シブヤ大学

授業レポート

2022/1/28 UP

チェコの暮らしとアートな毎日~現地とつないで 

みなさんはチェコという国にどんな印象をお持ちでしょうか。
旧共産圏の国?ドボルザークやカフカを生んだ文化の香りのする国?それとも最近女子に人気のかわいい雑貨の国でしょうか。断片的に見聞きする事はあるのだけれど日本人が思い浮かべる西欧諸国、英国やフランスなどに比べ今ひとつイメージの湧きにくい国かも知れません。しかしかつては文化的にも歴史的にもヨーロッパの中心の国として栄え、今もなお魅力的で味わい深い国であるのです。本日の講座はチェコで活躍するイラストレーターでグラフィックデザイナーの松本沙希さんが、ご自身の創作活動から見えてくるチェコのありのままの姿を文化や芸術、生活や風習を中心にお話頂きます。

松本さんは当日オンラインでチェコからお話し頂くというまさにリアルなチェコリポート。また東京の教室との双方向での対話も行います。冒頭ウェブカメラが薄暮空を写し出して、チェコはいま朝。チェコ語でおはようの「ドブレラーノ」とご挨拶。この時期曇りがちなプラハが今日は見事に晴れたそうです。茶色の瓦屋根の向こう教会の尖塔が見えて、今ほんとうにチェコに居る松本さんからのリアルレポートが始まりました。



チェコという国はどんな国?チェコ人の印象は?そしてチェコの文化やアートってどんなもの?

さて講座は大きく2つのテーマで、前半後半に分けて行われました。

前半は、松本さんのイラストレーターというお仕事を通してチェコでの活動やチェコのアートの紹介。後半は、四季を通したチェコ生活者の視点から見たチェコの暮し、歳時などを中心にご紹介頂きました。

松本さんはチェコ滞在歴7年、現在も中欧の趣のあふれるプラハ市街地にお住みです。チェコにいらっしゃったきっかけはチェコの大学院のイラストレーション科に留学されてからだそうです。その前にはロンドンの大学でデザインの勉強をしていたのですが、もっとイラストレーションを専門に、チェコの大学(プラハ工芸美術大学)へさらなる留学をされました。

プラハでは様々な制作の手法、木版、石版、リソグラフまで、それぞれ担当の先生から詳しく学ぶことが出来たそうです。そこで松本さんはいろいろな手法に果敢にチャレンジ。様々な手法を使い独自の表現、作品へ仕上げていきます。学校では何とチェーンソーで板を削り大きな木版画を作ったり、陶器のウィスキーボトルに絵付けをしたり、藍染のテキスタイルを制作したり、他の専門分野の方と積極的にコラボレーションした作品を作られたりと、松本さんには旺盛な創作意欲や発信力と人を惹きつける力があるようで、大学院在学中に既にチェコや日本などの展示会やイベントに取り上げられていていきました。

さて松本さんのイラストレーション、作品ってどんなものなのでしょうか。講座の中でたくさんの画像と共に紹介されましたが、私の言葉で伝えるのはとても無理。素朴な絵柄であるようで簡潔でモダンな表現、手触りの感じられる筆致、素材や手法へのこだわり、いろいろな創作ステージへの広がり、、、これではイメージがわきませんね。あえて比喩的に表現すれば、チェコ雑貨や思わせる愛らしいイラストの中に奥深い民族文化を感じさせる作品たちでしょうか。

そんな魅了的なイラスト描かれる松本さんですが、チェコに来て「作品を制作する動機についてのような本質的なところにも向き合うことになったそうです。デザインをやっていた頃はクライアントの依頼によるなど、そもそも目的があって絵を描いたりデザインをしていたのですが、自身の作品の制作となると自分がどういうものを作りたいかとか、どういうものをテーマにするかなど、受け身ではない自らがテーマや動機を作り出さなければならないと思いました。それで自分がよく制作するもの、影響を受けている事柄を改めて考えてみると、日本の文化、特に自然信仰や神道について思い当たったとか。そういうものをもっとチェコに発表したいと思い、その手始めに宮沢賢治の童話の本をチェコ語で出しました。

この本の制作は日本学科卒業のチェコ人と共に松本さんの学んだ製本技術や工房設備をフルに活かし手作りで作られた力作。もちろん松本さんの魅力的なイラストも装入されています。ここで宮沢賢治を通して日本人の自然や動物に対しての向き合い方をチェコに伝えようとされたのだと思います。ちなみにこの本の中ではキツネが登場しますが、何故かキツネ好きな人が多いチェコ人も相まって(笑)、このキツネの本はたちまち売り切れたということです。

