シブヤ大学

授業レポート

2025/10/29 UP

“わたしが決める”をはぐくむ・エンパワメント
〜障がいのある人の学びの現場から〜

本授業は、渋谷区で40年以上続く「えびす青年教室」や「GAYA」の活動を通じて、知的障がいのある人々の「学び」と「地域との関係性」について考える機会が提供された。講師である石川稔さんからは、制度の狭間に置かれがちな人々が「自分で決める」ことを支える実践を、社会教育の視点からの活動における課題などを語っていただいた。

「えびす青年教室」は、1980年に親の会の請願をきっかけに発足し、養護学校設置義務化の流れの中で、「すべての人に学ぶ権利がある」という理念を体現する場として生まれた。
この「えびす青年教室」の運営は、障がいを抱える人々に対して、その人たちの長所・力・強さに着目して援助するという「エンパワメント」の理念が据えられている。そのため、この「青年教室」における援助者はサービス利用者の「上」ではなく、対等な立場に立つパートナーとして関わることが求められる。また、「青年教室」は、知的障がいのある人が「やりたいこと」を表現できる場を設け、自己肯定感を高めることを意図しており、イベント企画や「みんなに知らせたいことがある人コーナー」などを通じて、本人の意思を表明することを支援し、仲間同士がロールモデルとなるような関係性が築かれている。
また、この活動では、保護者による活動支援から脱却し、地域住民や学生ボランティアが講師やプログラム運営に関わる形へと移行した点も重要である。このような形態へと変更することで、援助者による単なる支援という形態から、援助者が参加者と共に学び合うという教育的関係性および地域共生に向けての相互理解を築く工夫がされており、この活動が継続的活動となっている要因であると考える。

この「えびす青年教室」や「GAYA」の渋谷区における所管は社会福祉ではなく社会教育となっている。これは、知的障がい者に対して「生活を支える」だけでなく、「学びの場を提供する」ことの意義を強調するものであった。例えば、中学卒業後すぐに就職するケースが多かった軽度障がい者が字を覚えることや「やりたいこと」を考える機会としてこの教室が存在したという例は、この教育的支援の重要性を物語っていると考える。

一方で、石川さんは、「教育的関係=学び合い、自分に何が必要かを考える力」「福祉的関係=一対一で生活を支える関係」の両方が必要であるとも語られており、このバランス感覚は、支援のあり方を再考する上で非常に示唆的であった。

参加された方からは、以下のようなコメントがあった。
・やはり人間関係が広がることが知的障がい者の成長につながるのは常に実感します
・知的障がい者の豊かな生活を支えるのは教育と福祉両方とも必要。渋谷区では例外的に福祉ではなく学びとスポーツ課が所管ではあるが、福祉的な視点からの配慮されている。
教育的関係:学び合い自分に何が必要か考える力
福祉的関係:サービス提供の一対一生活を支える
両方とも必要ではあるが、なかなか協働できていない。
・知的障がい者はこの国では分離教育が原則であり、生活経験が不足している。健常者含めた仲間たちとの関係性をできるだけ作ることが大切だが、家族や福祉関係者以外に作るのは大変です。

石川さんの活動の紹介を通して、「えびす青年教室」や「GAYA」の活動は、「わたしが決める」という言葉が、単なるスローガンではなく、実践の中で育まれている、ということを実感しました。障がい者の自立を図るためには、単なる支援という枠から、参加者の自己肯定感を高めるために、自分たちで何かを決め、それを実施して、小さな成功を積み重ねていく。この過程は対象者となる障がい者だけではなく、支援する支援者にとっても学びの機会となる、というのを実感しました。

一方で、障がい者教育などにおいては、単につながりを作るという社会教育の側面だけを強化するだけではうまく行かず、参加される方が安全かつ適切にサービスを享受できるという社会福祉の側面も考慮する必要があり、この連携が重要である、という事を改めて考えさせられました。

(レポート:山口圭治、写真:武田 環)