シブヤ大学は、
“見つける学び場”です。
シブヤ大学は、まちのあらゆる場所を教室に、多様な授業を開催しているNPO法人です。
2006年の開校以来、開催した授業は1,600講座以上。これまでに45,000人以上が参加しています。
新着授業
誰でも参加できます!

対話型トレーニングで"デモクラ筋"を鍛えよう!
〜デモクラシー・フィットネス〜

ラッコのように生きる
〜かわいらしく、たくましいラッコの世界へ~

初めてのアドラー心理学
~人間関係が楽になる心の処方箋

「今夜は、無礼講。2025」~お座敷あそびは奥が深い!

「見つける学び場」を一緒につくろう!
〜"問い"であそぶワークショップ〜

あなたの「気になる」を考現学的に体験してみよう!
最新授業レポート
終了した授業の内容をお伝えします

「見つける学び場」を一緒につくろう! 〜"問い"であそぶワークショップ〜
渋谷のまちをキャンパスに、誰もが気軽に参加できる学びの場を運営してきたシブヤ大学は、来年で20周年を迎えます。私たちは時代とともに学びの場のかたちを変えながら、「いま自分たちがほしい場」をつくる活動を続けてきました。4月、新学期!ということで、そんな場を一緒に作る仲間を募集するイベント、『「見つける学び場」を一緒につくろう!〜"問い"であそぶワークショップ〜』を開催しました!シブヤ大学では、「”今自分が受けたい授業”をつくること」を大切に、ボラスタが中心となって授業を企画しています。その多くは、ボラスタ同士の会話の中から生まれる小さな「問い」から授業になっていくものも少なくありません。当日は、そんな「授業になるもっと前の段階」の、日常で感じる小さな「問い」を、皆さんと一緒に楽しむ時間となりました。ワークでは、以下の「問い」が生まれました。「ノンアルなしでも作れるサードプレイスの作り方とは?」「自分らしく生きたいと思うのはなぜ?」「なぜ結婚するのか?」「人はなぜ働くのか?」「いま私に必要な筋肉とは?」「外国で働くのってどういう感じ?」グループごとに問いを発表すると、「おお〜」と歓声が上がるシーンも。世代を超えて、時間ギリギリまで大盛り上がりでした!話し足りない〜!この中からも、新たな授業がたくさん生まれそうです。(写真:鈴木夏奈、小林大祐)

