シブヤ大学

授業レポート

2013/6/25 UP

「知の広場」としての図書館のあり方

「日本滞在の最終日、皆さんにお会いできたのを嬉しく思っています。」
と、終始笑顔のアンニョリさんを先生にむかえ、はじまった本授業。
『優しき生の耕人たち』でアンニョリさんを取材された、演出家・アーティストの多木陽介さん司会/通訳のもと、130名もの生徒さんが受講されました。

授業は、来日された感想・海外の事例紹介・質問への回答の3部構成。著書『知の広場』に書かれていない内容を中心にレポートします。


■来日された感想

日本のシステムとイタリアのシステムは非常に似たところがあると感じました。
公共図書館のシステムは古びており、その中で働いている司書、また利用者も今後どうなるのか不安に思っています。

テクノロジーが進歩すると図書館は危うくなると思う人もいますが、私はそうは思っていません。問題は、テクノロジーや本当の意味での知識を使えない人が多いということ。日本もイタリアも読書量が激減しており、図書館で働いている人もまた、進歩についていけていない現状があります。

日本でも新しいタイプの図書館ができているし、今回の訪問で多くの図書館を見ました。特に大学図書館が印象に残っていて、学生だけでなく街にも開こうとしている点で優れていると思いました。私が考える良い図書館というのは、設計された建物と文化的な意味での図書館、その間に良い関係性があるかどうか、だと思っています。建築家だけが考えた美しい図書館というものでは意味が無く、図書館員や利用者とともにつくるということが重要になってくると思います。

また、公共図書館が民間に委託する、という方法が始まっているというのもまた、イタリアには無い新しい取り組みだと思っています。ただ、委託という事に関しては図書館員も考えなければいけないと感じています。図書館とともに、図書館員も存在意義というものがなくなっていってしまうからです。

今回本の表紙にもなっている、サラ・ボルサ図書館の“サラ・ボルサ”という名前は、イタリア語で“証券取引所”という意味で、改修前まではそういった用途で人々に知られていました。新しい建物を建てない事が基本となる、という意味でも日本とは異なると思います。サラ・ボルサ図書館では、奥にあるカウンターまで仕切りが無く、人々が自由に行き来できるようにしています。日本の図書館は必ずカウンターが出入り口にあったり、ソファが一列になっていたりする点には不自由さを感じました。私の本が日本語訳をしてもらえることになった理由も、このあたりの自由度にあるのかもしれません。


■海外の事例紹介

居心地の良い場所の条件とは?
・木や噴水があり、自然を感じられることができる
・朝から晩まで色んな事ができる(朝はマルシェができ人々が行き来する、晩はベネチアのカルチェラタンのように学生が集まってにぎわいをみせる)
・ ベンチが配されていて、誰もが座ったり寝転んだりする事ができる

図書館の事例紹介では、車輪のついた書棚、健康用のサイクル、大きなチェス版のモニュメント、寝転ぶ事を用途としたソファなど、日本では考えられないユニークな取り組みがスライドで紹介されました。

※この具体事例は、アンニョリ氏著『知の広場』に詳しく解説されていますので、そちらをご覧下さい。



■ アンニョリさんへの質問と回答

Q.図書館におくべきである本/置くべきでない本の区別はありますか?

A. 私自身は、図書館に置けない本は無いと思っています。 国別の違いとしては、イタリアは憲法に反するものは置けません。また、図書館によってはマンガを置くべきではない、性教育に関するものは置くべきではないというところもあります。また、アメリカでは市民が載せたリストを参考にしているところもあります。例えば『トム・ソーヤ』ですら黒人に対する差別が描かれているとして置けない図書館もあります。私が考える図書館員の仕事というのは、政治家からの圧力があった場合、図書館が宗教的/人種的/政治的に自由な場であるように戦うことだと思っています。


Q.古い図書館において図書館員の意識を変革する方法を教えてください。

A. 図書館員の意識の変革は一番難しい問題だと思っています。なので、プロジェクトを作って階級/役割関係無しに、一緒に食事をしながら図書館全体について考える時間を作っています。これは他の仕事にも言える事かもしれませんが、長年同じ職場にいてもお互いのことを全く知らない事が多いからです。また、図書館員が自分たちの世界にこもることを辞めるのも重要だと考えています。市民と向き合うことによって思いがけないアイディアを思いついたり、プロセスを共有することができるからです。


Q.図書館は色んな地域にありますが、図書館同士の連携についてはどう思いますか?

A. 図書館を考える上で重要かつ、基本的な事だと思っています。似た属性をもった図書館だけでなく管轄が違う図書館との連携も必要だと感じます。具体的な事例でいくとロンバルディアが良い取り組みをしています。選書、購入、目録づくり等を中央のセンターで行うようにしており、クオリティの高い情報をいかに流して行くか考えたとき、これは重要な方法と言えます。


Q.どうして図書館に関わる仕事を選んだのですか?また、日本で一番好きな図書館は?

A. 図書館員になったのは、全くの偶然ですが、人が好きだからです。本を読む人ならばより好きですが、読まない人とでも話す事が好きだからです。 一番好きな図書館については、どれが一番とは言えないですが、どの図書館も刺激的でした。とくに大学図書館は素晴らしいと思いました。また、パブリックな図書館で建築的に素晴らしいが文化的にどうか?と思うもの、古い印象が残るものもありました。あえてひとつ、印象に残っている図書館をあげるとするならば、明治大学の和泉キャンパスの図書館は良い図書館だと思いました。理由としては、図書館員が携わったプロジェクトであると感じられたからです。


Q.従来にない価値を提供する際、プロジェクトを推進するのは大変だと思いますが、どんな工夫をしていますか?

