瞬間に、写真を撮ろうと思うのですか?」

A.『写真はあくまで、「変動性があるものの一側面をとらえるもの」だと思っています。写真のピーク(最高の瞬間)って変動性があって、その取り替えがきかないところが、写真が写真たるところだと思います。「瞬間」って本当にあるのか?と疑問に思っています。風にざわめく木を撮っている場合、それは「木」という動かない存在をとらえようとするのではなくて、「木のざわめき」という動的なものを撮っているととらえています。だからシャッターが下りるまでに1秒間という時間がかかるならば、シャッターが下りるその時を待っている「1秒間」という時間が、とても写真的だと思うのです。』

Q.「これから撮っていきたいものはなんですか?」

A.『カメラと出会う前の、子供だったときに、撮ってみたかったものを今形にしている、という気がします。これからも、そうしたいと思っています。』

Q.「先生が撮る人の表情は、とてもきれいですね。何かコツはあるのですか?また、相手とうまく会話できても、ファインダーを向けた瞬間に表情が変わってしまう、ということはありませんか?」

A.『それはもちろんあります。ただ、やはり写真は、撮る人によって撮る表情は違うのです。網を持って捕えに行くよりも、何もしないで待っていたほうが相手がヒョコっと顔を出してくれる、ということもありますよね。また、撮る相手はなるべく好きになりたいですね。好きになって、いい関係を築ければ、ファインダーを向けても変わらないいい表情をしてくれることも多いです』

と、広がる質問でしたが、1時間半という時間はあっという間でした。

授業後は質問しそびれた生徒さんにより、先生は質問攻めにあっていました。また、自身で撮った写真を見せ、評価をもらっている方もいました。先生に自分の作品を見てもらえるというのは、本当に貴重な経験ですね。シブヤ大学という場の「スペシャルさ」を実感した瞬間です。
先生があまりに快くみなさんの質問に答えていたので、私もついつい、少しおはなしさせてもらっちゃいました。

Q.「ふだんから、このようにみなさんの前で話す機会はありますか?」

A.『写真集を出すようになってから、トークショーには参加するようになりました。でも今回は、自分の写真を見に来てくれる人に限らず、シブヤ大学自体が好きな人や、「写真家のひとり」として自分をとらえている人など、いつもとは違った人とお話しする機会があったので、おもしろかったです』

Q.「後半に行くにつれて、生徒さん個人の質問に答えていくという形になってからは、先生も話しやすくなったように見えましたが?」

A.『確かに、個人対個人で話せると、自分の伝えたいことは一番伝わりますね。ただ、僕は今日、「深夜のラジオ放送」のような気持ちで話していました。講義中も言ったように、社会と繋がりたいという気持ちはあるので、集団に伝えたいことがあります。でも、その集団の中の個人にも訴えかけたいのです。それはまるでラジオ放送のように、集団に発信するという意識を持ちながらも、たまたま夜中にラジオをつけた人という個人に向かって呼びかける。この「集団」「個人」とのつながりを兼ね備えた関係性、いいですよね。そのような気持ちで特に前半は話していたと思います。』

前半の一方発信から、語り合いの場へ変質した、『深夜ラジオ』要素満載だった今回の授業。
写真家・澁谷征一氏と、さまざまなバックグラウンドを持つ人とが、シブヤ大学という場で出会う。とても素敵な授業だったと思います。

(ボランティアスタッフ 天野咲耶)

【参加者インタビュー】
1.セキネさん(大学生)
「シブヤ大学は、自分で作成しているフリーペーパーの関わりで知りました。今回は、そのフリーペーパーで使う写真の見方や、いい写真選びの軸を知りたかったので参加しました。やっぱり難しいですね。もっと自分の好きなものを、掘り下げてみていくのが大事なんだなと思いました。先生の作品のように、少し難しいような、一言で良さを語りづらいような作品も、自分なりに解釈できるようになりたいと思います。」