授業レポート
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2026/2/18 UP
ひとりの大人として、誰かの“安心”になれる
〜バディチームが目指す「みんなで子育て」とは〜
本授業は、前半にNPO法人バディチーム理事長の岡田さんによる講義、後半に講義を受けた参加者が二つのグループに分かれ、印象に残った点や感じたことを中心に対話を行うセッション、という二部構成で進められました。「さまざまな理由で子育てが大変になっている家庭に訪問して子育て支援を行い、虐待防止などに取り組む」というテーマは、社会的に重要である一方で非常に重く、どのような授業や対話になるのだろうか、授業前は少し期待と不安が混じっていました。
私自身が今回、スタッフとしてこの授業に参加した理由は、子ども虐待などの事件のニュースに触れるたびに、強いやりきれなさや無力感を覚えながらも、当事者への支援というところまで自分が踏み込めていない現状があったからです。問題意識は持っているものの、実際にどのような支援が行われているのか、支援に携わる人たちがどのような思いで活動しているのかを知らないままでは、自分の気持ちもどこか宙に浮いたままのように感じていました。今回の授業は、そうした疑問に向き合うきっかけになるのではないかと考え、参加を決めました。

岡田さんの講義では、訪問型子育て支援を行う「バディチーム」の具体的な活動内容について、丁寧な説明がありました。支援の対象となる家庭の状況や、その背景にある社会的な要因、また、支援を進める際に大切にしている考え方についても、具体例を交えながら語られていました。支援を必要とする家庭から本当に声が上がるのか、声が上がらない場合にどのように家庭を見つけ、どのようにアクセスしていくのか、講演や後半の対話セッションにおける参加者からの質問に対しても、一つひとつ誠実に答えてくださっていたことが印象的でした。このようなやり取りを通して、これまで断片的な情報としてしか知らなかった「訪問型子育て支援」という取り組みについて、その全体像を少し理解できたように感じています。
特に印象に残ったのは、支援において使われる言葉の選び方です。家庭の状況を「問題」と表現するのではなく、「心配」という言葉に置き換えて関わっているというお話がありました。「問題」という言葉には、どうしても評価や断定のニュアンスが含まれがちですが、「心配」という言葉にすることで、「一緒に向き合いたい」「同じ立場で考えたい」という姿勢が相手にも伝わりやすくなるという説明に、深く納得しました。言葉一つで関係性のあり方が大きく変わること、そしてその言葉選びが支援の入口として非常に重要であることを改めて実感しました。
また、団体名に「バディ」という言葉が入っている通り、支援する側とされる側という上下関係ではなく、相手に寄り添い、同じ目線で、同じ方向を向いて課題に取り組む姿勢が一貫していることも強く伝わってきました。支援を行う際に、「してあげる」という印象を相手に持たれないよう、関係性を丁寧に築きながら活動を続けてきたというお話からは、家庭ごとに事情が異なる中で、一つひとつの関係に向き合うことの難しさや、時間と労力を要する現場の苦労がうかがえました。
さらに、バディチームの活動が単独で行われているのではなく、他のNPO団体や行政、学校などと、それぞれの役割に応じて連携しながら進められている点についても学ぶことができました。特に、子ども家庭庁の設立をきっかけに、子どもや家庭を取り巻く支援がより組織的につながり始めているというお話は印象的でした。個々の善意や努力に頼るのではなく、社会全体で子どもと家庭を支える仕組みが少しずつ整えられてきていることを知り、希望を感じると同時に、その仕組みを実際に機能させていく難しさについても考えさせられました。
一方で、活動内容を多くの人に理解してもらうことの難しさについての話もありました。具体的な事例を紹介することは理解を広げるうえで重要ですが、同時にプライバシーへの最大限の配慮が求められます。そのために、事例をある程度抽象化し、マンガという形で表現する工夫がなされているという紹介がありました。支援の現場を伝えたいという思いと、当事者を守る責任との間で、常に悩みながら発信を続けていることが伝わってきました。

後半の対話セッションでは、参加者同士がそれぞれの立場から感じたことや考えたことを共有しました。「普通」という言葉の難しさや、自分自身が育ってきた家庭環境を基準に物事を判断してしまう危うさ、不適切な養育環境が世代を超えて連鎖してしまう可能性など、簡単には答えの出ないテーマについても率直に意見が交わされました。参加者の多くが強い問題意識を持ち、「何とか力になりたい」という思いを抱いていることが伝わってきたことも印象的でした。
一方、講義資料の中で示された「児童相談所における児童虐待相談対応件数」のグラフでは、1990年には1,101件だった相談件数が、2001年には23,700件、そして2023年度には225,509件にまで増加しているという数字は、想像をはるかに超えるものでした。この増加は、子どもの数が減少している中で虐待そのものが増えているのか、相談という行為が社会に浸透してきた結果なのか、いずれによるものかは単純に結論づけることはできません。しかし、ニュースとして報道される虐待事件が、実際にはごく一部に過ぎないという現実を突きつけられたように感じました。

