授業レポート
2016/1/7 UP
何も言わずに伝える?!
~雑誌一冊を通して伝えるメッセージ~
(好奇心の向こう側 ~編集するということ〜)
みなさんは、雑誌を読むとき、どのページから読み始めますか?
私はなんとなく巻頭特集から見始めて、気になったページでいったん止まって読む…気がします。というか、これまで自分が雑誌をどう読むかを意識していませんでした。
でもこの授業に参加された方は、目次から読まずにはいられなくなったのではないでしょうか?
川村容子さんを講師にお迎えした今回の授業は、実際に雑誌の目次をつくってみることで、"編集"を体感する時間でした。
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川村容子さん
1976年、株式会社流行通信入社。 「流行通信」編集部、および「STUDIO VOICE」創刊を経て、79年、フリーランスに。 「BRUTUS」「25ans」「Gals Life」「WITH」等の雑誌エディター、CMスタイリスト、FM音楽番組の制作などに携わる。 その後、株式会社流行通信に再入社し、82~89年、「流行通信」編集長、89年、編集局長。同年、文藝春秋に転職し、「クレア」創刊。 以後、月刊「文藝春秋」、文春新書の各編集部、季刊「文藝春秋SPECIAL」編集長、クレア局出版部部長を勤める。 2014年から東京大学高齢社会総合研究機構の広報を担当する。
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経歴を見ると“あ、あの雑誌も川村さんが!”と思うほど、そのお仕事は多岐に渡ります。川村さんのつくる雑誌からは、とりつくろわずに本音を語る潔さを感じます。しかも、深刻になりすぎずどこか物事をおもしろがっている。
例えば…
・「un・un」→「 an・an」のパロディ。「かつて拒食症になった(と噂される)宮沢りえさんが「病気」特集の表紙を飾っています…!
・「ケイコにマナブ」→元ネタは「ケイコとマナブ」。岸恵子、藤恵子、竹下景子、松坂慶子…ケイコさんには学ぶところが多い。
・「家庭悲報」→「家庭画報」に似ていますが、表紙の女優・室井滋さんの表情が悲しげです。
・「オイール」→オイ=老い。成熟した元オリーブ少女向け?!
・「OL6年生」→OLも6年やってりゃ色々あるよね。「小学6年生」ならぬ、「OL6年生」。
↑見難いですが、スクリーンに映っているのは「家庭悲報」の表紙。
カツオとサザエの花束を持った、サザエさんヘアーのモデルさんの表情が曇っているのは、スタジオが生臭かったから…
こんなユニークな雑誌があったのですね!読みたい…
■「覗いてみたい」
続いて、雑誌の特集にも話が及びました。
「クレア」1993年9月号の特集は「一度でいいから、のぞいてみたい」。
(川村さん)「これは自分たちが日ごろ思っていることを素直に出した一冊でした。編集部のみんなに、行ってみたい・覗いてみたいというものを出してもらったんです」
↑目次の1ページ。
当時始まったばかりのJリーグのロッカーや独身エリートの6時間、人のトイレ、クレア探検隊が行くお守り工場・口紅工場・コンドーム工場…普通は一生覗くことのない所ばかりです。個人的には志茂田景樹さんのタイツ箱が気になります。
■編集とは、集めて、編むこと。
編集とは、読んで字のごとく“集めたものを編むこと”。それを俯瞰できるのが、雑誌の目次です。
川村さんはどのように目次をつくっていたのでしょうか?
お話から、以下のプロセスを踏むことがわかりました。
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1、好奇心に任せて、素材を集める(本・映画・TV、様々な情報をまずインプットします)
2、集めたものをいろいろな切り口で見てみる(情報は鵜呑みにせず、疑い、視点を変えてみます)
3、客観視する(主観を脇に置き、本当に面白いか考え直します)
4、1-3を終えたらそれを並べてみる
5、全体のバランスと順番を考え、いらないものは捨てる(テーマが複数にばらけると、全体がぼやけて人に伝わらなくなります)
6、特集タイトルをつける
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なるほど、順番はわかりましたが…難しそう。
いや、習うより慣れろ、やってみよう!ということで、自分がつくりたい雑誌の世代別(20・30・40・50代)でグループに分かれ、実際に目次をつくってみました。
共通テーマは先ほどの「クレア」の例を参考に「一度でいいから覗いてみたい」に決定。
まずは付箋に自分が覗きたいもの、人に教えたいものを書き出してみます。その後、ネタの取捨選択していきますが、それがなかなか難しい。みんなで話合いを重ね、なんとか時間内に目次が出来上がりました!
