授業レポート

2016/9/28 UP

山旅に行こう!シブヤからはじまる山と神さまの物語

「低い山は暮らしの延長。僕らが見過ごしている何かがある」
「山に登るという手段を通じて、目に見えない何かを感じ取る」

日本百名山に富士山登山。ここ数年、登山ブームが続いています。一方で、今回の授業のテーマは、同じ山登りでもちょっと見方が違います。「山は高さより深さ」。空間だけではない、時間軸を加えた山歩きの魅力を学びました。

先生は低山トラベラーの大内征(おおうち・せい)さん。
山とその麓にある物語の発信や、ピークハント(高い山の頂上を目指す登山)だけではない山そのものの楽しみを伝える活動をしています。



山を歩くことで土地に流れる物語を楽しむ、山脈ならぬ文脈を辿る登山、「文脈登山」を提唱。
メディアや市区町村から依頼を受けて地域活性化の仕事もしています。

16年間マーケティングやコンサルティングの仕事に携わってきた大内さん。転機となったのは東日本大震災で故郷仙台が被災したことでした。
震災を一つの要素として宮城のことをもっと知ってもらいたい。自分の考える社会課題を世に投げかけたい。そう考え、40歳でフリーランスになりました。



講義は日本人と山の関係から始まりました。
「人は死ぬと端山(はやま)へ行き、33年かけて深山(みやま)へ行き、天上へ昇る」
これは山形の月山の話だそうです。
人間の魂が山と関係している。
現象、神性、御霊・・・目に見えない何かを日本人の祖先は山の中に感じ取ろうとしてきました。
たった今も、その土地にある文脈として息づいている。
その文脈を辿って歩く。目に見えない何かを感じ取る手段。
これが文脈登山です。
大内さんによる、山と神さまの話が続きます。

例えば、

山の神と田の神の話
越冬して力を蓄えた山の神は稲作の始まりを告げに里に下り、木(桜)に寄り付いて田畑を見守る。山の神を迎えて返す春・秋のお祭り。サクラの由来。

水神の話
水神は龍神であり、山の龍と谷の龍がセットで存在する。
祓戸大神である瀬織津姫は全国の滝川にいる縄文の女神。百名山・早池峰にも祀られている。

大口真神(オオカミ)信仰の話
オオカミ信仰は東京の御岳山から多摩川流域に広がり、今日に至る。宝登山(埼玉県長瀞町)やをはじめとした秩父周辺にも色濃い。
日本武尊が東京・秩父周辺で遭難した際にオオカミに救われたことに由来。
東国を征服した際、武器を庫に納めたことから「武蔵」の国名がつけられた。

・・・などなど。話はつきません。
いろいろな話を聞いているうち、あっという間に時間が来てしまいました。

大内先生は言います。
「知ろうとする行為、それ自体が旅そのもの」だと。

山は高さよりも深さ。深く掘っていくと、自然信仰があり、人間の暮らし、文化がある。そんな、目に見えない何かに触れた時、背筋がピンと伸びる感じがします。

次の週末は山に出かけようかー。
想像を巡らせた授業でした。



(レポート:大竹 悠介、写真:松岡 薫)