松本さんのお話を伺っていて印象的なのは、作品が反響を呼びその後にどんどん広がりを作ることです。この宮沢賢治の本は、展示会でロシアの人が興味を持ち、そこからシルクロードにまつわるアートブックの制作依頼があり、制作した本が入賞を果しました。人気のキツネをテーマに日本の神社の二匹の稲荷がお供物に飽きてチェコ料理のチーズフライを食べにいってしまう話!の本などにもなっていきます。そこには先程の日本とチェコの文化の融合、自然信仰などのスピリチュアルな面での両国の結び付きを、深いテーマながら可愛らしくチャーミングなお話となり創作されていて、松本さんの制作スタイルが表れています。さらにこのテーマを深めていき、日本の古事記とチェコのマソプストというキリスト教以前から伝わる古い伝統行事を掛け合わせた話の創作、童話本が卒業制作とし結実します。

大学院卒業後はさらに広く創作の場を広げて行かれます。先の古事記やマソプストという古い伝統行事をテーマにした松本さんの作品は反響を呼び、マソプスト開催のポスターを描いたり、パペットシアター(紙芝居)キットのイラスト制作、さらに隣国スロバキアの建築をテーマにした印刷物を出す団体にとの制作でモンスターを取り入れた建築の絵を制作したり、また美術館からはチェコと日本の伝統文化をテーマにした子供のワークショップを依頼されることにも繋がります。この松本さんの作品作りの方向性が決まってくる頃には、逆に日本の方から制作の依頼が来るようになりました。チェコと日本の文化やアニミズムや神道などのスピリチュアルな伝統を融合させてく独自の作品を制作、印刷物などへと発表されてゆき、一方チェコでは広島の原爆をテーマにした本、チェコ創立100周年記念の雑誌表紙のイラストを日本人である松本さんが依頼されることになり、現地での個展開催など活躍の場を広げられ現在へと繋がっていきました。

前半はアートの創作活動中心にチェコの文化や伝統に触れましたが、松本さんはイラストレーターのみならずチェコ日本両国で信頼され2つの文化を橋渡しするようなお仕事をされているのではないでしょうか。

前半最後に会場の参加者からの質問に答えられていました。ヨーロッパ留学を検討されている方からはなぜチェコを留学先に選んだかとか、イラストレーターをされている方からはチェコと日本のクライアントの違いやチェコではどのようにして仕事とってくるのかなど、具体性のある突っ込んだ質問が出ていましたが、今リアルにチェコで仕事をされている方だけに的確に答えられていたことも印象に残ります。

後半はチェコの生活を中心に、1年の歳時、風俗、文化行事など在住生活者の目線から紹介されました。

チェコはボヘミア地方とモラヴィア地方に大きく分かれるそうです。プラハがあるボヘミアとチェコの伝統行事が多く行われるモラヴィア。松本さんは在住しているボヘミアのみならずモラヴィアの伝統や自然にも魅了せれているようです。モラヴィア地方自然豊か。大草原が有名、またきれいなお城や湖があったり、ぶどう畑が広がりワイン作りも盛んとか。地下の広大なワインセラー廻りをしたり、その上の宿泊所に泊まれるなど観光にも良いです。

話はプラハに戻り、プラハの見所と四季を通しての生活を紹介されました。プラハの名所、プラハ城は有名な「王の道」などいろいろなルートで行けますが、通る道によってまた違う表情があり、ガイドブックにも無いような姿も見せてくれます。オレンジ色の屋根が並ぶ小地区やレトナーというデザインや文化が盛んでアーテイストが多く住む地区など見どころはたくさんあるそうです。

プラハの四季と生活のお話しをたっぷりとして頂きました。

1月2月、冬は寒く−20℃にもなることがあるそう。雪は多くないもののサラサラの雪質なのでそんな寒さの中、ソリ遊びやクロスカントリー、凍った川でアイススケートなどアウトドアスポーツも楽しまれているといいます。寒く曇りがちな日は4月まで続き、それを過ぎると暖かく晴れの多い春が到来します。

春、プラハに限らずチェコは都市のすぐ近くにも広大な自然があるのが良いところ。この頃にはピクニックも盛んに行われます。ハイキングも人気で、健脚なチェコ人は長時間歩いても全然平気だとか。5月には桜も見れたり、ペトシーンというお花見の名所ではチェリーやリンゴなどの木の下でキスをすると来年も大丈夫言い伝えもあり、春の気分も満開。6月にはイチゴがあちこちに出回り高速道路の路肩や町の道端からマーケットまで様々なところで販売されます。

夏、チェコには海がありませんが池や沼の岸辺をビーチと呼び、泳いだりしてサマーライフを楽しむようです。また夏は結婚式シーズンにもあたり公園など屋外で式が行われ、外で踊ったり歌ったりします。

秋、9月下旬位から紅葉が始まります。チェコの紅葉は赤は少なく黄色が多いとか。この頃はトレッキングシーズン。チェコ北部のゴツゴツした岩場に多い場所にトレッキング行ったりします。

また9月中旬位から文化的なイベントが盛んになります。大きなデザインイベントが行われたり、個人から企業まで出展者も様々。チェコらしいのは、石像の博物館で石像に衣装やマスクを着けたりする演出があったりするとか。