本授業を通して、子育て支援や虐待防止の活動は、特別な誰かが「してあげる」ものではなく、当事者と同じ目線に立ち、関係性を丁寧に築きながら「一緒に向き合う」営みであることを学びました。家庭ごとに異なる状況の中で、画一的な支援が通用しない難しさを感じる一方で、だからこそ人と人との関係性を大切にした支援の持つ力を強く実感しました。
今回の授業は、これまで漠然と抱いていた「何かしたいが、何ができるのかわからない」という思いを、現実の活動や具体的な言葉を通して見つめ直す貴重な機会となりました。支援の現場を知ることは、社会の課題を知ると同時に、自分自身の立ち位置を問い直すことでもあると感じています。今後も、この学びを一過性のものにせず、社会の中で自分に何ができるのかを考え続けていきたいと思います。
(レポート:山口圭治、写真:小林大祐)
私自身が今回、スタッフとしてこの授業に参加した理由は、子ども虐待などの事件のニュースに触れるたびに、強いやりきれなさや無力感を覚えながらも、当事者への支援というところまで自分が踏み込めていない現状があったからです。問題意識は持っているものの、実際にどのような支援が行われているのか、支援に携わる人たちがどのような思いで活動しているのかを知らないままでは、自分の気持ちもどこか宙に浮いたままのように感じていました。今回の授業は、そうした疑問に向き合うきっかけになるのではないかと考え、参加を決めました。

岡田さんの講義では、訪問型子育て支援を行う「バディチーム」の具体的な活動内容について、丁寧な説明がありました。支援の対象となる家庭の状況や、その背景にある社会的な要因、また、支援を進める際に大切にしている考え方についても、具体例を交えながら語られていました。支援を必要とする家庭から本当に声が上がるのか、声が上がらない場合にどのように家庭を見つけ、どのようにアクセスしていくのか、講演や後半の対話セッションにおける参加者からの質問に対しても、一つひとつ誠実に答えてくださっていたことが印象的でした。このようなやり取りを通して、これまで断片的な情報としてしか知らなかった「訪問型子育て支援」という取り組みについて、その全体像を少し理解できたように感じています。
特に印象に残ったのは、支援において使われる言葉の選び方です。家庭の状況を「問題」と表現するのではなく、「心配」という言葉に置き換えて関わっているというお話がありました。「問題」という言葉には、どうしても評価や断定のニュアンスが含まれがちですが、「心配」という言葉にすることで、「一緒に向き合いたい」「同じ立場で考えたい」という姿勢が相手にも伝わりやすくなるという説明に、深く納得しました。言葉一つで関係性のあり方が大きく変わること、そしてその言葉選びが支援の入口として非常に重要であることを改めて実感しました。
また、団体名に「バディ」という言葉が入っている通り、支援する側とされる側という上下関係ではなく、相手に寄り添い、同じ目線で、同じ方向を向いて課題に取り組む姿勢が一貫していることも強く伝わってきました。支援を行う際に、「してあげる」という印象を相手に持たれないよう、関係性を丁寧に築きながら活動を続けてきたというお話からは、家庭ごとに事情が異なる中で、一つひとつの関係に向き合うことの難しさや、時間と労力を要する現場の苦労がうかがえました。
さらに、バディチームの活動が単独で行われているのではなく、他のNPO団体や行政、学校などと、それぞれの役割に応じて連携しながら進められている点についても学ぶことができました。特に、子ども家庭庁の設立をきっかけに、子どもや家庭を取り巻く支援がより組織的につながり始めているというお話は印象的でした。個々の善意や努力に頼るのではなく、社会全体で子どもと家庭を支える仕組みが少しずつ整えられてきていることを知り、希望を感じると同時に、その仕組みを実際に機能させていく難しさについても考えさせられました。
一方で、活動内容を多くの人に理解してもらうことの難しさについての話もありました。具体的な事例を紹介することは理解を広げるうえで重要ですが、同時にプライバシーへの最大限の配慮が求められます。そのために、事例をある程度抽象化し、マンガという形で表現する工夫がなされているという紹介がありました。支援の現場を伝えたいという思いと、当事者を守る責任との間で、常に悩みながら発信を続けていることが伝わってきました。

後半の対話セッションでは、参加者同士がそれぞれの立場から感じたことや考えたことを共有しました。「普通」という言葉の難しさや、自分自身が育ってきた家庭環境を基準に物事を判断してしまう危うさ、不適切な養育環境が世代を超えて連鎖してしまう可能性など、簡単には答えの出ないテーマについても率直に意見が交わされました。参加者の多くが強い問題意識を持ち、「何とか力になりたい」という思いを抱いていることが伝わってきたことも印象的でした。
一方、講義資料の中で示された「児童相談所における児童虐待相談対応件数」のグラフでは、1990年には1,101件だった相談件数が、2001年には23,700件、そして2023年度には225,509件にまで増加しているという数字は、想像をはるかに超えるものでした。この増加は、子どもの数が減少している中で虐待そのものが増えているのか、相談という行為が社会に浸透してきた結果なのか、いずれによるものかは単純に結論づけることはできません。しかし、ニュースとして報道される虐待事件が、実際にはごく一部に過ぎないという現実を突きつけられたように感じました。

本授業を通して、子育て支援や虐待防止の活動は、特別な誰かが「してあげる」ものではなく、当事者と同じ目線に立ち、関係性を丁寧に築きながら「一緒に向き合う」営みであることを学びました。家庭ごとに異なる状況の中で、画一的な支援が通用しない難しさを感じる一方で、だからこそ人と人との関係性を大切にした支援の持つ力を強く実感しました。
今回の授業は、これまで漠然と抱いていた「何かしたいが、何ができるのかわからない」という思いを、現実の活動や具体的な言葉を通して見つめ直す貴重な機会となりました。支援の現場を知ることは、社会の課題を知ると同時に、自分自身の立ち位置を問い直すことでもあると感じています。今後も、この学びを一過性のものにせず、社会の中で自分に何ができるのかを考え続けていきたいと思います。
(レポート:山口圭治、写真:小林大祐)
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