シブヤ大学

授業レポート

2023/8/31 UP

渋谷のど真ん中でルワンダを想う。
〜ルワンダで義足を作るガテラさん真美さん夫妻を囲む夜〜

今回の教室は渋谷駅前のShibuya-san。まさにThe・渋谷のど真ん中の会場にルワンダからやってきたルダシングワ ガテラさん、真美さんを講師に迎え、20名の参加者の方々が集まりました。

ファシリテーター兼授業コーディネーターをteamはちどりの高木あゆみさん、授業コーディネート協力をチャリツモの船川諒さんが務め、ルワンダで義足を作るルダシングワご夫妻のストーリーに迫ります。▲Shibuya-sanは夏仕様でお祭りのような雰囲気の中、ガテラさん、真美さんの授業がはじまりました。

ルワンダについて知っていますか?

「その国について学ぶために、まずその国の過去に何が起こったのかを知るべきだと思う」とおっしゃる真美さん。ルワンダのいま、そししてその歴史について真美さん、ガテラさんのお二人から伺いました。ルワンダはアフリカ大陸の真ん中より少し右寄り、赤道直下にある国。内陸国で湿度も低いため暑すぎず過ごしやすい環境なんだそう
(真美さん曰く日本の方がずっと暑い!)
小さな国でありながら自然が多く、マウンテンゴリラを間近に見にいくツアーが有名で、世界中の人がマウンテンゴリラを見にルワンダに訪れるそうです。ルダシングワご夫妻が活動されている首都のキガリは、アクセスや物資調達が非常に便利で、生活面でほとんど不便がなく、とても過ごしやすい街だそう。ルワンダは国を挙げたIT化が進んでいたり、女性の社会進出が急速に進んでいたりと、様々な分野でいま世界中から注目されています。

そんなルワンダですが、「アフリカの奇跡」と呼ばれています。
わずか30年前の1994年、大きな悲劇がルワンダを襲いました。民族対立による大虐殺ルワンダ大虐殺です。この大虐殺に至るまでの歴史は、1959年から始まっているそう。当初から現在に至るまでルワンダの歴史と共に一緒に歩んできたガテラさんに、ルワンダで何が起きていたのかを詳しく語っていただきました。

ルワンダは西洋に植民地化されたことで、もともと1つだったルワンダの民族が分かれ対立が生まれました。植民地支配をしたベルギー政府によって、仕事や外見によってフツ族・ツチ族・トゥワ族と民族を3つに分けました。そして、その民族に優劣をつけられたことで、ルワンダの人々の心に民族の違いが芽生えました。政権に優遇されたツチ族に対し、フツ族が嫉妬や憎しみをもち、フツ族が反旗を翻してツチ族を襲撃するということが1959年から始まりました。他国に逃れることができたツチ族の人もたくさんいましたが、ルワンダに戻りたいという思いを抱えた人々は、当時の事態をよく思っていなかった隣国ウガンダ政府軍と共にルワンダに侵攻することになります。その結果ルワンダ紛争が起き、国内でフツ族・ツチ族間の緊張が高まることとなり、1994年フツ族による大虐殺につながります。約3ヶ月間で100万人もの人々が犠牲になったと言われています。

「虐殺を知らない人にその事実を伝え、教育を行うことで、2度と悲劇を起こさない」固い決意を持ってルワンダの人々が努力を積み上げた結果として、今のルワンダがあるのです。 義足を作って立ち上がってもらう その取り組み

お二人が出会った当時、真美さんはケニアでスワヒリ語の勉強中で、ガテラさんは難民としてケニアにいらっしゃいました。交流を通し惹かれあっていったお二人。ある日ガテラさんが履いていた義足の装備が壊れてしまうことがあり、真美さんは自分が義足を作る勉強をすれば、彼の義足も作ることができると思ったそう。その後、真美さんは、横浜の義肢製作所で5年間トレーニングをし、そのスキルを習得しました。
ルワンダ紛争の際、手足を切り落とされてしまったという人々がたくさんいました。義足を必要とする人は今後もさらに増えるだろうと考え、足を失った人々を支援すべく、1997年ガテラさんと真美さんの義足作りがスタートしたのです。

彼らの初めての患者さんは地雷を踏んで両足を失ってしまった若いトラックの運転手の方で、初めての患者さんだったこと、また手元の材料や道具を補いながらの制作であったことなど、不安が大きかったそうです。それでも、最終的に義足を履いて見せてくれた笑顔を見て、「これでいい。よくできている。」という気持ちを受け取ったと言います。「彼の笑顔がその後の活動の大きな励みになった。」と真美さん。

飲食店を改造した小さな工房からスタートしましたが、その後ルワンダ政府から譲渡された土地を開発し、お二人と地元の人々の手で義肢製作所を作り上げました。 ▲義足をつけ笑顔を見せる患者さんのスライドと共に


