シブヤ大学

授業レポート

2008/7/16 UP

            

4月19日、原宿の丘最後の授業は、中島由美先生による「初期伊万里-素朴と創意の日本磁器-」でした。

この授業は、6月22日まで戸栗美術館において開催されている「初期伊万里-素朴と創意の日本磁器-」の展覧会見学をより愉しむために、という副題のもと構成され、初期伊万里の歴史-特徴-終焉と、授業は展開していきました。

■伊万里焼とは
伊万里焼とは、17世紀初頭に佐賀県有田周辺で生産された日本初の磁器の事で、伊万里港から各地へ搬出されていたことから「伊万里焼」と呼ばれるようになったそうです。その中で、伊万里焼の草創期である1610年代頃から、色絵磁器の誕生をはじめとする技術革新を迎える1640年~50年代頃までの作品を「初期伊万里」と総称します。今回はこの「初期伊万里」についてのお話です。

■日本磁器の創始
この日本初の「磁器」が登場するまでは、焼きものといえば「陶器」-肥前地方(現在の佐賀県と長崎県)で焼かれていた唐津焼-が主流でした。この陶器と磁器の違いは、原料です。陶器が粘土をもとに作られるのに対し、磁器は石を砕いた粉を原料としており、陶器と比べて、白くて堅く滑らかな肌が特徴です。この磁器に、コバルトの青で文様を描いた器を日本では「染付」、中国では「青花」と呼びますが、これが中国で誕生したのが14世紀、日本では遅れて17世紀初頭。江戸時代に入って、先行する優れた中国磁器をモデルにして、日本でも磁器、染付が多く焼かれるようになっていきました。これには、この時代、室町の末から江戸の初頭にかけて、国内で焼きものの需要が高まった背景があります。織田信長や豊臣秀吉といった天下人が好んだ「茶の湯」の流行が、当時の人々のたしなみとして広まり、茶会に必要となる器、焼きものがブームとなったのです。さらにこの流れを加速させたのが、秀吉の朝鮮出兵です。各地の大名が、朝鮮半島から引き上げる際に、朝鮮の磁器をつくる陶工たちを連れて帰ったのです。このことから、朝鮮出兵は別名「やきもの戦争」とも言われています。それらが、すでに窯を築き、唐津焼と呼ばれる陶器を焼いていた肥前の地に、日本で始めての磁器を誕生させることとなります。肥前で焼かれた磁器ですが、伊万里の港へ運ばれ、そこから船に積まれて各地へ運ばれ、大阪や京などの消費地では「伊万里から来たやきもの」「伊万里焼」と呼ぶようになったという事です。

■初期伊万里の特徴
「素地の厚さや、器形の歪みなどに技術の未熟さが見られる。染付の発色も暗かったり黒みがかったりと不安定で、また白磁の色も青、灰色がかっているものが多い。素焼きをしないため、裏面に施釉の際の陶工の指跡が残っている。また口径に対して高台が極端に小さい。(授業では実際にこれらの様子をスライド写真で見せて頂きました!)」このように、技術的には未完成ではあるが、それがかえって大らかであたたかみのある味わいを醸し出している、という点が、初期伊万里の特徴のようです。この特徴の理由として、当時の日本にあった「中国の美しい焼きものへの憧れ」があります。朝鮮より連れてきた陶工が、中国磁器の文様を模した焼きものを作ることとなった。となると、形は朝鮮的、文様は中国的、になります。技術的に未完成ではあるものの、この組み合わせが初期伊万里のオリジナルとなった、ということです。描かれる文様は中国磁器や絵画を手本としたと思われる中国風なものが多く、また一部に和風のものも見られます。大胆な筆運びや文様構成に魅力があり、無地の白磁は少なく、青磁も型押しや彫りによる文様が施され、なかには染付を併用したものもあります。釉薬が広がってムラとなった部分を、空、海と想像する、未完成ならではの楽しみのひとつとしてあったようです。器の種類としては、前述の通り、初期伊万里には茶の湯の道具が多く見られます。抹茶を入れておく「茶入れ」、「茶碗」、特に清浄な水を溜める「水指」が清らかな印象のある磁器と相性が良く、多く作られたようです。

■初期伊万里の終焉
17世紀の半ばに、有田の窯場は次々と新しい技術を導入して製品の様相は大きく変化します。安定した染付の色と線、薄い素地、中国式の大きな高台、そして色絵の誕生。時を経るにつれて技術革新が進められて、伊万里は徐々に様式を変化させ、茶の衰退も相まって、17世紀中葉には初期伊万里は姿を消していきました。

ゼロから創り出すのではなく、すでにあるものをアレンジしたり、組み合わせて、より良いものを創り出す、楽しむ。このスタイルはとても日本らしく、現代にもつながるところがある、と、とても興味深くお話を聞かせて頂きました!
戸栗美術館にご興味のある方は是非足を運んでみてください!

(ボランティアスタッフ 伊藤龍平)

【参加者インタビュー】
1.男性(会社員)
感想:「政治的な要因が、形や模様に関係している点が、とても面白かった。朝鮮的な要素と、中国的な要素を組み合わせてできているという点が、とても日本人らしいと思った。普段の生活では聞けない話ばかりなので、また是非参加したい。」

2.男性(自営業)
感想:「中島先生の説明が丁寧で大変わかりやすく、良かった。今回のお話が、伊万里焼の出発点で、『ここは抑えないといけない』という所が詰まっていた。また参加したいと思う。」