FILE.23
齋藤睦美さん
(シブヤ大学 学生)“地域の仕事ってなんだろうと考えていたことが、
自分の地元とつながって、わかってきた気がします。”
3.11の震災以来、被災地の自立を支援する活動に、数多く取り組んでいる「つむぎや」 。齋藤睦美さんはそのメンバーの一人だ。石巻市出身で東京の大学に通っていた彼女がこの活動に加わったキッカケの一つには、シブヤ大学の授業があったという。そのいきさつを伺った。
齋藤さんの現在の活動とシブヤ大学の関わりを教えてください。
齋藤:
今年の2月頃、就活中に「東京仕事百貨」 というウェブサイトをよく見ていたんですけど。確か、そこにシブヤ大学のリンクがあったんだと思います。いろんな授業があるなと思って見ていたら 「都会と地方の仕事、昔とこれからの仕事」が気になって。仕事って何だろうと考えていたから興味がわいたし、先生の友廣さん は、ヤップ島で自給自足の暮らしを経験したとか、おもしろそうな人でしたから。さっそく申し込んでみたんですけど、3月の予定だったこの授業は、震災で延期になってしまいました。
私は大学で東京に住んでいますが、実家は宮城県の石巻市で。内陸側だった家と家族は無事でしたが、友達や親戚には家を失った人もいました。とにかく心配ですぐ戻りたかったけど、それができない状況だったので、こまめに家族と連絡を取りながら、その時に自分がすべきことは、就活をきちんと終わらせることだと思いました。5月の連休には一度戻って家族の元気な姿を見ることができ、現地のお手伝いもしてきました。そうした状況で、延期された授業が6月になってようやく開かれることになり、参加したんです。
仕事とは何か、自分の役割とは何か。そういう話が聞ける授業だと思っていたので、友廣さんが震災後の現地で活動されていた話は、まったく予想外でした。漁業ができなくなった方たちと、 魚網の修復糸で作ったミサンガの販売などを始めていて。6月の時点ですでに、被災者が自立でき、復興を前進させるための支援に取り組んでいたことが、本当にすごいと思って、自分も何かしたいと強く感じました。
そこから、友廣さんの「つむぎや」に参加されたんですか?
齋藤:
授業では最後にお話しさせてもらっただけで。その後7月頃に、「みちのく仕事」 というサイトで、友廣さんのプロジェクトに関する募集を見つけたんです。すでに就職先も決まり、大学は9月に卒業できるようにしてあったので、夏から来春までお手伝いすることになりました。
最初は、友廣さんに同行し、被災地の人たちに会って、できることからお手伝いするような感じです。活動は、まず現地の悩みや要望を聞いて、手助けするというスタンスで。その土地が本来持つものを活かすことも大切にしています。そうしたなか、現地の鹿の角を加工してアクセサリーを販売してはどうかという話が出て。牡鹿の角は、毎年ポロッと落ちて生え変わるので、夏になると牡鹿半島の山には鹿の角が落ちているそうなんです。この計画の手伝いが私の担当になったので、現地の集落を回ったりして、加工をやってくれる方たちを探しました。
皆さん「難しそう」って、なかなかいい反応が得られませんでした。私たちも、楽しんで作業できないと利益ありきでは続かないと思っていたので、収入の話などはしませんでしたし。多くの人が職を失い、日当1万円で瓦礫撤去をしているようなとき、この仕事自体は漁業の再開に直結しないという点もあったと思います。
でも、最後に訪ねた浜で、すごくいい反応をもらえて。9月29日に初めて、アクセサリー作りを練習するワークショップを開くことができました。カキの養殖が盛んな浜なのですが、津波で道具を失った家も多くて。カキの養殖って、稚貝を買うのに何百万、漁具で何百万と、初期投資がすごくかかるし、その収獲は2年後。再開の予定が立たない家や、できたとしても、今年は仕事がないというお母さん方もいて。そんな状況でも、集まってくださったんです。
実際に制作を始めてからは、皆さんどんな反応だったのでしょうか?
