シブヤ大学

授業レポート

2016/8/16 UP

建築→不動産、東京→京都、
自分を少しずらして、仕事をつくる。


『自分を少しずらして、仕事をつくる』


今回の授業タイトルをはじめて目にしたとき、


 「自分をずらすってどういうことだろう?、仕事は就くものではなく、つくるものなの?」と


いくつかの疑問が頭に浮かびました。


 でも、今回のまちの先生である、岸本 千佳さんのお話を聴いて、


達成したい目的に対しての挑み方はまさに『自分を少しずらして、仕事をつくる』でした。


 


そんなしなやかかつ、したたかな岸本さんはシブヤ大学でボランティアスタッフをしていた


経験もお持ちです。


渋谷の街の新しい楽しみを提案した謎解きゲーム『シブヤクエスト』の仕掛け人のひとりで、日常を大胆に冒険の舞台へと変えてしまったのです。


東京という華やかな場所で働いていた岸本さんに起きた変化とは?


そんなお話を聴くことができた90分間は、生徒さんのわくわくがたくさん集まり、満員御礼の授業となりました。


※岸本 千佳さんは「もしも京都が東京だったらマップ」の制作者ですが、今回の授業内容とは関係ありません。



大学で建築を学ぶも就職は不動産へ ~人生の大きな決断をずらす~


 


京都出身の岸本さん。文系脳でしたが、サグラダファミリアを新聞で目にし、建築の仕事がしたいと理系科目なしで進学できる滋賀の大学を見つけて入学。念願の建築を学びます。


しかし、入学してすぐに「建築の世界で食べていける人はほんの一握りしかいない。


自分はこの世界できっと一番にはなれない。それでも建築業界にいきたいのか?」という、


疑問が生まれ不動産会社へ就職を決意します。


しかし、建築出身者の選択として、設計事務所か建築関係の仕事への就職が一般的だったため、岸本さんの決断はかなりの異例。 もちろん周りも反対します。


ただ、それでも岸本さんは建築を学んだから建築業界へ進むという考えに対して違和感があり、


シェアハウスなどを手掛ける東京にある不動産ベンチャーに就職します。


そこから「DIY賃貸』事業の立ち上げなど様々な業務を経験。


しかし、働き出して3年頃から、今後の自分の成長曲線を想定しつつ、やめ時を考えはじめていたそうです。


 


東京→京都へ ~活動の舞台をずらす~


 


東京で不動産の仕事をして5年。2014年に岸本さんは京都へ移住します。京都に帰ることは、選択肢の1つでしたが、その気持ちを大きく変えたのは堀川団地をリノベーションし、格安の家賃で住むことができる「堀川団地プロジェクト」の存在。この参加者募集を知り、採用されたことが大きく、京都への移住を後押しします。


 


人のつながりで成り立っている京都では、いくら京都出身だからといえ、接点を多く持っていないと仕事をしていけません。


ただ、この堀川団地プロジェクトには京都の重鎮的なメンバーが数多く参加しており、こんなチャンスはめったにない!と、まずは住む場所や人との繋がり、これから関わる人、関わるプロジェクトを優先して仕事辞めた岸本さん。仕事は後から考えようと思ったそうです。


自分の感じた「やりたい!」に対するまっすぐな想いと、きっとうまくいくという感覚の鋭さに、ただただ感心しました。


そして、そこから京都市空き家対策非常勤として勤務し、建物の有効活動を行う「addSPICE」、改装可能な物件を扱う「DIYPKYOTO」を開始します。


ただ、住む場所を京都に決めて移住しただけかと思いきや、そこには「京都の方がプレイヤーが圧倒的に少ない」「扱う素材が魅力的」という、確信犯的なところもあったそうです。


『地方には仕事がない。だから若者は東京や都会に出ていく。確かに会社に務めてお給料をもらうという仕事は、東京に比べたら圧倒的に地方は少ない。


でもその分、地方には土地の魅力があり、ないからこそつくれる仕事がある』


あくまでも仮定ではあったけれど、それでも自分の考えを信じ、また自分の目指す目的に対して岸本さんは動き出します。


グループワークをはさみ、後半へ


 


<グループワーク>


自分の軸ってなんだろう?


それをずらしてみた選択肢って?


