シブヤ大学

授業レポート

2006/12/27 UP

  

午前10時。渋谷の小さなシアターで、グローバルな授業が始まりました。まず、先生方の紹介のあと、映画『ダーウィンの悪夢』のダイジェスト版が上映されました。この映画は、ナイルパーチという魚がアフリカ・タンザニアにもたらした影響を、現地の人々(魚の加工業者、ジャーナリスト、売春婦・・・etc.)の視点で捉えたドキュメンタリー。ナイルパーチのおかげで生きられる、と感謝する人もいれば、この魚を輸送する飛行機はアフリカに武器を運んできている、と指摘する人。また、与えられた環境でただ生きるしかないと語る人もいました。どれが真実で、何が悪なのか・・・混乱したのは私だけではなかったと思います。上映後、田中先生の講義が始まりました。田中先生は「グローバリゼーション」という現象を、自分の暮らしと繋げて考え「感情的ではなく構造的に」理解することに重点を置いて、授業を進めます。例えば、ゴミのリサイクル問題。本来、使用し終えた紙は再生紙へとリサイクルできますが、真っ白な新品の紙が再生紙より安く売られているため、再生紙は売れません。すると、使用後の紙は再生紙への道を断たれ、ただのゴミとして捨てられることになってしまうのです。ではこの新品の紙はどこから来るかというと、途上国です。日本はODAを使って途上国に植林を行ない、育った木材を伐採・加工して日本で安く売っているのです。海外ではODAによる植林=緑化を行いながら、日本ではその影響で、リサイクルという環境保護の循環が破壊されている、という矛盾した構造。また、途上国援助と銘打ちながら、実は途上国を利用しているというホンネとタテマエの構造。講義を聞きながら、頭の中に構造図ができあがっていきます。授業はさらに日本のODAの話へと発展します。日本のODAは、半分以上が無償ではなく債務(金貸し)であり、途上国に返済しきれない額の借金を負わせていると田中先生は指摘しました。では返済できない場合どうするかというと、その国の福祉・医療・教育などの公的予算を切り下げたり、自分たちの食べ物ではなく輸出用の食べ物を作らせたりして、どうにか返済させるとのこと。事実、最大の債務国ブラジルでは70%もの人々が十分に食べられず、またフィリピンでは、輸出用のバナナがたわわに実る木の横で、労働者が餓死する状態だそうです。さらに悪いことに、日本は債務の回収にあたって、融資額を遥かに上回る額を回収しているというデータも紹介されました。果たしてこれが“援助”なのか・・・。既存のものに疑いを持つ勇気が必要だと感じました。次に、勝俣先生が『ダーウィンの悪夢』と田中先生の講義を踏まえつつ、様々な指摘とまとめの講義を行いました。勝俣先生はアフリカを研究対象としており、ヨーロッパとアメリカの関係を「ヨーロッパはいつもアフリカを“そこから何かを持ってくる”対象として見ている」が、だからといってアフリカの人々が「不幸」で「貧しい人間」というわけではない、ということを強調していました。実際、毎年学生を西アフリカに連れて行くと、アフリカ人の堂々と生きる姿に感激する人が多いそうです。アフリカが抱える問題としては、巨額の債務や労働力搾取の他にも、先進国(アメリカ・ロシアなど)が武器輸出に力を入れた結果、アンゴラでは地雷の数が人口より多くなったことや、人々の識字率が低いために銀行を利用できず、良い金銭サイクルが生まれていないこと、税収精度が整っていないことなどがあります。これらの山積みの課題は、どうすれば解決できるのでしょうか?…勝俣先生は、アフリカにはやはり国際協力・国際援助が必要だと言います。ただ、それをどのような文脈で行なうべきか、よく考え見極める必要がある、と指摘していました。今回の講義、最初の切り口は“ナイルパーチ”でしたが、それはあくまで途上国と援助国の構造的問題が表面化した1例でしかなく、ナイルパーチ問題を解決するためには、もっと根底からの改革が必要であることを実感しました。私たちにできることは、表面的・感情的にものごとを捉えるのではなく、構造や原理に遡って理解しようと試みること。この講義で、十分なヒントを得ることができました。ありがとうございました!(ボランティアスタッフ 西尾 浩美)