シブヤ大学

授業レポート

2018/11/15 UP

「いごいて死ぬ」の未来

今回の先生はigoku編集部の編集長猪狩さん、ディレクター渡邉さん、デザイナー高木さんのお三方でした。実は編集長を名乗る猪狩さんはいわき市役所の職員。渡邉さんは印刷所を経営、高木さんはグラフィックデザイナー、他にはエディターの小松さん、ビデオグラファーの田村さんの5人がigoku編集部のメンバーです。



生徒さんには、授業のはじめにフリーマガジンが配られました。
表紙は、子どもが見つめる先にぼってりたるんだ立派なお腹の写真。
そのお腹には「STOP!!重症化 パパ死んだらやだよ」とクレヨンの文字が添えられています。これは「紙のいごく」、いわき市地域包括ケア推進課が発行しているフリーマガジンです。

「いごく」とは「動く」という意味のいわき弁。
Igokuはいわきでいごいて死ぬ人たちの「集の場」として2017年に発足しました。地域、福祉、暮らしなどをテーマに情報を発信しながら、地域の人と一緒に考え「自分が望む場所で最期まで暮らせる社会」を作っていこうという取り組みを行っています。

授業は2部構成で、前半は猪狩さん渡邉さんからigokuの紹介、後半は座談会形式でみんなで考える場となりました。

はじまりは、猪狩さんが地域包括ケア推進課に配属され「地域包括ケアとは何?」と街に出て、現場の方々に出会ったことから。医療介護に携わり一生懸命活動している人たちのこのパッションを他の人にも伝えたい。地域にはおもしろい人がたくさんいる、この人たちを他の人にも伝えたい。しかし、「どうやって伝えていけばよいのか?」、この猪狩さんの思いに賛同し、実現していくために声をかけたメンバーが集まって生まれたのがigokuだそうです。

ここからはプロジェクターを使いながら渡邉さんが丁寧に説明してくださいました。
igokuはweb、紙、フェス、動画と4つの媒体で活動しています。紙は気軽に手に取ってもらえるように、特に高齢者の方々にむけて。Webは情報量も多くして、親を看取る子ども世代にむけて。フェスは、高齢者も子ども世代も孫のこどもたちも、みんなで体験を共有し、分かち合えるように。



それぞれの媒体の良さを利用し、文字の大きさやビジュアルにこだわって、「老い」「病」「死」というタブー化されがちなテーマを、おもしろおかしくポジティブにとらえられるように工夫されています。老いること、誰かの世話になることは、当たり前のことだから。明るく、楽しく、そして、無邪気に連携を模索し、地域の高齢者をポジティブに支えることが基本理念とされています。

例えば、冒頭に配られた紙のigokuですが、1年で3回発行されており各回ごとに特集が組まれています。1回目は「やっぱ家で死にてえなぁ!」、2回目は「いごくフェスで死んでみた!」そして3回目が「STOP!!重症化」。それぞれにいわき市の課題が特集で取り上げられ、1回目は、近い将来に訪れる多死社会における在宅療養について。2回目は、タブー化されてしまう「死」やネガティブにとらえられがちな「老い」や「病」についてみんなで考える。3回目は、健康診断受診率の低さと成人病罹患率の高さについて取り上げられました。

そして「老い」「病」「死」をポジティブに、より自分ごととして考えてもらえるように、
人を巻き込んで、輪を広げていくことに重きを置いた重要な活動がフェスの開催です。フェスでは「入棺体験」や「プロのカメラマン平間至氏によるシニアポートレート(遺影)撮影」さらに「VR認知症体験」などを実際に体験し、その体験を共有してもらいます。

お話の中で印象的だったのが、「大切な人を亡くした悲しみの中で慌てて選んだぼやけた
ような写真じゃなくて、すてきな写真が遺影として残されていた方が遺影を見て思い出す人の思い出も良いものになるでしょ?」という考え方。さらに、このシニアポートレート撮影では50代でご主人を亡くされた60代の女性が「夫の写真は若いままなのに、私だけ歳をとっていっておばあちゃんになった写真が並ぶのは嫌なの」と撮影されたエピソードも紹介されました。このエピソードはigoku編集部の方々も思いもよらないことだったと話され、教室内にも生徒さんから「あー、なるほど」と感嘆の声が広がっていました。

ふつう人が亡くなるのを看取る経験は最大でも4回、両親と配偶者がいればその両親です。だからこそ、突然その時が来ると経験がなくて焦るもの。ですが、他の人の経験を聞くことができれば少しでも事前に考えて準備することもできる。そうすれば「病や死」というタブーとされていることも話し合える街になると思う、と猪狩さん。
その時、高木さんがこう重ねます。
「この紙のいごくvol.3をデザインしている時期に、父が脳梗塞で倒れまして。奇跡的に経過は順調なんですが。突然のことでほんとにびっくりして初めは何をしていいのか分からなくて。でもigokuの活動を通して知ったことや出会った人たちから助けられて何とかなりました」とご自身の体験を語ってくれました。

後半の座談会ではざっくばらんに質問も行われ、「役所で止める人はいなかったの?」「お金はどこから出ているの?」などの質問が会場から投げかけられました。
猪狩さんからは、スタートはできるだけ「小さく」まずは「見える形にしてみる」、そして「足を使って会いに行く」ことがポイント。お金については、いわき市の予算で賄われていること、現状では老年人口約10万人の中で2万人が介護保険を利用していて、その額はなんと300億円!Igokuの活動でいごける人が増えれば介護予防や在宅療養の促進にもなります。そう考えると「igokuの予算なんてほんの少しですよ」とお答えいただきました。



最後に生徒さんに感想を伺うと、いわき市出身の60代の方は「こんな活動が広がっていて、この活動にこんなに若い方々が興味を持って参加されているのを見てうれしい、日本の未来は明るいと思った」と話してくださいました。また、現役のソーシャルワーカーさんからは「igokuのみなさんの熱意を受け取りました、自分の仕事にも活かしていきたい」。その他にも、話が面白かった、タブーをユーモアで変えていくことは他の社会問題にも応用していけると思う、など前向きな言葉がたくさん聞かれました。

今回はigokuの活動を通じて、VR認知症体験やシニアポートレート撮影など、見かたを変える「アングルシフト」で価値観の転換ができること、自分ごととして考え動いていくことの大切さを学びました。渋谷にもいわきの「いごく」輪が広がっていったことを感じるとても充実した授業となりました。

(レポート:青木佳子、写真:松井健二)