シブヤ大学

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キャンパスライフ

イラスト
岩佐堅志さん

FILE.11

岩佐堅志さん

(街の先生、雅楽演奏家)

“授業をやってから2年、
雅楽を楽しむってことについて
考え方がどんどん変わってきました。”

シブヤ大学の「街の先生募集」へ応募し、2007年10月に授業を行った雅楽演奏家の岩佐堅志さん。当時の授業がきっかけの一つとなり、自分が楽しむためという視点から「雅楽」を考えるようになってきたといいます。シブヤ大学での授業は、岩佐さんにとってどんな経験だったのか、当時を振り返りつつお話しいただきました。

Q:

シブヤ大学の「街の先生」に応募したきっかけは何だったのでしょうか?

岩佐:

だいたい3年半前、2006年の4月頃ですね。東京に来たばかりで、雅楽の仕事を探してました。その前は関西を中心に演奏や講師をしてましたが、向こうでそれなりに成功して「次は東京で自分がスキルアップせなあかん」と思いまして。雅楽はもともと関西のもんですが、明治時代の遷都で上手い人がみんな東京に出て、今でいう宮内庁に移りましたから。関西で実力あっても東京で芽が出ないとダメなんです。それでこっちに来たけれど、知人がいないし基盤が何もないから、雅楽をやる機会がなかなかできない。そんな頃に新聞記事を見て、シブヤ大学のことと講師の募集を知りました。演奏でも講師でも、とにかく何か雅楽のことをやりたかったから、ワラにもすがる思いで応募したんですよ。半年くらい経って連絡をいただき、雅楽の授業をやることになりました。
iwasa_small_01.jpg 実は最初、参加費無料の講座ってどうなのかなと思ってました。僕はそれまで、お金の発生しないとこで雅楽をやらんようにしてたんです。お金払って来る人は真剣でしょ。タダの授業だと、生徒さんがやる気ないんじゃないかと思ってたんですね。でもやってみたら、みなさん目が真剣で。質疑応答で時間がオーバーしたほどです。ビックリしました。自分の考え方も変わってきましたね。思えば、僕一人で三つの楽器を教えるワークショップ形態も、この時につくりました。無料でやりやすいから、今もよくやる講座の形なんです。普通なら講師が三人必要な内容ですが、人を呼ぶとそこでお金かかっちゃいますから。

Q:

考え方が変わったとおっしゃいましたが、どのようにですか?

岩佐:

iwasa_small_02.jpg 初めて無料講座やってみたら、参加者の反応が意外と良かったというのがあって。その頃から、教育や地域貢献として無料講座をやるようになりました。小中学校や地元・奈良県の施設とか、いろんな場所でやってるとコレはコレで充実感あるんだってわかったんですよ。だからシブヤ大学が直接のきっかけと言えるかわかりませんが、そうした経験を積み重ねるなかで、自分の雅楽と仕事について考えるようになりました。たとえば、釣りは趣味だから面白いみたいなことってありますよね。雅楽も最初は好きで始めたのに、仕事でやると楽しくなくなってきた部分があったんですよ。雅楽を始め24年、今まで僕はそういうの全部押し殺していたのかなあって考えてみたり。関西では「雅楽を広めたい!」という思いで頑張ってましたけど、東京に来てみると宮内庁がやってるでしょ。自分の考えはおこがましいと思えてくる。ならば、もう自分のために雅楽をやったらどうかと思い始めまして。考え方がどんどん変わってきたんです。
iwasa_small_03.jpg それで去年の今頃、雅楽のバンドを作ってみました。バンドと言ってもアレンジではなく伝統的な雅楽を演奏するグループ。練習をリハーサルと呼んでみたり、かしこまらずに雅楽をやるサークルという感じです。実際にやってみると、やっぱり面白くて。メンバーは普通のサラリーマンやOLですけど、バンドですから技量は関係なしに目線を一緒にして演奏するわけです。音楽って同じメンバーで同じ楽曲をやっても毎回違うでしょ。その時だけの音がある。僕、実は楽器より舞が好きなんですが、バンド活動だと演奏もとても楽しくなるんですよ。シブヤ大学で授業した頃って、もっと「俺はプロなんだ」って気持ちが強かったけど、今はあまりないんです。プロアマ関係なく共に笛吹いていれば楽しいというか。そこが変わったと思いますね。もちろん、食うために仕事はきちんとせなあかんのですけど。それと別に、純粋な趣味としての雅楽もいいなって思うんですよ。

Q:

雅楽への姿勢が変わったことで、今後はどうなっていきますか?

岩佐:

東京に出て3年半、今は仕事の基盤もできましたし、成功したくないって言えばウソになりますけどね。でも基本は、仲間と一緒に楽器やって酒飲んで、雅楽を楽しめたらええやんって思います。
ただ、バンド活動は仲間と横のつながりですから、師弟関係の厳しい雅楽の世界からは「伝統を壊すんじゃないか」と心配する声もあります。雅楽は本来、千年以上も口伝で楽曲をコピーしてきた営みです。楽器を扱えるからって適当に演奏してもダメで、先生に教わった曲を忠実に演奏したものだけが雅楽と呼べるんですよ。「これが雅楽です」と言って演奏するには、きちんとした先生に教わることが大切やし、稽古量も必要。だから僕らも、学んだことを守り、納得いくまで練習して、演奏に「説得力」を持たせる。バンドとは言え、ここは譲れないというか、変えちゃいかんと思ってます。人のつながりは違っても中身は同じ、本物を追求するから面白いんです。
やはり僕にとって雅楽は、聞かせるためより楽しむためにやるもの。実際に平安時代は、雅楽は教養として楽しむものでした。源氏物語にも光源氏が雅楽をやる様子が描写されています。僕らはただ、原点に戻っただけなんですよ。仲間で集まって、一緒に演奏して、終わったら飲み会やって、と。楽しそうでしょ。
iwasa_small_04.jpg 今はバンド活動をもっと広めて、雅楽の垣根をなくしていきたい。実は神戸で、僕の友人が近々バンド立ち上げる予定です。これが全国に増殖し、たくさんの人が聞く機会になるといいですね。雅楽の音って、きっと日本人のDNAに刻まれているはず。耳じゃなく、頭の奥から入り込んで「なんだかわからんけどイイ」みたいに感じてほしい。そしたら垣根ってどんどん低くなるでしょう。機会があったらぜひ、僕らのバンドもどっかに呼んでください。生演奏は全然違いますよ。少なくともやってる本人はもう間違いなく楽しいですから(笑)

プロフィール:岩佐堅志さん(いわさけんじ)

1973年奈良県生まれ。父の影響で12歳より雅楽を始め、15歳でプロ活動を開始。一人一つの楽器を専門とする雅楽の世界では珍しく、雅楽演奏の管楽器すべてに精通し、舞・絃楽器・打楽器・古代歌謡にも明るいマルチプレイヤーとして活躍している。オフィシャルサイトも公開中。バンド演奏後のビールが最高の楽しみ。

(2009/08/27 | インタビュー 松本浄 | 撮影 恩蔵歩実 他)

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