齋藤:
ワークショップは2時間くらいで、週に2回。はじめの90分は、カットした鹿の角を磨き、ビーズをつける作業をやって。その後はお茶を飲みながら、ここにビーズをつけようとか、アイデアを出しあったり、世間話をしたり。みなさん、すごく嬉しそうな笑顔を見せてくれました。
それまでは自分自身、なんていうか、迷いもあって。商品を一から作るって、なかなか経験できないですよね。自分の作った物がブランドになって売れる。そういう結果を期待しすぎているんじゃないかとか。誰のためにやってるのか。被災地を支援すると言いつつ、私がこれをやりたいだけじゃないのかとか。立ち止まって考えることが何度もありました。今でも葛藤することはあるんですけど
でも、あるお母さんは、1回目のワークショップ以降、ずっと来ていなくて。9回目で久しぶりに来てくださったんです。聞くと最初は、「避難所生活で心が縮こまっているときに、こんなチマチマした作業はしたくない」と思ったそうなんです。でも久しぶりに来てみたら、みんなが楽しそうにやっていて。磨き方やビーズのつけ方を褒められたこともすごく嬉しかったみたいで。
彼女らは元々仲の良かったお母さんたちですけれど、震災以来、自分の家が残ったかどうかだけで、なんとなく壁ができてしまっていたようなんです。だからワークショップで集まって、一緒に手を動かして笑い合う、それだけですごく楽しいと言ってくれた方もいて。お母さん方のコミュニティを作れたこと、その大切さに気づくことができました。
ワークショップの今後と、齋藤さんの今後はどうなっていくのでしょうか?
齋藤:
ワークショップそのものにはゴールはなくて。やはり本業が再開できることが一番だと思うので、もう大丈夫よと言われたら、終わりにすればいいと思っていますし。一人か二人、やりたいという人がいれば続けたいと思っています。もしアクセサリーが、商品としてある程度売れるようにできれば、私たちがお手伝いしなくても、お母さん方だけで回していけるようなシステム作りは、きちんとやっていくつもりです。実際に、ミサンガの場合はもう、仕入れから制作までシステムができていて、私たちは販売しかやっていないんです。ただ、そこまでいかなければならないという考え方ではなく、皆さんの自主性に任せるというスタンスは貫き、何かやりたいという声があれば、一緒に考えたり、手伝ったり。そうやって今後も関わっていきたいと思っています。
私自身は、4月にまた東京に戻ることになりますが、この先も石巻では何か活動したいという思いがあります。今回、地元でたくさんの人たちと関われて、彼女たちの今後も気になりますし。いつになるかはわかりませんが、また別の形でも、地元の人たちをつなぐコミュニティ作りをやってみたいです。石巻市もたくさんの支援をいただいたし、これからは、私たち自身が考えて、こうしたいと思ったことに実現していかないといけないですよね。でも、そういう活動はまだまだ少ないから。地元の若い人たちがもっとつながって、元気になれる、そうした街づくりに関わっていけたらなあと思っています。
宮城県石巻市出身。東京の大学を卒業後、実家に戻り一般社団法人つむぎやに加わる。津波で仕事を失った浜の女性たちと共に、鹿の角を利用したハンドメイドブランドOCICA(おしか)の製作・販売支援等を行う。OCICAのネックレスは2011年12月よりソトコトオンラインショップ や石巻・東京での店舗で販売している。
(2012/01/27)
インタビュー一覧
- 齋藤睦美さん(シブヤ大学 学生)
- 狩野元彦さん(シブヤ大学インターン生)
- 中野安季子さん(シブヤ大学 学生)
- 柴崎俊男さん、市川兼司さん(東急ハンズ、「教えてハンズ」シリーズ仕掛け人)
- 生姜塚理恵さん(ボランティアスタッフ)
- 加藤慎康さん(大ナゴヤ大学 学長)
- 高田誠一さん(シブヤ大学 学生)
- 杉山あゆみさん&子竜くん(シブヤ大学 学生)
- 松本初夏さん(ボランティアスタッフ)
- 吉田安廣さん(恵比寿ガーデンプレイス勤務、恵比寿キャンパスサポーター)
- 佐藤隆俊さん(授業コーディネーター)
- 松田高加子さん(「映画音声解説ゼミ」先生)
- 岩佐堅志さん(街の先生、雅楽演奏家)
- 大谷紀子さん(シブヤ大学学生、ココロゼミ生)
- 新谷比佐さん(恵比寿キャンパス 授業コーディネーター)
- 嶋村千夏さん(ボランティアスタッフ、畑ゼミ「tane」代表)
- 上田晋さん(恵比寿キャンパス 運営スタッフ)
- 西村信子さん(シブヤ大学学生、シブヤ補講)
- 近井祐美子さん(ボランティアスタッフ)
- 河村めぐみさん(アサヒビールお客様生活文化研究所、ビール醸造ゼミ仕掛人)
- いしのももこさん(「子供限定授業作り 食育ゼミ」ゼミ長)
- 原田萌さん(シブヤ大学学生、シブヤ大学キャンパスマップつくり隊 隊員)
- 野原邦彦さん(音声解説ゼミ生、シブヤ大学の作り方学科生)