スポーツを通じた支援活動

車椅子の競技やパラリンピックへの選手の送り出しなどもお二人は取り組んでおり、2000年には、シドニーパラリピックの際に初めてパラリンピックの舞台にルワンダの選手が出場することができたそう。
障がいのある人たちが、スポーツを通じて交流や自分の能力を知る機会を得ることができ、世界の舞台で、勝ち負けだけでなく、人と出会い刺激し合うことでコンプレックスを感じなくなる等、外の世界を感じ触れる機会を多く創出しています。
障害を負ったことでコンプレックスを持ってしまう人も多いそうです。それまで、できたことができなくなってしまうことへのコンプレックスで思い悩んでしまった人に、「できることもある」と気づいてもらうために、スポーツの支援は欠かせなかったそう。
過酷な試練を乗り越えて

気候変動の影響で、キガリの土地は度々川が氾濫しています。足に障がいがある人々は川が氾濫した後、ルダシングワご夫妻の義肢製作所に来られなくなってしまうため、その都度、お金をかけて舗道の修理をし、近所の人々の力を借りながら水を汲み出す作業を行い、原状回復させることにとりくむような出来事が度々あったそうです。
洪水の危機が迫っていたある日、役所の人が来て、安全のため土地からの強制退去を命じられます。そして、なんとお二人が築き上げてきた製作所の建物を壊されてしまったのです。
「20年間取り組んできたことはなんだったのか」、「まだ義足が必要な人たちはたくさんいる」「前に進むためにはお金が必要」様々な思いが巡り、絶望的な気持ちに襲われたそうです。

「絶望した人間が一番必要なのは、うしろからやりなさいと言ってくれる力」
と真美さん。瓦礫の中で泣いていた猫や、瓦礫を拾い、食い扶持にしている子どもたちに出会ったことで、彼らから生きる強さをもらい、「立ち上がるしかないんだ」という気持ちになったと言います。
「はじめたことをやめることはできない。自分たちがスタートしたことを、製作所が壊されたことをきっかけでやめるという選択肢を取ることはできなかった。最初も何もないところから始まった。やりたいことをいろんな人に伝えて支援してくれた人たちがたくさんにいた。今回もそうだった。その人たちの気持ちを踏みにじることはできない。」そんな思いを胸に、この過酷な状況からお二人はまた前を向き、新しい土地を探し、新しい義肢製作所を再建することを決めました。
再建にあたり日本にも助けを求め、多くの人々の支援で、新たな建物を作ることができたが、素直に嬉しく、人々の助けがあったからこそここまでこられたと、お二人は感じられているそうです。

もともとの製作所があった場所はいまもガテラさんが毎日足繁く通い、木を植えたり、ベンチを作ることで、人々が集う場所として活用されているそうです。
製作所だった時から多くの人が集う場所だったから、それを今後も大切に保っていきたいと思っているとおっしゃっているのが印象的でした。

神奈川県の海外研修員を受け入れる制度で、ルワンダ人に日本で義足を作る勉強をしてもらう取り組みなどを通し、現在は義足を作る技術は現地の人たちもできるようになり、自分自身で工房を持っている人もいるなど活躍しているそうです。今後さらに後継者を作っていきたいと真美さんはおっしゃいました。▲座談会では、参加者の方々から多くの質問が出ました。



私たちが考えていきたいこと

ガテラさんと真美さんは、今後もこの活動を見守って欲しいと訴えました。

ルワンダでは政治の世界でも女性が多く進出していると言います。
性別ではなく、その人がどういうスキルや知識をもっているかを重要視するそうです。国会議員の60%以上が女性であり、次の大統領が女性になるかもと言われているということです。アフリカの奇跡と呼ばれ、世界中から注目されていても、まだまだ歴史は爪痕を残し、いまでも様々な社会問題を抱えているルワンダ。
歴史上の悲劇を2度と起こさないために、若い人を育てていこうという姿勢が見られるそうです。現在で行われている大虐殺の追悼集会では、もともと虐殺を体験した人たちが中心となり企画されていたものでしたが、最近では学生など若い世代の人々が自らの意見を積極的に反映させるような動きも見られていると言います。

「真美さんがルワンダで生活する中で、葛藤や乗り越えたことはありますか?」という参加者からの質問に対し、真美さんは、「最初は近づこう近づこうと自分なりに努力したが、近づくことはできないし、近づきすぎる必要もないと思った。自分には日本人のアイデンティティがあり、それを曲げる必要はないと気づいた。」「どんな人種であってもわかりあうために必要なのは、お互いの文化を尊重し、異なる文化を教え合うということである」と語りました。

対立はどんな社会やコミュニティにおいても起こりうること。相手の文化を尊重し、学び合うことの重要性を改めて今回の授業で考えさせられることとなりました。
遠く離れたルワンダで起こったできごと、そして現在もその社会の復興に大きく貢献しているガテラさんと真美さんの活動を、授業を通し、こうして学ぶことができます。
世界のどこかで起こった出来事を学び、伝え、そしてサポートしたり、自ら行動したりすることは、自分の身の回りの社会をより良くすることにきっとつながるはず。ガテラさんと真美さんの「立ち上がるしかない」という強い言葉に心を突き動かされる思いでした。▲最後に全員で記念撮影


(写真:鈴木夏奈、高木あゆみ(teamはちどり))
(授業レポート:臼倉裕紀)