 


近くの参加者同士、3人でグループワークを行います。


建築関係の仕事に就いている方や、全くの異業種に就いている方など様々な方が参加されていましたが、自分の軸をいざ考えてみるとなかなか難しい。


例えば、家族を軸に考えてみても、一人ではないからこそずらすことの難しさを考えてしまいます。でも、自分の軸が家族なら、悩んだときや判断に迷ったとき、軸(家族)を意識して考えてみる、という発想があるかないかでこれからの考え方は変わるかもしれないと思いました。


 


●●と組む面白さ ~ずらしたからこそ感じる魅力~


 


 ①異業種と組む・案件ごとに組む


不動産の仕事を続けていた岸本さん。もっと多くの人に京都を知ってもらいたいと、移住者が 『居 ・  職 ・ 住 』暮らしを提案するための、『京都移住計画』というプロジェクトに不動産担当として参加します。


自身もそうだったように、住む場所と仕事はかなり密接にかかわっており、不動産のプロと、求人のプロが手を組み紹介してくれるサービスは価値観の変化に伴い、移住を考えている人にはとても心強いものです。


職・住一体の相談会を開催したり、伝統工芸の仕事つきお試し移住の試みをしています。


また『居』は仲間さがし、居場所づくりを指しており、移住者と移住検討者の集う交流の場づくりをしています。移住者の抱える不安を『居 ・  職 ・ 住 』すべてサポートしている、『京都移住計画』チームは各分野のプロフェッショナルが、時に相談し合いながら移住者のために最高の仕事を行っています。異業種だからこそ得られる視点や、アドバイスはとても大きいと岸本さんは話していました。


 


 ②設計士と組む ~この人と仕事がしたい!~


 


設計士×不動産という発想が新しい、「カフカリサーチ」とは、計画されている物件で、ゲストハウスやシェアハウス、複合施設など特殊な活用が出来るか否か、法的な見地から調査するサービスで、2016年7月にスタートしました。


SWAY DESIGNの代表、須藤 菜緒さんとそれぞれの得意分野を足し算し、わくわくを何倍にも膨らませていく予定とのこと。同い年の須藤さんとの仕事をとても楽しみしているそうで、岸本さんの表情はとてもキラキラしていました。


 


 ③行政と組む ~暮らしの文化をつくるという目的達成の一歩~


 


『京都次世代下宿事業』は、京都府と組んだ、高齢者の自宅の一室に若者が一緒に住む、次世代の下宿マッチングシステム。借り手である若者は家賃を払うことで「場所」だけでなく、「伝統や知恵」も一緒に得ることができ、貸主である高齢者は家賃収入を得ることができ、お互いにとってメリットがあります。


「暮らしの文化をつくる」という岸本さんの長年やりたかったことが、行政と組んだことでシステム化され、また行政も課題であった高齢者問題を解決するための一歩になったのです。


自分一人では絶対できないことも誰かと組むことで前進することをさらに強く感じる経験だったそうです。


 


 ④地元の権力者と組む ~通いたくなる宇治を目指す~


 


京都府宇治市出身の岸本さんですが、宇治市はリピーターが少ない地域。


ただ、その宇治市を何度も通いたくなる場所にしようと地元と手を組み街づくりに取り組みます。『施主』、『設計(施工)』そして岸本さんの『ディレクション』。5箇年計画で進められるプロジェクトの初めの一歩は、小商いに絞ったアプローチとなりました。


そのひとつに建物の改装途中をあえて見せる見学会イベントがあります。訪問者が建物への愛着を感じ、完成時も必ず見に来てくれるようなファンを増やすことが狙いです。初めて見る改装中の建物に驚く人も多くいたようですが、完成時を想像させる岸本さんの狙いは、興味関心を持って一緒に創っていくという街づくりの楽しさを教えてくれます。


また施主が表立って街づくりに参加してしまうと、京都特有の人との繋がりから難しくなるところを宇治市出身の岸本さんが全体のディレクションをすることで円滑になり、関わる人すべてにメリットを生み出します。


一度地元を離れたからこそ感じる地元の良さをより多くの人に伝えようと、日々前進しています。


そんな岸本さんが全体を通して話していた、ずらしてよかったこと、すらしてイイ事は、


 


『競合せず、協働できる』


『イニシアティブを 取れる』


『応援してもらえる』


『話題になりやすい』


 


目的を達成させるための確信犯的行動は、達成したい想いが強いからこそ考え、


自分なりの挑み方で新しい世界へと進んでいきます。


軸があるからこそ、軸を中心に自分だけをずらす。


岸本さんは建築家になりたかったわけではなく、建物を通して人々の豊かな暮らしや、笑顔を生み出したかったのかもしれません。


でも、一度決めた自分の夢や目標に縛られて、本当にやりたかったこと・大切にしたかったことを見失ってしまうことはありませんか?


大切なことは職種ではなく、自分の軸が何かをしっかり見つけて大切にすること。


自分の感じる違和感やSOSは思っている以上に道しるべになってくれることを再確認させてくれる授業でした。


(写真:榎本善晃 レポート:伊藤扶美子)