あなたの「気になる」を考現学的に体験してみよう!
春の訪れを感じる3月15日土曜日、幡ヶ谷社会教育館に続々と参加者が集まってきます。本日は楽しい街歩き!ですが、皆さん心なしか少しばかり緊張したご様子。それもそのはず、実は「考現学」というあまり聞き慣れない学問について調査、発表する街歩きなのです。教室に入ると椅子だけがランダムに並べられていて、期待と不安を胸に授業開始を待ちます。全員揃ったところで、まずは本日の4名の先生がニックネームで自己紹介。次に参加者の自己紹介でもニックネームで呼び合うことで、一気に和気あいあいムードに。次に先生が考現学という馴染みのない学問について、スライドを使いながらわかりやすく説明していきます。考古学との比較、考現学の歴史や、これから始まる屋外での考現学的観察のポイント等の説明について皆さんとても興味津々。説明が終わり熱量も高まってきたところで、近くにいた参加者同士で3~4人のグループを組み、そこに先生が1名つきます。計4グループが結成されたところで間髪いれずに颯爽と街へと飛び出していくスピード感!はたしてこれからどんな街歩きになるのでしょうか!? 本日の調査場所は、幡ヶ谷社会教育館に隣接する、六号通り商店街と六号坂通り商店街の2つの通り。大通りを挟んで南北に延びるこの2つの通りを2グループずつ分かれて、約30分間調査していきます。まず、大通りから南に延びる六号通り商店街のあい先生のグループでは、商店街を歩きながら観察する参加者もいれば、立ち止まって熱心に定点観測する参加者も。村田先生のグループでは、参加者の方がそれぞれ興味のあるものを早々に見つけて、それぞれが自由に商店街を歩いていくスタイル。参加者の皆さんは熱心にメモを取ったり写真に収めたりしています。まさに、調査のやり方や着目点も十人十色、といった様子です。 続いて六号坂通り商店街。こちらはその名の通り、大通りから北に向かって緩やかな下り坂が続いています。ケーシー先生のグループでは、商店街の入口の時点ですでに盛り上がりを見せている様子。先生の考現学的ポイントを聞きつつ、それぞれが興味のあるものを観察。とてもまとまりのあるグループという印象です。じゅん先生のグループでは、グループ内に近所にお住いの方がいて、これぞ街歩きの面白さ!というものを実感します。途中でケーシー先生のグループと遭遇し、お互いにどんな視点で調査しているのだろうと気になりつつ通過。そしてなにやらアパートの壁のガスメーターをじっと見つめているじゅん先生。先生も参加者の皆さんも無我夢中で調査して、気づけばあっという間の30分!皆さん足早に幡ヶ谷社会教育館へと向かいます。 休憩を挟んで教室に戻ると、すでに大きな机がグループごとに並んでいて、「わたしの発見シート」というA4の紙が置いてあります。これからの15分間は、この紙に観察して気づいたことを自由に書き込む時間。参加者の皆さん、最初は少し苦労しているのか静まり返った様子でしたが、記憶を辿りながら段々とペンを走らせる音が聞こえてきます。メモやスマホに収めた写真を見返しながら、熱心に書き込んでいる様子。 アウトプットの時間もあっという間に終わり、次はそれぞれの参加者が席を立って他の参加者が書いた発見シートを見て回り、気づいたことを付箋に書いて発見シートの近くに貼っていきます。文字だけでまとめている人、マインドマップのように言葉を繋げている人、スケッチのみの人と、表現方法やまとめ方は様々。豊かな表現方法や自分とは全く違う着眼点を見て、どよめきや感心の声があちらこちらで沸き起こっています。まず六号通り商店街のグループでは、建物と建物との隙間に着目した参加者や、傘を持っている人の数、停めてある自転車の数と種類や犬を連れている人と犬種を数えた人も(なんと犬種は全て異なるという結果に…!)。また、和服率の高さを調べた人がいましたが、近くに和服関連の施設があるのかも気になります。また六号坂通り商店街は、建物の素材や色に着目する人、ハチペイなど電子決済に注目し、その表示に注目する人、そしてなんと虫の視点で地面のタイル模様に着目する人も。また建物も面白く、2階建ての建物の1階には柔らかいフォントのお店で、2階には事務所が多いのか明朝体等のかっちりとした印象のフォントなど、看板のフォントに着目した人や、お店のダクトの形状の違いをスケッチだけで表現していた人も。たとえスケッチだけでも、言わんとしていることがなんとなく伝わってくるという面白さがあります。 付箋をつけながらこれは是非皆さんの考えを聞きたいという欲求が最高潮に達したところで、ついに発表タイムへ突入!4グループ1人ずつ発表していきます。まず同じ風景を見ているにもかかわらず、誰一人として同じ視点ではないという驚きと、そもそも他者の視点を知ることができて、それぞれの人となりがわかるという面白さ。発見シートに書かれてあるスケッチや言葉ではわからなかった部分も、発表を聞くことで腑に落ちる部分もありました。また、他の参加者の発見シートを見て自分とは違う視点で面白いという感想や、自分も違う表現方法にすればよかったという意見も。ちなみに、アパートの壁のガスメーターをじっと見つめていたじゅん先生、二つ並んだガスメーターの表示形式がアナログ式とデジタル式という違う表現方法で面白い、という種明かしをしてくれました。 今回の考現学という視点での街歩きを通して、考現学という学問が日常的でとても身近なところにあるものだと気づきました。六号通り商店街と六号坂商店街で街の特性があることもわかり、街の細やかな部分を知ることで、街全体の魅力の再発見にも繋がっていくとも感じました。また、観察している人自身を観察することによっても新たな発見があり、街の風景、その場所での人の生活、それを観察する人、その全ての振る舞いを俯瞰して見ることで、考現学がさらに魅力のあるものになったのではないかと思います。 (授業レポート・写真:諌山俊之、グループレポート・写真:久保田真理、隅谷宗男、諌山俊之、竹田憲一)