A. 新しいプロジェクトに携わる際に、蛮族が来て更地にするようなことはしません。その土地、その場所に関係して重なっていくものをイメージします。ただ、こうすれば絶対に良いと思う時はそうするようにしていますし、建築家とぶつかる事もあります。具体例を挙げると、ゴミ焼却場をリノベーションする際、当初は機能別に3つの部屋にわかれたプランでした。しかし、小さい街においてそれは必要ではないと思い、最終的にはすべての部屋がつながった開放的なプランを提案しました。


Q.日本の本の価格は安いと思うのですが、そのせいか欧米の本にくらべて品位が足りないのではないかと思う事があります。このあたり、どうお考えですか?

A. 品位、というのは中身についてか、パッケージデザインについてかわからないのですが、価格についていうと、19ユーロがイタリアの本の平均額です。ですが、経済的な影響もあり現在は99セントで古典文学を売っておりそれが成功しています。紙も装丁もよくないですが、悪い本とはいえないと思っています。


Q.コミュニケーションの場として家具・建築以外で大切にしている事はありますか? イベントなどを催したりするのでしょうか?

A. コミュニケーションには様々な側面があると思っていて、建物や家具がどういったメッセージを送るかは重要だと思っています。たとえば、日本のように入ってすぐにカウンターがあれば入ってきた人をコントロールしたい、という意図を感じられます。日本の図書館は良い部分もありますが、禁止事項が多すぎるのではないかと思いました。イタリアでの事例で問題がおきないかと言えば、勿論そんなことはありません。毎日5000〜8000人の人が行き来する図書館は街の一部がそのまま入ってきている状態であり、矛盾も問題もあります。しかし、そこには言葉や標識にしない不文律の規則があり、11年間運営してきています。開館時間や活動の時間割があることはそれに役立っています。
また、イベントに関して言うと、図書館の中で考えるのではなく外に出て口伝いの噂や、商業施設での会話をもとに考えます。一番大切なのは、市民と一緒に働くという感覚をもつということだと思います。


Q.図書館設立で一番苦労した事は?

A. 市民と働いている時には問題は出てきません。建築家と対立する事はあります。しかし、一番やっかいなのは、図書館員の意識を変革させることです。


Q.図書館は経済の役に立たない、という意見にどう対処しますか?

A. イタリアにも文化では食って行けないと言った大臣がいます。しかし文化活動を大切にしている北欧の状況は逆です。経済危機に陥っている西洋に対してもデータとして反論できます。それに、フランスのルーブル美術館にはたくさんの入場者が訪れますが、それでも年間運営費は半分しかカバーできていないのが現状です。しかし誰も商売にならないから閉めろとは言いません。図書館は決して贅沢な物ではありません。学校や病院と同列の物であるという認識を持ってもらう事が大切だと思っています。そのためには、わずかな人のための場所ではなく、全ての人に利用してもらう場所にするために戦っていかなければならないと思っています。情報にアクセスすることは重要ですが、我々は今本当に価値のある情報を手に入れる事ができているのでしょうか?私は未だかつて人々が無知だったことはない状態にあると感じています。自分たちの仕事が本を貸す事のみであるという事になったら、図書館は終わりであり、どこの市や町も売り飛ばしてしまうでしょう。


Q.地方の協力を金銭的に得る為にはどうすれば良いとお考えですか?

A. イタリアは公共のお金で図書館ができており、基本的に私自身がお金をとってきたり、そこまでの権力はありません。しかし、図書館が本を貸すだけでなく今までとは違った機能を持っていることは伝えています。日本においても個人個人が閉じこもってしまっている現状において、外に出て行くきっかけとして図書館は重要ではないかと思います。


Q.(イタリアの方から)『知の広場』が日本語に訳され成功をおさめたことや、渋谷という消費文化のまっただ中でこれだけの人が集まっていることに驚いているし、同時にとても嬉しく感じています。休日、商業施設だけでなく、図書館に人が行くようにするにはどうすればいいと考えますか?

A. 今回、来日して色々な場所で講演してきましたが、渋谷だけでなく他の場所においても同じくらい多くの人が集まってくれ、大変嬉しく思っています。それはつまり、物質的豊かさには無い、人々の間にある大切な場所といった概念が重用視されているということの現れなのではないでしょうか。また、今後変革を現実のものとしていく為には、政治の場に議題としてもっていかなければならないと思っています。政治家が公約の中に図書館を入れてくれるわけがありませんから。実際に本に関わる人が中心となって署名を集めたところ、多くの署名が集まりました。ボトムアップでやっていくことは勿論大切で、さらには政治の世界で自分たちの仕事として取り組んでくれることが重要だと思っています。事例をつくり、行政官をつれていって、これほどの効果があるとみせること、それはとても難しいことだけど、決して諦めてはいけないと思っています。



3時間におよぶ講義型の授業だったのですが、パワフルに話すアンニョリさんは色々な切り口からお話をして下さり、最後は生徒さんから拍手がおこる素晴らしい授業になりました。
ふせんに書かれた質問は時間内に答えきれず、イタリアに持って帰って返答してくれる、という思いがけないサプライズもあり、アンニョリさんからは熱意と人を動かす魅力を感じました。
アンニョリさんからの回答が届きました!

皆さんは何を感じた授業だったでしょうか?私は学生時代、司書研修を受けた際「そんなに頑張らなくていいから」と言われ、とてもやるせない気持ちになったのを思い出しました。今は別の仕事についていますが、アンニョリさんが語られたスタンスはどの仕事にも共通している、場のあり方のように感じました。この授業を通して、自分ごととして考えるきっかけになればと思います。

(ボランティアスタッフ/花輪むつ美)