10月頃、急に曇りがちな日が多くなります。朝には毎朝のように霧が出て幻想的な風景が見えるそうです。チェコ人は郊外にコテージを所有する人が多くて、きのこ狩りや自然散策に行ったりするようです。きのこ狩りは国民スポーツといわれるくらい熱が入るのだそう。

11月にビロード革命というチェコの民主化を象徴する、チェコの中では一番重要な日を迎えます。バーツラフ広場には人がいっぱい溢れ、民主化の歴史を見せる映像やキャンドルを灯したり、様々な企画が行われます。チェコは大変な苦難の末に民主化を達成したので、この日は正に国民的行事となるのでしょう。

チェコにもお盆にあたる日があり、魂を忘れないという意味でお墓参りをするそうです。

冬、12月クリスマスに向け動き始めます。チェコにはサンタクロースは居なくて、その代わり「小さなジーザス」がプレゼントを持ってきます。ミクラーシュとデヴィルとエンジェルという不思議な存在(精霊?)も活躍、仮装をした人々が街に出没します。またクリスマスツリーやキャンドル、飾りつけを買い、クリスマス定番料「鯉」を用意したり、チェコには様々な種類があるクッキーやパンを焼いたり、クリスマスに向けての準備も進んでいきます。教会ではクリスマスキャロルが歌われ、いよいよクリスマス当日には御馳走と家族分用意されたプレゼントが渡されます。チェコではプレゼントはツリーの下に置かれて、サンタの代わりに小さい子供が渡すのが習わしなんですね。しかしここ2年はクリスマスの街のにぎわいもコロナ禍で影響を受けたようで、クリスマスマーケットは中止なったということ、残念です。早くいつも通りのクリスマスがチェコの人に戻りますように。

クリスマスを最後にチェコの一年を紹介して頂いた後は、食べ物や工芸や建築の話などされました。飲んだり食べたりが大好きなチェコ人。ビールを2L入りのペットボトル売りがあり、チェコの伝統的なパンの話やスーパーではなくお肉屋さんできちんと肉を買うこと、その一方最近はおにぎりが人気があるとかベトナム料理屋がたくさんあるとか、また食の安全や自然食への意識の高まりがあるなど、伝統と新しいチェコの食文化が語られました。またチェコはガラス工芸が盛ん。その中でもガラスのボタンはすばらしく、伝統のあるもので、日本でも人気があるそうです。しかしここチェコでも伝統の後継は難しく後継者不足があるとのこと。その他チェコのパペット文化の話、古いトラムが復刻したり、チェコで特徴的なキュビズム様式の建築の話がされたりしましたが、松本さんはこの文化財のような建物を借りて住んでいたことがあるそうです。古いものや文化を大切にしつつも今もなお生活の中にそういうものが息づいているチェコという国が垣間見えるようなお話しでした。



後半も質問タイムがありましたが、ベトナム料理店が多いというけどベトナム人が多いのは何故?クリスマスの鯉の味は?パペットの事、お茶やコーヒー文化の事、今毎日何を食べてるの?チェコ人気質を一言でいうと?など松本さんお話しから触発された質問が出され、さらに深く日常のデティールから生活のこまごま、チェコのお国柄を知ることが出来ました。

食事や行楽を楽しみ、催事にいそしむチェコ人と四季の生活。かつては季節を敏感に感じ生活や文化を育んできた日本人ですが、近年は仕事やスケジュールに追われゆったりと生活を楽しめなくなっているかも知れません。そんな私たちの生活を今一度見直してみたいですね。

講座の最後に会場の参加者から以下のような感想を聞くことが出来ました。

海外旅行が自粛されるなかカラフルな海外の写真や見れた、旅行だけでは分からない現地事情を知れた、四季を通じての紹介が良かった、チェコの文化だけでなく生活にも興味を持った、住んでる人ならではの視点が良かった、日本との共通点を感じた、明瞭な言葉で分かりやすく話してくれた、絵を描くことの固定概念を解き放ってくれた、チェコの多様な地域性が知れた、などいろいろ感想を持たれたようです。

今回の講座「チェコの暮らしとアートな毎日~現地とつないで」が開催されて、チェコの文化や伝統は勿論、現地の生活、四季を通じた歳時記、そしてイラストレーター、デザイナーとしての松本さんがデザインやアートの視点で見たことやチェコと日本の深い文化を創作活動を通じて話してくれました。松本さんの多岐に渡る資料集めやアートから生活にまで及ぶ講座の構成までとてもご苦労があったと思いますが、チェコについて、アートや文化について多様な角度から総覧することとなったと思います。かくいうわたくしもこの様な広がりがある講座に思いがけず参加出来てとても良かったです。今回盛り沢山の内容でもまだ伝えきれていないという松本さん、次回第2弾の開催の期待と共に更なるご活躍を願います。

レポート 齋藤凡