シブヤ大学

授業レポート

2015/2/5 UP

子どもの創造的な学びをつくる
~NPO法人CANVASの現場から~

「子どもの想像力×大人の創造力=未来をつくる」


 今回の先生は、NPO法人CANVASを運営する石戸奈々子さんです。
先生のお話を聞く合間に、参加者のみなさん同士で感想や考えをシェアしながら授業が進んでいきました。


 石戸さんは大学卒業後、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボに参画されていました。MITの講師陣、学生は性別・年齢・出身・専門分野が多種多様。様々なバックグラウンドを持つ方々がオープンにフラットにアイデアをぶつけ合っていたそうです。そこでは「demo or die」(デモか死か)という言葉が語られ、思いつくだけでは評価されず、実際に技術を開発し、動くデモを生み出してはじめて評価されます。そして「デジタルの恩恵を一番受けるのは途上国と子どもたちである」という考え方のもと、技術を現場に持っていき普及させる活動にも熱心でした。そんなMITの、常に新しいものを作り続ける姿勢やそれを普及させていく活動に感銘をうけた石戸さんは、メディアと子どもの研究所をつくり、ツールや方法論を開発してきました。日本でも、一方的な詰込教育から新しい技術で子どもの創造力を発揮させる環境をつくろうと取り組んでいる人はいるものの、それらが全国に点在していてなかなか線に繋がらない。そう気づいた石戸さんは、デジタル世代の子どもたちの創造的な学びの場を推進する団体CANVASを立ち上げました。


■今の子どもたちに必要な「創造力」と「コミュニケーション力」


 駅の自動改札や銀行のATM、高速道路のETCなど、かつては人が行っていた仕事がどんどん機械に置き換わっています。2011年に小学生だった子どもの65%は、大人になった時に今はまだない職業に就くという話もあります。どんどん変化するこれからの世界を生き抜く子どもたちには、どんな力が必要なのでしょうか。
 石戸さんは「かんじる(心)→かんがえる(頭)→つくる(体)→つたえる」という全身で学ぶ力ではないかと話していました。そんな力を育むため、CANVASでは様々なワークショップを開発・実践しています。


 デジタル時代の新しい学びをファッションショーのようにポップに伝えたい、という思いをもとに、2004年から年に一度、「ワークショップコレクション」というワークショップの博覧会が開催されています。2013年度は全国から100のワークショップが集まりました。そのひとつに、CANVAS設立当初から取り組まれていた「プログラミングワークショップ」があります。2013年には、普段「ゲームで遊ぶ」子どもたちがゲーム作りのしくみを学び「ゲームをつくる」ことにチャレンジしました。昨今、ものづくり・表現の手段のひとつとしてプログラミングが身近になってきました。それを学ぶことによって子どもたちは粘土やクレヨンと同じように、表現手段の一つとしてプログラミングを使うことができます。ワークショップの目的はプログラミング「を」学ぶこと(コードを書けるようになること)ではなくプログラミング「で」学ぶこと。プログラミングを通じ、論理的に考え、他者と協力し、新しい価値をつくる力を養ってほしいと石戸さんは続けます。


 2012年からは「被災地の復興のためには地域の人材育成が必要」ということで宮城県を中心に「プログラミングワークショップin東北」として展開しました。さらに2013年に、CANVASはGoogleと協力してプログラミング学習を本格的に全国に広げるプロジェクトをスタートさせました。このように、CANVASは活動の啓発・普及を大切にしているそうです。


■地域で学ぶ


 CANVASでは2007年に「キッズ地域情報発信基地局」を開局しました。拠点は谷中・根津・千駄木の通称「谷根千」。近所に住む小学生たちが集まり、地域の洋服店や家具工房、老夫婦のもとなど、自分たちで選んだ場所へ取材に出かけます。毎日ブログを更新、毎月ポットキャストでインターネットラジオ番組を配信、隔月で地域新聞を発行、半年に一回映像番組を制作、というように様々なメディアで情報を発信するそうです。
 
 この活動には3つの目的がありました。
 1つは情報を「消費する」のではなく「つくる」こと。子どもたちは、地域の取材やコンテンツ制作などの実践活動を通じて情報を収集・編集・発信する力を身につけます。
 2つ目は体験を通じてICTリテラシーを学ぶということ。「取材で撮った顔写真を勝手にアップしてはいけない」(肖像権)、「ポットキャストで勝手にCD音源を使ってはいけない」(著作権)ということや、取材先のことを悪く書くと取材に対応してくれた人を傷つけるというネットの先にいる人を思いやる気持ちなど、「やってはいけないこと」も学びました。
 3つ目はICTを活用した安全安心まちづくりをすること。多くの人はGPSつきのケータイを持たせて子どもたちを監視して安全安心を守ろうとします。そのようにICTを監視ツールとして使うのではなく、子どもたちが地域への理解を深め、地域の人と交流するツールとして使うことで、地域が活性化し、本当の意味で「安心安全まちづくり」ができるのではないでしょうか。


 基地局の活動ではネット、映像(放送)、新聞と異なるメディアを使います。また、デジカメやケータイで取材する子どももいれば、ノートと鉛筆を使う子もいますし、ネットで町のことを調べるかたわら実際に足を運んで取材もします。そのようにアナログとデジタルは対立するものでなく、共存するもの。それらを組み合わせて使うことで自分の表現をつくりだす。基地局では子どもたちによってそれが実践されているようです。


 ■新未来学「未来はつくるもの」


 石戸さんには、まだまだ次の10年で取り組みたいこと(CANVASテーマパーク会館オープン、ワークショップコレクション海外展開などなど)があるそうです。そして最後に「新未来学」というものを教えてくださいました。「新未来学」は未来はこうなるという予測ではなく、みんなのこうしたいという願いを集めた学問。でも大切なのは願うことではなく実現すること。頭のなかで想像して実際につくり出すこと。子どもたちの想像力と大人の創造力をかけ合わせて、新しい未来をつくっていきたい、そんな希望あふれる言葉で授業は締めくくられました。


  授業では他にも、ここには書ききれない程の様々なワークショップや、大学・企業・地域と共に開催した学びの場の実践例が紹介されました。私にとっては、初めて知る新しい情報満載のスピード感のある授業でした。
 デジタルネイティブではない私にとって、新しいテクノロジーの力は「がんばってついていかなくちゃいけない」ような少し脅威的な存在でした。でも、それは私の中でアナログとデジタルが対立するもの、どちらかに完全移行しなければならないものだったからかもしれません。アナログとデジタル、バーチャルとリアルを組み合わせて、新しい自分の表現をつくっていく、という石戸さんのお話は、聞いていてとてもわくわくしました。今の常識が10年後の非常識になっているかもしれないのは不安もあるけれど、よく考えたら10年後がわかってしまうほうがつまらないですね。私自身も変化しながら、自分たちが迎えたい未来をつくっていきたいです。


(写真:榎本善晃/レポート:中野恵里香)