シブヤ大学

授業レポート

2015/10/7 UP

自分一人でできることに集中?!
托されたことから社会との接点をつくる
(自ら選択・決断すること~自分の性分にあった生き方を考える~)

「自分のやりたいことをしたい。でもそれだけだと生活できないしなぁ。」
 みなさんは、そう思ったことはありませんか?自分のやりたいことと社会から求められることが重なるのは、どんな時なんだろう。

 この日の先生であるドミンゴさんは、2013年に自転車で配達できるエリアに菜食メニュー(ヴィーガンフード)のケータリングサービス「.:ULTRA LUNCH:.」を開業しました。以前いた音楽業界とは全く違うケータリングの仕事を始めたり、トレイルランニングチーム「トレイル鳥羽ちゃん」を主宰していたり…多方面で力を発揮しています。
 現在の仕事が「自分の性に合っている」と語るドミンゴさんがそれにどうやってたどり着いたかが知りたくて、私は授業に参加しました。



 授業では、ドミンゴさんの料理をいただきながらお話を聞きました。調理台に置かれたお料理を、参加者のみなさん同士で取り分けます。にんじんのマリネサラダやかぼちゃのクリームサラダ、カリフラワーのマリネ、タコライス、スープ…などなど、鮮やかなお料理がたくさん。お、おいしそう…!




「一食六味摂ることを大切にしています」


 普段気の向くままにお肉を食べている私。菜食では物足りないのではないか…素直に一つの疑問が浮かびます。でも、マヨネーズではなく豆腐を使っているというクリームサラダはこっくり濃厚だし、チキンブイヨンを使わないスープの味にもパンチがありました!気が付いたら完食していましたが、その時にはおなかいっぱい。ドミンゴさん曰く「一食に六味とると、食事に過不足を感じなくなる」とのこと。甘味・辛味・塩味・苦味・酸味・渋味を摂ると、自然と食事のバランスが保たれるのだそう。なるほど、物足りなさも食べ過ぎ感もない“丁度いい”を、食べ終わって実感しました。



そもそも、ドミンゴさんはどのようにヴィーガンフードに出会ったのでしょうか?

 もともと、大阪のFMラジオ局で働いていたドミンゴさん。ロンドンでもラジオの仕事をし、帰国後はインディーズのレコードレーベルを立ち上げました。その頃、不整地の山道を走る、トレイルランニング(以下トレラン)と出会います。その面白さに魅かれていくものの、100マイルという距離を走り切るには練習だけでなく、食事や生活そのものを改善する必要があると痛感。当時、昼夜逆転し不規則な食生活を送っていたため、まずは3食食べることから心掛けたそうです。そのうち、スコット・ジュレクというトレランの選手が菜食主義であることを知ってご自身も菜食を試してみると、そのほうが1日3食とりやすくなり、続けてみようと思い至る。なるほど、トレランから菜食に行き着いたのですね。



「個人の力を高めたい」


 そうして身体をつくったドミンゴさんは、通常、トレランの選手がレース中に栄養補給用エナジージェルやサプリメントを大量に飲む中、それらを摂取せずに100マイルを完走。それを知った周囲の選手はドミンゴさんの食事法について質問をするようになり、ドミンゴさんはトークイベントに出て自身の食事法を話すようになります。そして、バーを経営する知り合いから、営業をしていない昼間の時間帯にヴィーガンフードのお店を開く誘いを受け、経営を始めます。

 しばらく音楽の仕事と並行して、ヴィーガンのお店もやっていたドミンゴさんですが、2011年の震災が、働き方を改めて考えるきっかけとなります。組織の中で既存のルール、誰かのスタイルに従って働いていると、代替可能な存在となってしまう。そうではなく、自分の能力やできることを自覚し、個人の力を高めることに注力したいと考えました。その時期が、自分がやりたくて始めたヴィーガンフードが周りにも必要とされ、仕事として続けられそうだと考え始めた時期と重なります。そこで、初期投資を抑えてスモールスタートが切れる自転車でのケータリングサービスを始めました。



「托されたものには応えたい」


 ここまでお話を聞いて、さらにひとつ別の疑問が浮かびました。チームや組織の一部となるのではなく、個人でできることを大切にしたいと話していたドミンゴさん。でも、一方でトレランチーム「トレイル鳥羽ちゃん」を主宰するなど、チームやコミュニティも大切にしているように見えます。それはどうしてなのでしょう?

「自分が何かやりたい、と言った時に手伝ってくれた人たちがいたんです。その人たちから手伝ってほしい、やってほしいと托されたら、それには応えたいと思うんです」

 わたしにとってはこの言葉が、この授業で一番印象的でした。
 ただやみくもに周囲の声に従って動いていては疲弊してしまいます。そうではなく、自分の好きな、しっくりくることを大切に生きているうえで、それを認めてくれる人たちから託されたものには応えていく。そうすると、自分の性分に合った生き方をしながらも社会との繋がりができるのではないでしょうか。



「食事はエンターテイメント」


 現在、多くの人にとって食事の目的は単なる栄養補給ではなく“おいしさへの好奇心”や“人とのコミュニケーション”であり、それはエンターテイメントでもあると話すドミンゴさん。

「食事は質素でなくてはならない、とは思いません。でも何でもやりたい放題食べ放題にもしたくない」

 瞬間的な欲望のままに食べるのではなく、明日も生きていく体にとっていいものを大切にする。それって、ストイックでしんどそうに感じます。でも、この日みんなで分け合って食べたヴィーガンフードは、おいしく、楽しかった!動物性蛋白質を摂らないなど制約があっても、見た目の彩りや味付け、一緒に食べる人や場所によって、とてもわくわくする時間に変わることを実感しました。確かに、食事は生活を楽しくするエンターテイメントのひとつかもしれません!



「レシピは楽譜、料理は音楽、盛付けはジャケット。料理も音楽も、創造性は同じなんです」


ドミンゴさんは音楽業界から飲食業界へと、仕事のフィールドを移しました。それは大きな転換に思えます。でもこの言葉を聞いて、そうではない、とハッとしました。

 ドミンゴさんの根っこは、音楽を通じて、料理を通じて、人を楽しませたいエンターテイナーなのだと思います。
 根っこにあるものは変わらず、地表に出るもの(職業・肩書き)が変わっただけなのかもしれない。そう考えると、自分の本質(根)にある力を大切に育んでいれば、それを表現する方法は多様なのかもしれません。

 私も自分の好きなことを大切にする中で、託されたものに応えて生きていきたい。背中を押される言葉をもらった授業でした。




(レポート:中野恵里香、写真:野原邦彦)