マイ・リトル・ブッダをつくろう! 〜お仕事編〜
「マイ・リトル・ブッダをつくろう!」の授業は、今回が3回目。この授業は“授業を通じてブッダの教え(仏教)を学ぶことで明日からの人生をちょっとだけ生き易くすること”を目的にしています。マイ・リトル・ブッダとは?と思っていた私は、今回初めて参加しました。これまで開催されたシリーズでは「人付き合い編」などがありましたが、今回は「お仕事編」。どんな授業になるかわくわくしながら参加しました。これまでの授業はこちら第1回→マイ・リトル・ブッダをつくろう!〜仏教の考え方を日常に活かしてみる〜第2回→マイ・リトル・ブッダをつくろう〜人付き合い編〜3月なのに寒い日となった土曜日の午前に、授業は始まりました。さまざまな生徒さんが集まるシブヤ大学ですが、今日の参加者の中には前回のマイ・リトル・ブッダの授業に参加したリピーターの方も複数いらっしゃいました!まずは先生から、仏教に関するレクチャーを受けます。日本に住んでいるとお寺や法事などで身近に感じる機会もある仏教ですが、どんな教えがあるのか具体的に意識したことがない方もいるのではないでしょうか。レクチャーの中では、一切皆苦(すべてのものは苦しみである)や縁起(すべてのものは因と果による因果の法則によって成立している)など、聞いたことがあるような言葉も含めて、ブッダが悟るまでの流れや教えについて説明がありました。私が気になったのは、諸法無我です。すべてのものにおいて「私」は存在せず、その関係性において存在している、というものです。「私」は絶対ではなく関係性の中で移り変わっていく、ということが腑に落ちるような、もう少し考えてみたいような感覚で聞いていました。そして、様々なお仕事の悩みに対して「こんなとき、ブッダならこう言うね」を会話形式で紹介してもらいました。ブッダが相談者として答えてくれると、なるほどそうか!と思わせてくれます。たとえば、「どうしても合わない人がいてうまく付き合えません。同僚なので関わらないわけにもいかず、モヤモヤします。」というお悩みなど。(あるある!と思う方もいるのではないでしょうか。)ここでやっと、マイ・リトル・ブッダとはこんな相談者を自分の中に持つことだと実感を持ちました。 ここからは、自分の煩悩と向き合うターンです。先生からは、欲と煩悩についてお話があり、不快をもたらす欲(煩悩)をなくしていこう、とお話がありました。今回の授業の案内には、「仕事の悩みや煩わしさを抱えているエピソード」が持ち物として記載がありました。各自で持ってきた自分の悩みや煩悩を書き出すと、これが結構出てくるのが困るところです。私は、仕事の中での評価を他人と比較してしまうことや暮らしの中での家事(はたらき)が理想とは異なることなどがぽろぽろと出てきました。みんなはたらいて生活をしていれば、いろんな煩悩があるものですよね。グループで共有すると、みなさんかなり熱く盛り上がりました。分かるな~と思うことがあったり、大変ですね…と思うことがあったり、はたらくことに対する悩みは尽きないし共感できることも多いのだと感じました。 そして、その悩みに対してマイ・リトル・ブッダに語りかけ、各々が戒律をつくります。これまでレクチャーにあった考えを参考にしながら、自分の煩悩にどうブッダが回答するか考える。なんとなく、ただただ一人で悩んでもやもやするときとは違う、開けた道に向かうような気持ちになっていきました。自分の考えた回答と戒律をみんなで共有すると、様々なマイ・リトル・ブッダがあらわれます。僕のブッダならこう答えるかも、など、ブッダのいろんな考え方の中で何を選択するかに個人の考え方や個性があらわれるような気がしました。先生からも「対機説法」という考え方を紹介してもらいました。仏教では相手の状況に応じて教えを説くという考え方があり、人によって、状況によって説かれ方は変わるものなのだとのこと。まずは仏教的な正解を気にしすぎずに向き合ってもらえると良いとのコメントがありました。また、諸法無我とも絡めて「無我と言っているが、私に向き合うことは否定していない」と先生から共有があり、この考え方を知れてよかったなと思うとともに、自分の中にも持っておきたい考え方だなと感じました。 最後に、前にも授業に参加したことのある生徒さんの戒律を聞いて、先生からは「マイ・リトル・ブッダが育っていますね」と。自分の中でマイ・リトル・ブッダと語り合い続けることで、育てていくものなのかもしれません。この授業を受ける前にはよくわかっていなかったけれど、仏教の、ブッダの教えを知ることで、自分のよりどころとなるような考え方を手に入れられそうな気がします。 これからは、マイ・リトル・ブッダを育てながら、引き続き悩みながら、もやもやしながら、日々はたらいて過ごしていこうと思いました。シリーズで展開されるこの授業、次回はどんなテーマになるのか楽しみです! (レポート:菅井玲奈、写真:鈴木夏奈)
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