↑30代女性誌チーム。
30代は、自分の価値観が明確になっていくと同時にまだ自信を持ち切れずに揺れ動く世代。ということで「あなたの基準が知りたいの」という特集がトップに来ています。僧侶学校など、女人禁制の場所に潜入する企画も!
↑50代チーム。
話合い時は全員総立ちで意見を交わし、とにかくパワフル!「のぞきたいけどのぞけない!」と題して「死後の世界」に迫る特集が印象的でした。年代によって興味の視点が変化するのが面白いです。
■素直に、知りたいことかどうか
ここで川村さんに対して、生徒さんの中からこんな質問がありました。
―「おもしろいものを選択する基準って何なのでしょうか?」
(川村さん)「最初に、素直に知りたいという感覚があること。人って、何か隠されていると思うと知りたくなりますよね。それが、トイレの中だったり、他人の買い物袋の中だったり、歴史だったり、宇宙や政治だったり…。選択基準といわれると難しいですが、どれにも共通するのは「?」と感じるか、感じないかではないでしょうか。」
↑「クレア」1993年9月号「覗いてみたい」特集の一部分。
クレアの“のぞいてみたい”特集を読んだとき、“ちょっと恥ずかしい”“変だと思われるかもしれない”、と言わないでいたことを代弁してもらったような痛快さを感じました。そんな特集は、川村さんが、自分の好奇心と素直に向き合っているから生まれるのかもしれません。
■雑誌とは“息抜きの穴”
現在は、東京大学高齢社会総合研究機構で広報をなさっている川村さん。働き始めた当初はファッションに向かっていた興味が、次第に“人”への興味へ移っていったといいます。そして、“やはり、これからは若い世代のために何かしなければ”、と思い至り文藝春秋を定年退職した後、現職を選んだのだとか。
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東京大学高齢社会総合研究機構 http://www.iog.u-tokyo.ac.jp/
今後、75歳以上の後期高齢者が増加する日本社会の在り方を医療や介護、教育、コミュニティデザインなど多角的な視点から研究し、エビデンス・ベースの政策・施策提言を行っていくことを目指す組織。
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(川村さん)「これからの世代は生きづらい社会を生きる。その中で、雑誌が息抜きの穴になったらいいなと思います。雑誌に限らず、そういう穴がいっぱいあるといいですよね。」
―現在の川村さんの「息抜きの穴」って、何なのでしょう?
(川村さん)「新聞を読んでいて、これって変じゃない?!って怒ったりすることですかね(笑)。好奇心が突き動かされること自体でリフレッシュできます。」
納得いかないことに憤るのって、ストレスだと思っていました。でも、川村さんはそこで“真実や本質はなんなのだろう?”と興味を持ち始める。好きなことだけでなく、違和感や怒りをもつことにも踏み込んでいく、しかもおもしろがりながら!その根っからの「好奇心旺盛さ」が、日常の閉塞感に風穴を開けていると感じました。
↑机に集まった、生徒さんがもつたくさんの“好奇心”。ここから、“息抜きの穴”が生まれていきます。
■」いろいろな人を集めてプロデュースする
編集者は、基本的に記事のタイトルやリードは書くけれど記事自体は書きません。
川村さんは、どうして記者ではなく、編集者を選ばれたのでしょうか?
(川村さん)「編むことに醍醐味があるんです。署名原稿では人格がひとつしかない。雑誌はいろいろな人が書くので多面的です。それをプロデュースするのが面白いんですよ」
そういえばこの日の授業は、川村さんの考えや思いを直接聴くというよりも、情報(川村さんの経歴や作品、方法論)をもとに、生徒さん自身が目次をつくってみることで、編集を体感する時間でした。まさに、直接的な言葉ではなく、授業全体を通して“編むこと”を伝えていたように思います。
自分の写真を撮られるのを嫌がる姿や、シンプルでシックな装いなのについ目が行ってしまう凛とした川村さんの姿は、前面に出て主張はしないけれど、個々人のアイデア・作品を集め、全体を俯瞰して編むことで主張する、まさに“編集者”でした。
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普段、ネットで自分の好きな動画や記事だけをピックアップして見たり読んだりしている方も、試しにテレビのラテ欄や雑誌の目次に注目してみませんか?
メディア其々の情報の編み方から、新たなメッセージを発見できるかもしれませんよ!
(レポート:中野恵里香/写真:箕田真衣)