シブヤ大学

授業レポート

2017/7/13 UP

居心地の良い空間ってなんだろう

世田谷区から渋谷区に切り替わる、生活感溢れるエリア「笹塚」にそのお店はありました。
車や人の往来が盛んな甲州街道沿い。その空間に入った瞬間、静寂で温かい気持ちに包まれたのが印象的でした。
言葉にするなら「フワッ」とした...? 

お店の名前は「Dear All」。
閉店後の後片付けをしながら、優しい笑顔で迎えてくれたコーヒーショップのお二人が今回の先生です。


1.出会いと約束

主に実務を担当している星さんと、バリスタの峰村さんのお二人は中学校からの同級生。企画運営が得意だった星さんと、剣道部の主将で体育会系の峰村さんは、修学旅行先で同じブランドの洋服を来ていたことをきっかけに仲良くなったそうです。

卒業後、アパレルメーカーと飲食店という全く別の世界へ進んだ2人がコーヒーショップという選択を考え始めたのは20代の時。当時、海外留学から帰国後、再び飲食店で働いていた峰村さんは「仕事」に対する大きな悩みを抱えていたそうです。

心配した親友が気分転換に連れ出した軽井沢で偶然訪れた「丸山珈琲」が峰村さんの人生を大きく変えることになるのです。


丸山珈琲で出会ったコーヒーは、峰村さんがこれまで知っていたものとは全く異なるものでした。そして、暖炉をあしらえた暖かな空間は峰村さんの心を包み、優しく癒やしてくれたそうです。学生時代に打ち込んだ剣道以外で、初めて心からのめり込める対象を見つけた峰村さんは、「あの時の味を自分で再現したい!」という強い思いを胸に、独学でコーヒーの知識や技術を身につけていきました。

その後、カフェやケータリング、海外での修行を経て、一人のバリスタとして活躍する様になった頃、新しいビジネスの立ち上げを考えていた星さんからの誘いがあったそうです。

「いつか一緒になにかをやりたいね...」

この瞬間、学生時代に偶然出会った2人の何気ない約束が、コーヒーショップ「Dear All」という形に生まれ変わったのです。



 2.「Dear All」に込めた思い

空間作り、装飾品、機材、コーヒーの選定...。私たちが「Dear All」で出会う1つ1つの体験に、お二人の大切な願いが込められています。それは「とにかく、お客さまに居心地の良い空間を提供したい」ということ。

「お店を始める時、コーヒースタンドは考えていませんでした。それは、美味しいコーヒーを提供することと同じくらいに、人の心に響く、場作りとしての空間を大切にしたかったからです。」

峰村さんのお話の通り、針金でできた「お店のロゴマーク」は小淵沢で知り合った友人にお願いしたもの。椅子や机、カウンター等、お店にある1つ1つの物に、2人がこれまで積み重ねてきた、沢山の出会いや経験といったストーリーがありました。

「笹塚は渋谷区なんですけど、まだまだ知らないことが多いんです。意外かも知れませんが、Airbnbも多く、ホストさんの紹介で海外のツーリストが美味しいコーヒーを求めて来てくれます。そして、なにより地域密着の場所なんです。」

一年前に始めたこのお店。実は、開店から2ヶ月後にはお客さんが全く来なくなってしまいました。

そんな時にお店に来てくれた地元のお婆ちゃん。椅子の座り心地が硬い、机の高さが合わない、窓にカーテンをつけた方が良い...などなど、2人が細部までこだわった内装に次々と注文をぶつけたそうです。

少しでもさぼったらお客さまに分かってしまうし、お客さまに対して絶対に手を抜いたらいけない。1杯1杯のコーヒーを大切に、お客さまの1人1人に丁寧に。星さんと峰村さんは、この言葉を繰り返し確認してきたそうです。

「コーヒーショップは、コーヒーを提供することだけではいけないと思っています。そこに特化してしまうと物事の本質が見えなくなってしまう。3ヶ月目にはお客さんが戻ってきてくれましたが、理由は分からないんです。ただ、このプロセスが今では大切だったと感じています。」

座布団を準備したり、一緒に何気ない話を楽しんだり...と、そのお婆ちゃんとの素敵な交流は、その後1年間も続いたそうです(笑)

峰村さんの言葉や考え方は、軽井沢で偶然出会った、1軒のコーヒーショップでの体験から湧き出ているものだと感じました。
 

店名は「DearAll=みなさんへ」。

僕がお店に入った瞬間に感じた、あの「フワッ」とした感覚の生まれた理由が、少し分かった気がします。


3. カッピング体験

授業の最後はコーヒーのカッピング体験。

みなさんは「カッピング」という言葉を聞いたことがありますか? ワインの品質を判断する際の「テイスティング」。あのイメージで想像してみてくださいね。

「Dear All」は、コーヒー豆が生産された瞬間から、お客さまの口に届くまでの品質管理に徹底的にこだわった「スペシャリティコーヒー」を提供するお店。コーヒー豆は生産地の土壌や気候、焙煎時間等の違いで風味や味が全く違ってくるので、お店で提供するコーヒーを選別する際に、この「カッピング」がとても重要なプロセスになってきます。



コーヒー豆の「種類」や「焙煎時間」の違いに応じて、複数のコップに分けられたコーヒーの甘味や苦味等を、香りや味で瞬時に判断していくのですが、ここは人間の感覚の領域。長年の経験や知識が物を言います。



今回の授業ではエチオピア産の3種類のコーヒーを使って、生徒のみなさんにも「カッピング体験」をしてもらいましたが、これがなかなか難しい...。違いが分からず顔をしかめる生徒さんがいた一方、「味が優しくなった」というセンスを感じるコメントもでてきたのが驚きでした。



「エチオピアでは、日々の食事もなかなか確保できない人達が、赤ちゃんを背負いながら、コーヒー豆を一粒一粒手で摘んでいます。そして、お客さまに美味しいコーヒーを届けたいという、沢山のプロフェッショナルな人達の手を通って、このお店に来ています。僕達のお店で提供しているコーヒーは安くても450円程度しますが、決して高いものだとは思っていないんです。」

「スペシャリティコーヒー」を提供するお店では、そのお店のバリスタさん達が厳選したコーヒー豆が、データやエピソードと一緒にお客さまに案内されているそうです。みなさんが訪れたお店でも、一度探してみてはいかがでしょうか?

今回の授業のタイトル「居心地の良い空間ってなんだろう」。
その答えの1つが、この笹塚の小さな空間にありました。



(レポート:奥住健一、写真:竹原 舞)